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つれづれイタリア~ノ<76>エディ・メルクスやフェリーチェ・ジモンディの姿も 東京五輪で活躍したイタリア人選手たち

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1964年の東京五輪、タンデム競技に優勝したイタリアペア、アンジェロ・ダミアノとセルジョ・ビアンケット(イタリア自転車競技連盟提供)1964年の東京五輪、タンデム競技に優勝したイタリアペア、アンジェロ・ダミアノとセルジョ・ビアンケット(イタリア自転車競技連盟提供)

 いよいよリオ五輪が開幕します。このコラムが公開された数時間後には開会式が行われ、やがて男子個人ロードレースがスタートします。NHKのライブ配信を見る人も多いのではないでしょうか。南米初のオリンピック開催で期待を寄せている人が多いと思いますが、治安の悪さと設備準備の遅れ、スタッフ不足などでトラブルも多いと報道されています。でも、今も昔もオリンピック開催は問題が山積するもの。それよりも、4年に1度しか行われないスポーツの祭典ですので、普段あまり注目されないスポーツがたくさん見られることを楽しみたいものです。

イタリア人選手が驚いた「東京」

 日本人のオリンピックに対する思いはとても強いように感じます。実はイタリアもそうでした。

 イタリアで初めて近代オリンピックが行われたのは戦後の1960年。開催地は首都ローマで、その次の開催地がまさに東京でした。第二次世界大戦に敗れた両国がやっと復興の波に乗り始めようとしていた時期です。オリンピック開催はまさに世界に向けられた復興のシンボルでした。

 ローマ五輪では日本体操選手団が輝かしい成績を残し、エチオピアのアベベ・ビキラが裸足で男子マラソンに劇的な優勝を演出しました。一方、東京五輪では日本女子バレーボール選手団「東洋の魔女」たちが活躍している中で、イタリア人も活躍していました。とくにロードレースの分野です。

 当時、個人ロードレースのコースとヴェロドロームは東京・八王子付近にありました。今となっては想像し難いかもしれませんが、かやぶき屋根の家が点々とするのどかな場所です。当時のレースの様子は「五輪公式チャンネル」で見ることができます。

1964年東京五輪の「自転車競技プログラム」(八王子ロードレースコース)1964年東京五輪の「自転車競技プログラム」(八王子ロードレースコース)

 八王子にヴェロドロームも造られ、その直後に解体となりましたが、「イタリア人選手団が整った施設に驚いた」と、当時の新聞記事に書かれています。特に個人ロードレースのコースは評判がよかったです。全長194km(24.354km x8周)で予断を許さない設計。メイン集団から落ちてしまうと戻る余地がないものでした。

圧倒的な強さを見せたヨーロッパ勢

1964年10月23日、ガゼッタ・デッロ・スポルト紙の表紙 (マルコ保有)1964年10月23日、ガゼッタ・デッロ・スポルト紙の表紙 (マルコ保有)

 1960年代は自転車競技においてイタリア、フランス、ベルギー、オランダ勢が絶大な力を持っていました。一方、日本では当時競輪が大人気。この時代の規定では、プロ契約をしたスポーツ選手は参加できませんでした(1992年に廃止)。そのため、プロチーム契約前の選手たちやアマチュア選手が参加できたのです。

 自転車競技に参加した選手たちが132人。その中にはプロになる前のベルギーの星「人食い人間」ことエディ・メルクスとイタリアのエース、フェリーチェ・ジモンディもいました。競技は、個人ロードレース、チームタイムトライアル、トラックレースの中にスプリント、1000mタイムトライアル、4000m個人追い抜き、4000m団体追い抜きとタンデムスプリントの7種目でした。

東京五輪、個人ロードレースに優勝するマリオ・ザニン(イタリア自転車競技連盟提供)東京五輪、個人ロードレースに優勝するマリオ・ザニン(イタリア自転車競技連盟提供)

 イタリアがこの東京五輪で圧倒的な力を見せつけ、7種目のうち金メダル3つ、銀メダル5つを獲得しました。特に個人ロードレース優勝に輝いたのが当時24歳のアマチュア選手、マリオ・ザニン。2位はキエル・ロディアン(デンマーク)、3位は現在アスタナ プロチームでマネージャーとして活躍しているワルテル・ホデフロート(ベルギー)。エディ・メルクスは12位、フェリチェ・ジモンディは33位に終わりました。日本の大宮政志は同タイムの37位。「大宮選手の太ももをみて驚いた選手は少なくない」と、当時の新聞に書かれています。

東京五輪自転車競技メダル数

1. イタリア     金3  銀5  銅0  計8
2. ベルギー     金1  銀0  銅1  計2
3. オランダ     金1  銀0  銅1  計2
4. 東西統一ドイツ  金1  銀0  銅1  計2
5. チェコスロバキア 金1  銀0  銅0  計1

過去と未来をつなぐスポーツの祭典

ローマ2024年オリンピック誘致エンブレム (公式ウエブサイトより)ローマ2024年オリンピック誘致エンブレム (公式ウエブサイトより)

 本日、世界で活躍している選手たちの戦いがリオで始まります。2020年の東京五輪も目の前です。そして2024年の開催に向けてローマも再び候補地として手をあげています。以前と開催の順番は逆になりましたが、イタリアには当選してほしいです。

 最後に大宮政志の言葉を紹介したいと思います。

 「繰り返しの連続である単調な練習こそが大切なのだということを自覚し、さらに限界と思われる練習の壁を破れば、その先には必ず栄光が待っています」(ハンドメイドバイシクルBOOK、2014、エイ出版社より)

 生きる力につながる言葉ですね。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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