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山口和幸の「ツールに乾杯! 2016」<6>プロバンスにそびえ立つモン・ヴァントゥー 憧憬と畏怖を集める激闘の舞台

by 山口和幸 / Kazuyuki YAMAGUCHI
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 モン・ヴァントゥーはピレネーにもアルプスにも属さない南フランスの独立峰だ。標高1912mとそれほどの高さではないが、セミ時雨が聞こえるプロバンス地方にあって特異な景観と異様な雰囲気で圧倒される。地中海に吹きおろすミストラルによって草木が飛ばされ、直径30cmほどの白い岩石が白骨のように敷き詰められる。

ホテルの窓を開けるとモン・ヴァントゥーの頂上に建つ測候所が見えた Photo: Kazuyuki YAMAGUCHIホテルの窓を開けるとモン・ヴァントゥーの頂上に建つ測候所が見えた Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

シンプソンの死 メルクスの苦戦

 頂上より1km下ったところにトム・シンプソンの墓石がある。五輪メダリスト、世界チャンピオンとなった英国選手だが、1967年のツール・ド・フランスのモン・ヴァントゥーで命を落としたのだ。

 その日は気温40度を超える猛暑に見舞われたという。総合優勝をねらう有力選手の集団から脱落したシンプソンは、徐々に蛇行を始め、沿道の観衆に抱きすくめられながら道ばたに倒れ込んだ。ヘリコプターで搬送されたアビニオンのホテルで元世界チャンピオンは息を引き取ったという。

頂上まで1kmのところにトム・シンプソンの墓石がある Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI頂上まで1kmのところにトム・シンプソンの墓石がある Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

 自転車競技史上最強の選手と言われるベルギーのエディ・メルクスもモン・ヴァントゥーへの憧憬と畏怖の念を語っている。

 1970年7月15日のツール・ド・フランス。その日、息が詰まるような熱波がレースを襲った。ライバルのテブネやプリドールのアタックに、さすがの優勝候補もこの日は大苦戦。最後はよろめくようにモン・ヴァントゥーの頂上にたどり着いたという。それでもメルクスは3年前のレース中に死去したシンプソンの石碑の前を通過するときに、冥福を祈る意味で脱帽することを忘れなかったという。シンプソンはメルクスの元チームメイトだった。

 「それからゴールまでも本当にツラい道のりだった。気分が悪く、酸欠に陥り、ゴールから救急車で運ばれることになるのだから」

 なんとかモン・ヴァントゥーを凌いだメルクスは、最終的にパリでマイヨジョーヌを獲得する。

見られなかった激闘

マイヨジョーヌを着たランス・アームストロングが頂上にゴール Photo: Kazuyuki YAMAGUCHIマイヨジョーヌを着たランス・アームストロングが頂上にゴール Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

 2000年はモン・ヴァントゥーでマルコ・パンターニとランス・アームストロングの一騎打ちが演じられた。ボクはその数日前にフランス中西部でクルマが壊れたのでよく記憶している。買って1週間の新車は自分名義なので、交換ではなく修理。翌日からはピレネーの山岳ステージが始まるので、代車で回って4日後の休息日に800kmを戻った。ところが約束の日、工場を訪れると「あと1日待ってくれ」という。翌日は第11ステージ。勝負どころとなるモン・ヴァントゥーに登頂する最重要のステージだった。

 そうするよりなかったので、朝イチに修理を終えたクルマをもらってプロバンスまで車を飛ばした。しかし地中海に向かう通称「太陽への道」A7高速はバカンス客で大渋滞していた。

 「パンターニがアームストロングを制して優勝した」という、ラジオの音声が聞こえた。暑さと排気ガスでぐったりになった。ボクが見逃した、そのモン・ヴァントゥーこそ歴史の1ページに残る激闘だった。イタリアのパンターニは「二流選手のようにゴール前で飛び出して勝ってどうする。強き者は常に前で走る!」という欧州の伝統的な王道を貫くタイプ。一方、米国のアームストロングは「山岳で脱落せず、タイムトライアルで一気に首位に立つ」という合理主義者だ。

2009年には別府史之と新城幸也がモン・ヴァントゥーに上った Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI2009年には別府史之と新城幸也がモン・ヴァントゥーに上った Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI
ディナーではもちろん赤ワインの「ヴァントゥー」をいただいた Photo: Kazuyuki YAMAGUCHIディナーではもちろん赤ワインの「ヴァントゥー」をいただいた Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

誇りを傷つけられたパンターニ

モン・ヴァントゥーを望みながらの朝食 Photo: Kazuyuki YAMAGUCHIモン・ヴァントゥーを望みながらの朝食 Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

 モン・ヴァントゥーではその両者がしのぎを削った。とにかく看板や残り距離表示が吹き飛ばされる強風だったという。すでにタイムトライアルで総合成績をロスしていたパンターニは、逆転をねらって勝負に出た。しかしアームストロングがこれに追従。アームストロングとしてはパンターニを逃がさなければいいだけで、「最後は区間勝利をプレゼントした」と語った。

 数日後にこれを聞いたパンターニが激怒。

 「ツール・ド・フランスにプレゼントなんてあってたまるか。もしアイツが勝負に出たら、ボクはさらにその前を走ってゴールしただけさ」

 パンターニはその後、戦いを放棄するようにレースをリタイア。アームストロングが圧勝で総合優勝した。(その後不正薬物使用で記録はく奪)

山口和幸山口和幸(やまぐち・かずゆき)

ツール・ド・フランスをはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い続け、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、ナンバー、ターザン、YAHOO!などで執筆。国内で行われる自転車の国際大会では広報を担当。著書に「ツール・ド・フランス」(講談社現代新書)、「もっと知りたいツール・ド・フランス」(八重洲出版)など。

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