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砂田弓弦の風を追うファインダー<18>日本での世界選手権から26年 規則や制度も大きく変化

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仕事に役立った競技規則の知識

1989年のツール・ド・フランス。この頃はプロチームでもジャージの文字の大きさなどに細かな制限があった Photo: Yuzuru SUNADA1989年のツール・ド・フランス。この頃はプロチームでもジャージの文字の大きさなどに細かな制限があった Photo: Yuzuru SUNADA

 1990年、日本で世界選手権が開催された。当時はトラックとロードの同時開催で、場所はトラックが前橋、ロードが宇都宮だった。

 前橋は板張りの仮設トラックで、大会終了後は競輪が開けるように改修されて現在に至っている。

 一方、ロードは宇都宮の森林公園周辺の周回道路で行われた。翌年からメモリアルレースということでジャパンカップが開催され、今年は25回大会となる。ちなみに世界選手権は現在のジャパンカップと異なる反対回りで、コースも若干違っていた。

 いずれにせよ、日本での大きな国際大会は1964年の東京五輪以来、26年ぶりだった。この世界選手権の開催にあたり、UCI(国際自転車競技連合)から派遣される11人の国際コミッセール(審判)に加え、30~35人程度の国内コミッセールも必要ということで、大会本番の2年前に養成講習会が開かれた。

 僕はそこで講習を受けて試験に通り、国内コミッセールの認定証をもらった。その直後から今の仕事を始めたために、この資格を実戦で使ったことは一度もないが、自転車競技の規則を深く理解できたので、仕事にも大いに役立った。

アマ・プロ制度の矛盾

 当時と今の規則はいたるところで異なっているが、いちばん大きなことはアマとプロのカテゴリーであろう。

 自転車界のみならず、スポーツ界は長らくアマとプロに明確に分けられていた。プロはそのスポーツを職業として報酬を得ると認識されていたが、この定義は曖昧で、時代の流れに翻弄された。

 その矛盾があからさまに露呈したのは1972年の札幌五輪で、当時のアルペンスキーのトップ選手たちは実際のところすでにプロ化していた。なかでも強豪国オーストリアのエース、カール・シュランツはスキーメーカーであるクナイスル社の広告に起用されており、「シュランツはクナイスルで勝つ」というキャッチが世界に響き渡っていた。

 これが気に食わなかった当時IOC(国際五輪委員会)会長のアベリー・ブランデージは、五輪憲章に違反しているとしてリストアップした選手の中から、見せしめにシュランツを五輪会場から追放したのだった。

 こんな五輪も時代の流れに逆らえなかったために方向転換し、今やプロも参加できることになっている。

1990年当時の自転車界

 しかし、日本で世界選手権が開催された1990年頃、自転車界にはアマ・プロの区分が残っていた。

 当時のロードレースを見れば、まずは今とは服装が違う。今でこそ、ジャージのデザインは基本的に自由だが、当時はアマチュアがジャージの胸部分に入れられるスポンサー名は16cmの高さに3行まで。プロは22cm幅で行制限はなしというものだった。靴下はアマ・プロ問わず白であり、今のように色モノは認められなかった。

 そして、アマはヘルメットの着装が義務、プロは基本的に自由だった。基本的というのは、ベルギーやオランダでは義務化されており、その国の規則が優先されていた。

 国の規則が優先という点では、日本での世界選直後のイタリアで、アマチュアのジャージのスポンサー規制が撤廃された。もっと自由にスポンサーを獲得できるようにという配慮からである。

 その一方で、1990年のイタリアはプロにもヘルメットが義務化された。その後、UCIはすべての国にヘルメット着用を義務付けるが、プロ選手側の反発が猛烈だったために撤回されることになった。現在はご存知のとおり、全てのレースでヘルメットは義務化されている。

 この頃に日本国内でトップクラスとして走っていた選手に聞いたのだが、スタジオで撮った写真が自転車月刊誌の表紙になったところ、連盟から呼び出されて説教されたそうだ。アマチュアは商業主義の片棒を担いではいけないということだった。

自転車界もアマ・プロから年齢別カテゴリーに

 世界選手権男子ロードを例にとると、アマチュアは1921年、プロが1927年に第1回大会が行われ、そのアマ・プロの区分が長らく続いた。1990年当時は、アマチュアの団体FIACがイタリアに、プロの団体FICPがルクセンブルクに置かれ、これらの上部組織であるUCIがスイスのジュネーブにあった。

世界選手権史上、初めてアマ・プロ・オープン形式となったのは1994年の個人タイムトライアルだった。3位にはウルリッヒ(右)が入ったが、まだアマチュアだった Photo: Yuzuru SUNADA世界選手権史上、初めてアマ・プロ・オープン形式となったのは1994年の個人タイムトライアルだった。3位にはウルリッヒ(右)が入ったが、まだアマチュアだった Photo: Yuzuru SUNADA

 アマとプロとの境界線をなくそうとする声は90年代に高まり、1994年の世界選手権タイムトライアルで初めてアマ・プロオープンとなった。そして1996年から男子ロードはアマ・プロという金銭関係のカテゴリーが廃止となり、代わってエリートとアンダー23という年齢別カテゴリー制度に変わった。

 1995年はブエルタ・ア・エスパーニャがそれまでの4月から9月に、世界選手権が8月から10月になるなど、レースカレンダーに大きな改革があった。当然、規則もめまぐるしく変化する。レース会場で開かれる会議で「こんなにしょっちゅう規則が変わったのでは、我々はとてもついていけない」と発言したチーム監督がいたことを覚えている。

 また、アマチュアを統括する団体FIACに加盟する国が138だったのに対し、プロの統括団体FICP加盟国はわずか28だった。

 つまり、自転車競技は世界的なスポーツだったものの、プロ選手、プロレースが確立している国は、わずか28しかなかったのである。

驚きのアンチ・ドーピングルール

 次に1990年当時のアンチ・ドーピングのルールを見てみよう。違反者に対してはアマとプロへの処罰が異なっているが、当時ルールは、今から見ると驚きの甘さである。

アマチュア
1回目:失格及び3カ月間の資格停止
2回目:失格及び6カ月間の資格停止
3回目:ライセンスの永久取消し

プロフェッショナル
1回目:罰金と執行猶予付き3カ月間の停止
2回目:罰金と6カ月間の資格停止(1回目の資格停止を含めて執行される)
3回目:罰金と12カ月の資格停止

 ご覧の通り、現在の一発目で2年間の出場停止とは大きく異なる。プロに至っては、最初の陽性反応は執行猶予付きという、出血大サービスである。しかも、アマもプロも、その後の2年間で罪を犯さなければ前科が抹消され、その後の陽性反応は1回目として扱われるのだ。

 現在トレックの監督を務めているキム・アナスンは、プロ生活でなんと4度も陽性反応が検出されている。今ならば、まちがいなく永久にライセンス剥奪であろうが、この前科帳消し制度でプロ生活を長らえたと言えるだろう。

 また、UCIは1968年に禁止薬物リストを制作してドーピング検査を実施してきたが、長らくIOCの禁止薬物リストと統一されていなかった。

 それが問題化したのは1988年のツール・ド・フランスだった。優勝したペドロ・デルガドから、いわゆるマスキング効果のある薬物が検出されたのだが、それがIOCの禁止薬物になっていたものの、UCIの禁止薬物リストには入っておらず、勝利が認められたのである。

 両機関のリストが統一されたのはこの直後であるから、仮にデルガドの事件が日本での世界選手権で起きていたら、彼の勝利は抹消だったことになる。

2020年のルールは?

TTを走るパオロ・サヴォルデッリをオートバイで並走しながら撮った写真。今は許可されない撮り方だ =2002年ジロ・デ・イタリア Photo: Yuzuru SUNADATTを走るパオロ・サヴォルデッリをオートバイで並走しながら撮った写真。今は許可されない撮り方だ =2002年ジロ・デ・イタリア Photo: Yuzuru SUNADA

 ルールは生き物のように年とともに変わっていく。これは選手だけでなく、フォトグラファーの世界も同じだ。

 たとえば、つい10年ほど前まで、TTを走る選手と並走してオートバイから写真を撮ることが許されていた。

 ところが今は絶対に無理で、今年のジロに至っては、走っている選手をオートバイで追い抜いただけで失格になったフォトグラファーがいた。

 こうしたことがルールブックに明文化されているとは思えないが、とにかくルールが時代と共に変わっていくことを感じた。

 4年後の2020年、東京に再び五輪がやってくる。前橋と宇都宮での世界選手権から数えれば、30年ぶりのビッグイベント到来である。

 その頃はどんなルールになっているのか分からないが、大なり小なり今のものと異なっていることだけは間違いない。

砂田弓弦
砂田弓弦(すなだ・ゆづる)

1961年9月7日、富山市生まれ。大学卒業後にイタリアに渡り、1989年から自転車競技の取材・撮影に携わる。世界のメジャーレースで、オートバイに乗っての撮影を許されている数少ないフォトグラファーの一人。多くの国のメディアに写真を提供しており、ヨーロッパの2大スポーツ新聞であるフランスのレキップ紙やイタリアのガゼッタ・デッロ・スポルト紙にも写真が掲載されている。

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