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福光俊介の「週刊サイクルワールド」<155>ラスト1.8kmの攻防 カウベルグの勝負が生み出すアムステル ゴールドレースの魅力

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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 春のクラシックシーズンは大詰めを迎え、アルデンヌ3連戦へと突入した。その初戦となった4月17日のアムステル ゴールドレースでは、3月末にレース中の事故でチームメートを失ったエンリーコ・ガスパロット(イタリア、ワンティ・グループゴベール)が、悲しみを乗り越えて戦い抜き、2度目の優勝を果たした。レースを振り返り、上位選手たちのコメントを紹介するとともに、ベルギー・ワロン地方を舞台とするラ・フレーシュ・ワロンヌ(20日)、リエージュ~バストーニュ~リエージュ(24日)の展望もお届けする。

坂を上りきってからのラスト1.8kmが熱戦を生み出す「アムステルゴールドレース」 =2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADA坂を上りきってからのラスト1.8kmが熱戦を生み出す「アムステルゴールドレース」 =2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADA

フィニッシュ地点変更後の優勝者の傾向

 34カ所の急坂と“1000のカーブ”と称される曲がりくねった道が選手たちを苦しめるアムステル ゴールドレース。なかでも大会の名物と言われるのが「カウベルグ」だ。登坂距離1.2km、平均勾配5.8%、最大勾配12%の上りは、これまで数多くのヒーローを誕生させてきた。

カウベルグでアタックしたエンリーコ・ガスパロット =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADAカウベルグでアタックしたエンリーコ・ガスパロット =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADA

 2012年まではカウベルグの頂上にフィニッシュラインが引かれ、勝敗の決定は上りスプリントとなることがほとんどだった。その後、大会は転機を迎える。この年の秋、同じ地域で開催されたUCI(世界自転車競技連合)世界選手権ロードレースで、カウベルグの1.8km先にフィニッシュ地点が設けられたことをきっかけに、アムステル ゴールドレースも翌2013年大会から同様の措置をとった。世界選手権でフィリップ・ジルベール(ベルギー、BMCレーシングチーム)がカウベルグでアタックを決めた後に独走でマイヨアルカンシエルを獲得した衝撃的なシーンが、多くのファンや関係者の心をつかみ、クラシックレースを動かした格好だ。

 それまで激坂ハンターやパンチャーに有利だったレースは、違った色合いを見せることとなる。いわゆる“上れるスプリンター”にも勝利のチャンスがめぐってくるようになったのだ。

 そこで、2013年以降どのような形で優勝者が決まったかを振り返ってみる。

2013年以降の優勝者

2013年 ロマン・クロイツィゲル(チェコ、当時チーム サクソ・ティンコフ) ラスト8km地点から逃げ切り
2014年 フィリップ・ジルベール(ベルギー、BMCレーシングチーム) カウベルグでアタック、そのまま逃げ切り
2015年 ミハウ・クフィアトコフスキー(ポーランド、当時エティックス・クイックステップ) 18人による集団スプリント
2016年 エンリーコ・ガスパロット(イタリア、ワンティ・グループゴベール) カウベルグでアタック、2人で逃げ切り

 2013年は、前年の世界選手権でジルベールが見せたパフォーマンスが影響してか、プロトン全体が膠着し、間隙をついたクロイツィゲルが上手く抜け出した印象が強い。しかし2014年以降は、カウベルグからの逃げ切り、またはカウベルグで生き残った選手たちによるスプリントで勝者が決まっている。

 カウベルグからフィニッシュ地点までは、各チームのエースクラスによる個の力と、ライバルとの駆け引き、レース当日の風向きが勝敗を分ける要素となっている。今後のレースでは、さらに複数名のアシストを生かしてカウベルグをクリアし、ゴールスプリントに備える選手が現れるかもしれない。カウベルグと優勝争いとの強い相関関係は、今後も変わらないだろうと考えている。

 最後のカウベルグを先頭で上りきれば優勝できた2012年以前と異なり、近年は頂上を先頭通過しても優勝できるとは限らない、それがアムステル ゴールドレースの難しさを高め、見る者にとっては魅力となる一面であるといえよう。

ドゥモワティエに捧げた勝利

 ここからは、アムステル ゴールドレースで熱戦を演じ主役となった選手たちのコメントをまとめていく。

レース後に笑顔を見せたエンリーコ・ガスパロット =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADAレース後に笑顔を見せたエンリーコ・ガスパロット =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADA

 4年ぶり2度目の優勝を飾ったガスパロット。レース後、報道陣に対し、3月27日のヘント~ウェヴェルヘムで事故死したアントワーヌ・ドゥモワティエ(ベルギー)に関する質問が集中した。ガスパロットは当時を振り返り、同日まで出場していたボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャ(スペイン、UCIワールドツアー)を終え、帰国のため滞在していたバルセロナの空港で一報を受けたことを明かした。

 連絡を受けた時点でドゥモワティエの容態は厳しい状況だったといい、その夜は「気分が悪くなり、一睡もできなかった」という。さらに追い討ちをかけるように、翌日早朝からドーピング検査官が自宅を訪れ、「われわれの仕事でもあるから検査は受けたが、最悪のタイミングだった」とも。

 スペイン・テネリフェ島でのトレーニング予定を変更し、ドゥモワティエの葬儀に参列。以降はベルギーで調整を行い、アムステル ゴールドレースに備えた。そしてつかんだ大きな勝利。「アントワーヌのことを思うと、30ワットは強くペダルを踏み込めるし、時速にして3から4km、いや5kmは速く走れるんだ」と述べ、ドゥモワティエが力を与えてくれたことを強調した。

ミケル・ヴァルグレンアナスン(左)は、エンリーコ・ガスパロットに敗れ優勝を逃した =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADAミケル・ヴァルグレンアナスン(左)は、エンリーコ・ガスパロットに敗れ優勝を逃した =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADA

 カウベルグ頂上からの追い上げでガスパロットとの一騎打ちに持ち込んだミケル・ヴァルグレンアナスン(デンマーク、ティンコフ)。2014年のプロデビュー時から将来を嘱望され、グランツールではアシストとして高い評価を得るなど、順調に育ってきた選手だ。惜しくも2位に終わったが、いよいよトップライダーの仲間入りを果たしつつある。自身も「優勝できなかったことは失望しているが、大きな成果は残すことができた」と明るい。

 また、ガスパロットの巧みな駆け引きもあり、「2位でも仕方ない状況だった」と最終局面を振り返る。それでも、逃げ切りを狙い、牽制することなく先頭を引き続けた走りは評価に値する。2012年、2013年とリエージュ~バストーニュ~リエージュ・エスポワール(23歳未満対象)を2連覇した次世代のクラシックハンターは、確かな足跡を残した。

(左から)2位のミケル・ヴァルグレンアナスン、優勝したエンリーコ・ガスパロット、ソンニ・コルブレッリ =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADA(左から)2位のミケル・ヴァルグレンアナスン、優勝したエンリーコ・ガスパロット、ソンニ・コルブレッリ =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADA

 3位のソンニ・コルブレッリ(イタリア、バルディアーニ・CSF)は、カウベルグでガスパロットの動きに対して反応が遅れたことを悔やむ。アシストを失っていたこともあり、複数名を集団に残していた他チームに頼らざるを得ない状況だったといい、自分から仕掛けるタイミングを逸してしまったと敗因を分析した。

 なお、2連覇を目指したクフィアトコフスキーはフィニッシュまで約20kmを残したところで集団から脱落。そのままリタイアしたが、断続的に降った雨の影響で体が冷え切ってしまったことが失速の原因だと説明した。レーススケジュールに変更はなく、次戦はリエージュ~バストーニュ~リエージュに臨むとしている。

バルベルデ軸に展開 ワロンヌ、リエージュ展望

■ラ・フレーシュ・ワロンヌ(4月20日、196km)

ラ・フレーシュ・ワロンヌの名物「ユイの壁」を上るプロトン =2015年4月22日 Photo: Yuzuru SUNADAラ・フレーシュ・ワロンヌの名物「ユイの壁」を上るプロトン =2015年4月22日 Photo: Yuzuru SUNADA

 ベルギー南部のマルシュ・アン・ファメンヌをスタートし、一旦ルクセンブルク領内を通過した後、北へと進む。登板ポイントは前回から1つ増えて12カ所。最大の注目は、ミュール・ド・ユイ(ユイの壁)だ。

 レース中盤から後半にかけてユイの壁を3回通過。登坂距離1.3km、平均勾配9.6%、上りの後半には最大勾配26%にまで達する激坂が待ち受ける。頂上フィニッシュとなる3回目の上りで勝負が決するのは確実で、ラスト10kmは各チームがスプリントさながらのトレインを形成し、激しい位置取り争いを繰り広げる。

 女子レース「ラ・フレーシュ・ワロンヌ・ファム」も同日開催。こちらは137kmで争われ、ユイの壁を2回通過する。男子同様、ユイの壁で勝負が決まる。

■リエージュ~バストーニュ~リエージュ(4月24日、253km)

 1892年創設。最古参を意味する“ドワイエンヌ”との別名を持つ、世界最古のクラシックレースで、とりわけ歴史と格式の高い「モニュメント」と呼ばれるレースの1つだ。

 登板ポイントは10カ所だが、1つ1つの上りが厳しく、獲得標高は4000mを超える。なかでも、残り36.5kmのコート・ド・ラ・ルドゥット(登坂距離2km、平均勾配8.9%)、残り20.5kmのコート・ド・ラ・ロッシュ・オウ・フォーコーン(1.5km、9.3%)が終盤のアタックポイント。この2つの上りでメーン集団の人数は絞られることだろう。

 最終盤は、残り6.5kmのコート・ド・サン・ニコラ(1.2km、8.6%)、残り2.5kmのコート・ド・ラ・ルー・ナニオ(0.6km、10.5%)で優勝争いに大きな動きが起こりそうだ。この2つの上りで決定的な動きが起きないようだと、優勝争いはゴールスプリントに委ねられる可能性が高まる。

■注目選手

 昨年、ワロンヌとリエージュを連勝したアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター チーム)が2連覇をかけて臨む。現在、自身初出場となるジロ・デ・イタリアに向けた調整中とあり、強さを見せ付けた昨年ほどの状態ではないことを打ち明けている。とはいえ、ひとたび集中したときの強さは誰もが知るところ。特に、ワロンヌは勝てば大会史上最多の4度目の優勝となる。前人未到の記録へのチャレンジが期待される。

2015年はアルデンヌクラシック2連勝を飾ったアレハンドロ・バルベルデ =リエージュ~バストーニュ~リエージュ、2015年4月26日 Photo: Yuzuru SUNADA2015年はアルデンヌクラシック2連勝を飾ったアレハンドロ・バルベルデ =リエージュ~バストーニュ~リエージュ、2015年4月26日 Photo: Yuzuru SUNADA

 アムステルを制したガスパロット、アルデンヌクラシックに調子を合わせてきたイエール・ヴァネンデル(ベルギー、ロット・ソウダル)も前評判が高い。冬場のウイルス感染を克服し調子を上げてきたジュリアン・アラフィリップ(フランス、エティックス・クイックステップ)は、連続2位だった前年を上回ることができるか。

 アラフィリップのチームメートであるダニエル・マーティン(アイルランド)は、この2戦に賭けるためアムステルを回避。リエージュでは3年ぶりの優勝を狙う。1月のトレーニングキャンプ中の事故を乗り越え復活したワレン・バルギル(フランス、チーム ジャイアント・アルペシン)、前回リエージュ4位のルイ・コスタ(ポルトガル、ランプレ・メリダ)も虎視眈々とチャンスをうかがう。

 日本勢では、別府史之(トレック・セガフレード)が両レースへの出場を発表。バウケ・モレマ(オランダ)やフランク・シュレク(ルクセンブルク)の上位進出をアシストすることとなりそうだ。

 本来であれば優勝候補に名を連ねるホアキン・ロドリゲス(スペイン、チーム カチューシャ)は、アムステルでの落車負傷が心配される。また、トレーニング中に自動車ドライバーとのトラブルに巻き込まれ左手指を負傷したフィリップ・ジルベール(ベルギー、BMCレーシングチーム)は、出場こそするものの、エースの座はチームメートに譲る姿勢を明かしている。

今週の爆走ライダー-エンリーコ・ガスパロット(イタリア、ワンティ・グループゴベール)

「爆走ライダー」とは…

1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。

 ドゥモワティエの事故死以降、ワンティ勢のビッグレースにおける集中力はすさまじい。チーム全体によるレース出場自粛を経て迎えた、4月3日のツール・デ・フランドルではディミトリー・クレイス(ベルギー)が9位。ガスパロットはアムステルのレース後、何がモチベーションになったかを問われ、クレイスの熱い走りを挙げている。

 アムステルでもチームメートに支えられた。レース後半、ケニー・デハース(ベルギー)はボトルを渡すと同時に、思いをイタリア人エースに託した。トム・ドゥヴリント(ベルギー)は逃げグループに入り、マーク・マクナリー(イギリス)とビョルン・トゥーラウ(ドイツ)は再三のアタックでメーン集団を動かした。アシストたちの働きを力に代えての勝利に、「今日は私だけの1日ではなかった。みんなには感謝の気持ちしかない」。チーム一丸となってつかんだ栄光であることを強調した。

チーム一丸の働きを力に代えて、栄光をつかんだエンリーコ・ガスパロット =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADAチーム一丸の働きを力に代えて、栄光をつかんだエンリーコ・ガスパロット =アムステルゴールドレース、2016年4月17日 Photo: Yuzuru SUNADA

 リクイガスやランプレ、アスタナ プロチームと、かつてはトップチームの主力を務めた。その間、ジロでのマリアローザ着用、イタリア選手権制覇など、活躍の場は多かった。しかし、過去のドーピング疑惑が浮上するなど身辺が慌しくなり、やがてUCIワールドチーム入りがかなわない状況になってしまった。

 それでも、プロコンチネンタルチームである現チームには満足している。「トップチームだとどうしてもワールドツアーポイントを気にしなくてはいけないけれど、今はポイントのことなど考えずに走ることができるんだ」。プレッシャーから解放され、思い切り走れる環境こそが、自らの居場所だと実感する。

 そんな心境の変化が、今後の走りにも好影響を与えてくれそうだ。まずはラ・フレーシュ・ワロンヌとリエージュ~バストーニュ~リエージュ。チームのホストレースでもある2戦で、アムステルに続く快走を誓う。

福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、気がつけばテレビやインターネットを介して観戦できるロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。2011年、ツール・ド・フランス観戦へ実際に赴いた際の興奮が忘れられず、自身もロードバイク乗りになる。自転車情報のFacebookページ「suke’s cycling world」も充実。本業は「ワイヤーママ徳島版」編集長。

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