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つれづれイタリア~ノ<69>自転車の地位は一日にして成らず イタリアの歴史が作り上げた社会的理解

by マルコ・ファヴァロ / Marco FAVARO
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 最近、フェイスブックの友達のページで、次のような主旨の書き込みが大きな反響を呼びました。

 南関東の某所で、自転車愛好家の間で人気の練習場所があります。私の記憶では、10年以上前から知られています。田んぼが広がっていて見通しもよく、車の往来がほとんどありません。信号もなければ一時停止の標識もなく、自転車のトレーニングをするには安全で最適な条件です。しかし、トレーニングの“聖地”と呼ばれていたこの場所にある日、このような看板が立てられたのです。

『危険!この道はレース場ではありません!(○○市○○地区生産組合)』

サイクリストは怖がられる?

 書き込みには、周辺住民のコメントも紹介されていました。多くの人が集団練習に恐怖を覚えているようです。書き込みの一部を引用します。

 「…犬の散歩をしていた方は、後ろから音もなくロードの集団が来てビックリして犬を抱き抱えて田んぼに飛び移って逃げたそうです。この周辺の農家は高齢化が進み、とっさの判断も鈍くなり、道を渡ろうとするだけでも自転車の切れ目を見計らって急いで渡らないといけないとも。とにかくこの区画に入って来ないで欲しい、1人で走るのもやめてほしい、というかなり強い嫌悪感でした。…」

多くの自転車が行きかう荒川沿いの道(写真はイメージ) Photo: Yoshiyuki KOZUKE多くの自転車が行きかう荒川沿いの道(写真はイメージ) Photo: Yoshiyuki KOZUKE

 この書き込みは、日本各地で聞かれるロードバイクに対する意識を代表するものだと思います。いま、全国的にロードバイクの「聖地」と呼ばれるコースから自転車を排除する動きがあります。東京周辺ですと、荒川河川敷道路と多摩川サイクリングロード、そして大井埠頭も含みます。クレームの内容は大体同じで、スピードの出し過ぎ、並列走行、赤信号・一時停止無視、接触によりけがをする危険性―といったことです。

自転車競技をリスペクトするイタリア

 さて、自転車王国であるイタリアでは、自転車はどのように定義され、法律的にどう扱われているのでしょうか。法的な観点から、自転車が置かれている状況を紹介します。そこに選手たちが強くなるヒントがあるかもしれません。

 EU(欧州連合)に加盟しているイタリアでも自転車に対する法的整備が進められています(参考:イタリア国道交通省2016年発行、交通法第50条、第68条、第69条、第158条、第182条)。

【自転車の定義】
 脚を原動力とし、寸法は長さ300cm、高さ220cm、幅130cm以内の乗物
【装備について】
 ブレーキ:前後のホイールにつけなければならない。内蔵型(ペダルを逆こぎすることでブレーキがかかる)を認める。ブレーキのない自転車は公道で走行不可
 ライト類:前後に必要。日没30分前に点灯しなければならない
 反射ベスト:夜は着用しなければならない
 音響装置:必要。30mの距離まで聞こえる
【走行について】
 スピード:レース時を除けば自動車と同様のルールを適用。市内では50km以内。郊外は70km以内
 並列走行:郊外は一列だが、市内では二列までの並列は可能
 歩道:歩道での走行は禁止
 二人乗り:二人乗りに適用する自転車であれば可能
 飲酒運転:禁止
 ヘッドホン:片耳なら可能
 自転車専用道路の使用:走行可能な場合、使わなければならない

イタリア地方警察。自治体によって自転車の選択は自由 (提供: ソラ市警察)イタリア地方警察。自治体によって自転車の選択は自由 (提供: ソラ市警察)

 細かいところを除けば、日本の道路交通法とさほど違いはありません。それでもイタリアでは、疾走するロードバイクに対するクレームもなければ、自転車を道路から排除しようという動きもありません。逆に電車内に自転車専用スペースを設け、自転車専用の設備を構えるホテルも増え続けています。なぜイタリアと日本はこんなに違うのでしょうか。

 根本的に違うのが社会の理解度です。自転車に対する法的整備が明確になるずっと前から、イタリアには長いロードレースの文化があります。「ジロ・ディタリア」や「ミラノ・サンレーモ」、「ジロ・ディ・ロンバルディア」など100年以上の歴史を持つ大会が多く、ロードバイクに乗る人は憧れの的です。

 戦後に活躍した伝説のサイクリスト、ファウスト・コッピとジノ・バルタリの名前を知らない人はいませんし、マリオ・チポッリーニが街を歩くと、人が群がります。知名度はサッカー選手並みです。さらに自転車競技は人々の生活に近い存在で、特にイタリア北部では毎週末どこかで自転車レースによる通行止めが行われています。

ティレーノ~アドリアティコ 2003でのワンシーン Photo : Yuzuru SUNADAティレーノ~アドリアティコ 2003でのワンシーン Photo : Yuzuru SUNADA

 つまり、イタリアでは歴史が作り上げたルールがあり、「自転車=速い乗り物、車間距離を保つべきもの」という認識が浸透しています。

 並走は法律で規制の対象になりました。しかし、交通の悪質な妨げになる場合以外は、警察は取り締まろうとしません。その理由は簡単。多くの警察官が自転車競技をサポート、リスペクトし、そして警察官自身も競技者であるケースが多いからです。市民からも文句が出ません。

事故を増やしている3つの要因

 イタリアでは、疾走するロードバイクは日常的な風景ですが、それでもクルマとの衝突による死亡事故は後を絶ちません。その要因は主に3つ。クルマのスピード違反、わき見運転、そして外国人が運転している場合です。

 スピードの出し過ぎはイタリアの運転の大きな問題です。郊外で時速90kmまで、幹線道路では時速110kmを許容していますが、スピードの出し過ぎが原因で自転車と衝突する事故も起きています。

子どものための自転車研修会を呼び抱えるポスター。参加を呼び掛けるため、スポンサー(スーパー、自転車ショップなど)がクーポン券を提供 (提供: アクイ・テルメ市警察)子どものための自転車研修会を呼び抱えるポスター。参加を呼び掛けるため、スポンサー(スーパー、自転車ショップなど)がクーポン券を提供 (提供: アクイ・テルメ市警察)

 しかし、イタリア交通警察「Polstrada」の発表によれば、2015年上半期で起きた死亡事故(870人)の主な原因は、わき見運転。多くの場合、携帯電話を操作したり、通話しながらの「ながら運転」が関与しており、このことはイタリアでも社会問題になっています。
 
 最近浮上したのが、移民としてイタリアにやってきた外国人たちの運転問題。その多くの移民たちが貧しい国の出身で、ロードバイクの練習方法もスピード感にも慣れていません。急なハンドル操作、飲酒運転や無理な追い越しによって、外国人が絡む事故が増えています。イタリアの警察はこのような悲惨な事故を減らすために、取り締まりを厳しくしています。

20年後には日本もイタリアのように

イタリアの道路標識。自転車道が明示されている (提供: アクイ・テルメ市警察提供)イタリアの道路標識。自転車道が明示されている (提供: アクイ・テルメ市警察提供)

 2005年以降に始まった日本のロードバイクブームは、人気マンガ・アニメの影響で若い世代にも受け継がれています。自転車ショップやサイクルウエアブランドも増えています。

 ただ、日本ではロードバイク文化はまだ歴史が浅く、そのため社会の理解度も低く、ロードバイクは一種の「暴走族」として見られています。その上、東京・大阪近郊は人口密度が高すぎて、信号がなく安全に練習できるところはかなり限られています。そのためロードバイクで走る場所が一定のエリアに集中しがちです。

 これから先、20年ほどの年月がかかるかも知れませんが、日本でもロードバイクがどこでも練習できる文化が生まれると思います。それまでの間、強くなりたい日本人選手は、新城幸也(ランプレ・メリダ)や別府史之選手(トレック・セガフレード)のようにしばらくの間、海外移住を真剣に考えるのも一つの方法だと思います。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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