熊谷賢輔の「世界をつなぐ道」<9>自転車への入り口を広げ、リサイクルを創造 シアトルで見つけた新しいショップ
アラスカを出発し、カナダでの4カ月の旅を終えて、再びアメリカに入国した。訪れたのは米北西部の大都市、シアトル。日本では大リーガーのイチロー選手が活躍した「シアトルマリナーズ」の本拠地としても有名だ。この街を走ると、自転車フレンドリーな雰囲気が伝わってきた。そして、日本では見たことのないスタイルのサイクルショップが僕を待ち構えていた。
自転車とクルマが共存するシアトル

シアトルに入ってまず驚いたのが、坂の多さだ。どこへ行くにしても激坂を1〜2本越えなければ目的地に辿り着けない。自転車乗りには少々きつい地形だが、近郊の道路にはサイクルレーンが整備されているので、全体的にサイクリストは多い。往来する自転車はロードバイクが大半を占める。車が行き交う市街地にもレーンがしっかりと整備されているため、走行中にクルマの脅威を感じることは少ない。
海沿いにもレーンが完備され、トレーニングをするサイクリストや、ポタリングをする家族など、住民の楽しそうな姿を多く見かけた。スーパーを訪れると、日本では珍しいカーゴスタイルの自転車を見かけることもしばしば。子どもを乗せながら大きな荷物を運ぶのにもってこいの自転車だ。
シアトルにも多くのサイクルショップが点在している。その中で特に気になった2つのショップを紹介する。
サイクリストだけではないサイクルショップ

1軒目はシアトルのブロードウェイ通りの近くにある、最近出来た新しい形態のサイクルショップ「métier(メティエ)」。フランス語の言葉で、日本語では仕事、職業という意味がある。店名に込めたられた思いは「ライフスタイル自体を生業にしよう」ということらしい。
カフェとサイクルショップの両形態で運営されている店舗は日本でも少なくないが、ここメティエは、カフェだけでなくヨガ、トレーニングルーム、シャワールームが併設されている。新しい形のサイクルショップについて、マネージャーのエリックに話を聞くことができた。
──店のコンセプトは?

「気軽に自転車に興味を持ってもらえること。自転車という切り口だけでなく、ヨガや筋トレなどの切り口を作ることで、入り口の幅を広げているのさ。シャワールームも完備されているから通勤前後にも利用してもらいたいんだよ。自転車が生活の一部になるのが理想かな」
──なぜサイクルショップだけではないの?
「自転車を好きになってもらうためにカフェは必要だよ。落ち着いて話ができる環境があれば、お互いコミュニケーションがとりやすいだろ? 他にも自転車の楽しさを知ってもらうために、プロジェクターを使って自転車レースの大会を一緒に見てもらったりもするよ。トレーニングルームなどを用意しているのは、家だとなかなか用意できないから。ここに来てもらえれば一貫して自転車のレベルアップにつながるからね」


──ここまで出来るのに準備は大変だった? 予算は?
「そりゃあ大変だったよ。プロジェクトが発足してから形になるまで1年半以上かかったからね。普通のサイクルショップと違って規模も大きいから、人を集めるのにも苦労したよ。今では僕の熱い気持ちに共感してくれたスタッフが働いてくれているから嬉しいね。予算?それは莫大なものさ(笑)」

オーナーのエリックと話していると、彼の情熱がビンビン伝わってくる。彼自身もサイクリストとしてレースに出場するなど精力的に活動している。いわく、「ヘタクソでもいいから相手にビジョンを伝え、自分では出来ないことを助けてくれるサポーターを見つけることが重要」とのこと。アイデアマンで、かつ求心力、発信力をもったエリックだからこそ立ち上げられたサイクルショップだと感じた。
リサイクルする文化を作る町の自転車店
2軒目のサイクルショップは、シアトルから南へ80km、タコマという町にあった「2nd cycle」。そのものずばり、中古品を扱う店である。

ステム、ハンドル、ディレーラーなどが5〜10ドル程度で売られている。もちろん年式は古いものばかりだが、自転車に興味を持って自分自身で組み立てたい人にとってはうれしいお店である。僕自身、新品ではなく中古でもいいパーツがあったりする。これだけ安価ならば、足しげく通うこと間違いなしだ。
店長のマーティンと話すことができた。



──店のコンセプトは?

「自転車をリサイクルする文化を作ること。いらなくなった自転車がこの店に集まるから、それをもう一度乗れる状態にし、出来上がった自転車をホームレスの人々や子どもたちに寄付をするんだよ。廃棄同然の自転車がもう一度息を吹き返す。リサイクル文化を作るために、工具や場所を安価に提供してもいる。僕たちがアドバイスすれば、訪れたお客さんがいつか1人で組み立てられるようになる。そうすると自転車を修理しながら使い続ける文化が根付くだろう?」
──なぜ自転車を寄付するの?
「アメリカではホームレスが問題になっている。もちろん社会保障面での解決が求められるが、それは時間がかかる話。それよりも、廃棄される自転車を組み立てて、もう一度活躍してもらえば、彼らの生活がいますぐに、少しは向上するだろう?」
夕方を過ぎてから、客が増えてきた。店のスタッフのアドバイスを受けながら、客は自分で自転車を組み立てていく。


僕も旅で疲弊した“相棒”をメンテナンスした。バーテープを交換しながら、訪れた客とスタッフの会話に耳を傾ける。客同士でアドバイスをしながら組み立て姿があり、スタッフも自分のバイクに手を入れている。そんな様子を熱心に見つめる客。なんともアットホームな雰囲気だ。店と客が手を取り合っている姿が、そこにはあった。
自転車文化への入口を、新しい切り口によって増やそうとしているサイクルショップ。そして自転車のリサイクルという文化を創造しているサイクルショップ。2つの店舗に共通していることは、どちらも自転車がもつ可能性を引き出そうとする姿勢だ。自転車の新しい文化は、こうしたサイクルショップが中心になって発信していくのだと感じた。

1984年、横浜生まれ。法政大学文学部英文学科を卒業後、東京3年+札幌3年間=6年間の商社勤務を経て、「自転車で世界一周」を成し遂げるために退社。世界へ行く前に、まずは日本全国にいる仲間達に会うべく「自転車日本一周」をやり遂げる。現在はフリーライターの仕事をする傍ら、3年をかけて自転車世界一周中。
オフィシャルサイト「るてん」 http://ru-te-n.com/