産経ニュース【震災5年 3・11 スポーツの力】より五輪は明確な目標  福島「スポーツキッズ」が生んだ高校生トライアスリート長生憲武さん

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 薄雲を透かした西日が校舎を柔らかく包んでいた。前日の卒業式で、1学年分の空白ができたせいだろう。在校生の声と足音が、長い尾を引いて廊下に響く。震災から5年、福島県立福島高校(福島市)は静かな季節を迎えた。

 「よくここまで戻ってきたな、と思う」

 陸上部監督の赤沼健一(60)は感慨深げだ。生徒らの避難生活と見えない放射線へのおびえ。多くのアスリートが取り戻した5年後の日常。被災の記憶と今を隔てる溝の深さを思うと、後の言葉が続かない。

走る喜びを知らない子供たち

「うつくしまスポーツキッズ」の体力測定で、走り幅跳びに挑む子供たち =2015年12月20日、福島市内 Photo: Keiji MORITA「うつくしまスポーツキッズ」の体力測定で、走り幅跳びに挑む子供たち =2015年12月20日、福島市内 Photo: Keiji MORITA

 福島のスポーツ界にとっても、一息に飛び越えられる溝ではなかった。県体協などが2005年度に始めたタレント発掘事業「うつくしまスポーツキッズ」は、「3・11」を境にして応募者の減少傾向に悩まされたという。

 外で遊ぶことを制約され、走る喜びを知らない子供が増えた。震災以降の3年は、子供の肥満傾向が高止まりを記録してもいる。「キッズ」の取り組みに「子供たちと運動の出合いの場」という新たな側面を加えた裏には、失われつつある“子供らしさ”への強い危機感がある。

福島高校1年のトライアスリート、長生憲武さん福島高校1年のトライアスリート、長生憲武さん

 同高1年のトライアスロン選手、長生(ながしよう)憲武(16)は「キッズ」で見いだされた才物の一人。小学1年から「鉄人」のレースになじんできた若者は、復興途上の郷里に競技者としての歩みを重ねる。

 「福島のために頑張ろう、と。震災があったからこそ、なおさらそう思う」

 自身もまた、窮屈な経験をしている。11年秋から半年間、地元の福島市を離れ、山形で避難生活を送った。帰郷後も外で走るのを周囲に止められ、若さをもてあました時期がある。

 長生が味わったストレスは、スポーツ界の頭痛の種でもある。赤沼が指摘する。「震災当時、中学生だった選手たちの競技力が下がっている」「とりわけ女子の競技人口が減っている」と。外での遊びを奪われた世代がこの先、中学生や高校生になっていく。子供たちの中にできた空白が、スポーツ界のひずみとなって表れるのはこれからかもしれない。

スポーツエリートへの期待

 スポーツエリートともいえる長生には、それゆえに「フロントランナー」としての期待も寄せられている。中学3年で全国大会を制し、高校入学と同時に、県体協の有望選手支援制度「ふくしま夢アスリート」の指定を受けた。もう、五輪を「夢」とは呼べない。形にしなければならない目標だという。

 5年の歳月で得たものと失ったもの。胸の中ではかりにかけてみる。「つらい思いをしている人には申し訳ないけれど…」。得たものの重みに針は傾く。被災地に向けられた温かなまなざしに背中を押され、明確な目標を語れる「今」を手に入れた。

 4年後の東京五輪、8年後の夏季五輪へと「将来を向くきっかけ、先を見据える目が僕の中にできた」。約束されたわけではない実りの季節を信じ、春浅い郷里の土を蹴る。頬を突く北風も、この若者を立ち止まらせることはできない。 =敬称略

(産経新聞東京運動部 森田景史)

産経ニュースより

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