つれづれイタリア~ノ<66>強豪プロ選手を生み出すイタリアの土壌はジュニアチームにあり
欧州の自転車界では最近、スペインのアルベルト・コンタドール(ティンコフ)、イタリアのヴィンチェンツォ・ニバリ(アスタナ プロチーム)ら著名な選手たちがこぞってジュニアチームの創立、支援に取り組み始めています。しかし彼らが動く前から、欧州では若手選手を育成する分厚い仕組みが存在していました。その中心となるのが、自転車競技を心の底から愛する企業家たち。今回は企業の支援を受けるイタリアジュニア強豪チームの一つ、「ワークサービスブレンタ」を紹介します。
専属マネージャーがいるジュニアチーム
ワークサービスブレンタはヴェネト州パドヴァ市を拠点としています。ヴェネト州は自転車競技が熱い地域で、企業で言えば、カンパニョーロ、シディ、フィジークなどがあり、選手ではフィリッポ・ポッツァート(サウス・ウエスト ヴェネズエラ)、ダミアーノ・クネゴ(NIPPOヴィニ・ファンティーニ)、アンドレ・グアルディーニ(アスタナ)ら多くの選手達が現役で活躍中です。

メーンスポンサーの「ワークサービスグループ」は運送業から建築、デザイン、製鉄まで手がける企業グループで、ヘッドクォーターはパドヴァ市にあります。このチームの活動が始まったのが1990年。社長のマッシモ・レヴォラート氏は元ロードレーサーで、2007年から本格的にチームの体制整備とレベルアップに力を入れ、現在、ワークサービスブレンタ「チャンピオン工場」と呼ばれるまでに成長しました。専属チームマネージャーのイラリオ・コンテッサ氏(30)がチームの活動を説明してくれました。

──ジュニアチームのマネジャーという存在は、イタリアでは一般的ですか?
いいえ、イタリアにおいてもジュニアチームの専属マネジャーは珍しいケースです。レヴォラート社長の自転車への熱い気持ちがこのチームを支えています。本社ではスポーツを愛する人が多く、プロのバレーボール選手もここで働いています。さらに選手が宿泊できる合宿所や、自転車ニュースを放送するためだけのテレビスタジオ「テレ・チクリズモ」も設けました。毎週木曜日、1時間放送しています。
体力よりも性格を重視
──ジュニアというカテゴリーは高校生ですね。選手たちを選抜する基準は?
基本的に私が責任をもって選んでいます。実はジュニア以下のカテゴリーをよく研究していて、体力と結果よりも性格を重視しています。まだ若い選手たちなので、脚力よりもメンタリティーのほうが重要だと考えています。

──選手たちはみんな高校生(17~18歳)ですが、どのように学業とスポーツを両立しているのですか?
イタリアの高校の授業は午後1時半に終わりますので、トレーニングは2時半から開始しています。冬は5時半に終了。夏は学校がないため、もっと長時間トレーニングできます。現在の所属選手は5つの県に渡っています。ヴェネツィア、パドヴァ、ヴィチェンツァ、トレントとヴェローナ。拠点はパドヴァですので、学業に支障が出ないよう、なるべく車で1時間以内に練習場所に着くようにします。練習では個人よりチームを大事にしたいと考えています。そのねらいは2つ。自転車競技は個人プレーである前にチームプレーであることを意識させることと、それによって潜在的な能力を引き出すことです。
──トレーニングメニューはどのように設定していますか。
私が20人全員のトレーニングメニューを考えます。各選手の練習のデータを管理しながら、負荷のかけ方などを考慮して作成しています。
<練習メニュー例>
月曜日:休み、または個人トレーニング
火曜日:パワートレーニング
水曜日:ヒルクライムとアタックトレーニング
木曜日:軽いトレーニング
金曜日:カーペーサートレーニング(車が先導するトレーニング)
土曜日:デトックス、軽めのトレーニング
日曜日:レース(集団トレーニング)
──選手部屋を備えているのはなぜですか?
遠くに住んでいる選手はここで宿泊できます。学校の中休みや夏休みなどにここに滞在し、トレーニングに集中できる環境を作りました。イタリアではU23のチームならどのチームにも選手部屋がありますが、ジュニアはまだ少ないですね。
──ジュニアの場合、大会賞金はありますか?
イタリアでは13歳以上の選手であれば賞金が出ます。10位までの選手にイタリア自転車連盟が定めた賞金を支払うことになります。場合によっては各大会委員会が金額を上乗せすることもあります。賞金の扱い方に関しては、各チームに独自のルールがありますが、われわれは全額を預かり、優勝に貢献した選手達に分けます。逃げ集団に入った人、キャプテンを引いた人など、こうしてチームワークの重要性を認識させます。

──厳しいトレーニングに対し、現代の若者たちはどのように反応しますか?
みんな素直ですよ。まだ高校生ですから必然的に遊びたい気持ちが強いですが、それは悪いことではありません。また、最近は休むことの重要性を再認識するようになりました。トレーニングが終わると選手達が共通のデータベースにトレーニングデータをアップロードし、専用のソフトで全員の疲れ具合を確かめます。トレーニングのし過ぎで自信を失うことを避けるためです。場合によってはレースを休ませることもあります。
著しく成長する人生の重要な時期
──1年間のレース数は?

チームは3つのカテゴリーに分けていますので、1年を通してレースがあります。冬はシクロクロスとインドア競技。とくに2人の選手はイタリアシクロクロス代表に選ばれているので、年間を通した国際カレンダーもあります。インドア競技は夏まで続きます。ロードのシーズンは3月~10月までで、もっとも長いです。2016年からは日曜日に加えて土曜日のレースも増えました。
平日のタイムトライアルレースも解禁になり、レース数が大幅に増えました。最近では夜間に行われるクリテリウムも人気を集めています。ロードレースだけで年間50回、シクロクロスが30回、インドア競技20回。どんなに有能な選手でもこれをこなすことはできません。選手はまだ学生で、学業との両立を考えなければならないので、平均出場数は45大会。ほぼ毎週一回出場しています。
──なぜ「ワークサービスブレンタ」はジュニアというテゴリーに力を入れているのですか?
レヴォラート社長の考えでは、16~18歳という年齢は性格を形成する上でもっとも重要な時期です。事実、この時期に選手としても著しい成長を遂げる人が多いです。このチームでは選手たちが、ロードの他にもシクロクロス、ピスト、タイムトライアルなどすべてを経験することができるので、個々に適性のある分野を発見することができます。
──食事で気を付けていることはありますか?
体重の急な変化や体調不良は、チームドクターと栄養士に見てもらいます。基本的に家族の役割が大きく、両親に食事メニューを渡し、各家庭で工夫してもらっています。やはり選手を育てるためには食事は重要な要素ですから、家族には食事のとり方や食材の選び方を考えてもらわなければなりません。
──家族の反応は?
やはり成長できる選手には必ず家族の後ろ盾があります。食事の他に送迎もあり、休みも返上してくれます。家族の支えがある人ほど成功できます。

──このチームを卒業したあとの選手達の未来はどんなものですか。
多くの場合はU23に入りますが、プロコンチネンタルチームを目指す人も多いです。現在、チームではフィリッポ・ポッツァート(イタリア、ランプレ・メリダ)の従弟、アンドレア・ポッツァートが活躍しています。シクロクロスが強く、期待できる選手です。また、当チームはプロ選手も多く輩出しています。
──難しい質問ですが、ドーピングに対してどのような教育を行っていますか?
当チームはイタリア代表を輩出するチームとして、ドーピングをしないように徹底的に知識を叩き込みます。ジュニアでは必須ではありませんが、当チームにはチームドクターがいます。スポーツ医学が専門で、ティンコフ・サクソで働いた経験もあります。この医師のもとでディスカッションし、ドーピングの危険性に関する講習を受け、その上で年3回のドーピング検査を実施しています。

──2009年に始まった経済危機で、資金削減や活動休止などチーム運営に影響はありましたか?
いいえ。自転車競技は広告塔として大きな役割を果たしますから、レヴォラート社長は逆に資金を増強しました。オーストリア、ベルギーなど国際大会にも参加するので、国外にその名が知られるようになり、結果として企業の知名度は上がりました。
自転車競技に戻り始めた企業
このインタビューを終えて、「NIPPO ヴィニファンティーニ」のスポンサー、ヴィーニファンティーニ社のヴァレンティーノ・ショッティ社長の言葉を思い出しました。「再燃した自転車ブームにより、自転車競技は広告塔として大きな枠割を果たしている。経営難に苦しんでいる企業ほど、このスポーツに投資をすべき」と、1月に行われたチームプレゼンテーションでスピーチしていました。
経済危機の長いトンネルから抜けようとしているイタリアはいま、自転車競技にスポンサーが確実に戻っています。新しいチャンピオンの誕生が楽しみです。

イタリア語講師。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会で、自転車にまつわるイタリア語講座「In Bici」(インビーチ)を担当する。サイクルジャージブランド「カペルミュール」のモデルや、Jスポーツへ「ジロ・デ・イタリア」の情報提供なども行なう。東京都在住。ブログ「チクリスタ・イン・ジャッポーネ」