MTB、トラックの垣根を越えて指導「次は私がレールをつなぐ番」 コーチとして五輪を目指す小田島梨絵さんインタビュー
元マウンテンバイク(MTB)五輪代表の小田島(旧姓・片山)梨絵さんが現在、自転車トラック競技の日本ナショナルチームのコーチとして五輪でのメダル獲得を目指している。「MTB、トラックという種目の括りは自分にはなく、自転車競技で五輪を目指している若い世代の助けになりたい」と話す小田島さん。選手達のリオ五輪出場がかかった「UCIトラック競技世界選手権」が3月2日に開幕するのを前に、「Cyclist」のインタビューに応じ、「日本がメダル常勝国になれるようレベルを引き上げたい」と意気込みを語った。
小田島さんはMTBクロスカントリーで2008年北京、2012年ロンドンと2度の五輪出場を果たし、2012年シーズンで引退。その後はスイスの国際自転車競技連合(UCI)ワールドサイクリングセンター(WCC)で指導者研修を受け、昨年から日本オリンピック委員会(JOC)のアシスタントナショナルコーチとして日本自転車競技連盟(JCF)に派遣され、ナショナルチームとともに活動している。
強さの理由を知りたくて飛び込んだスイス
──JOCのアシスタントナショナルコーチとはどういう役割?

小田島:定義でいうとMTB、ロード、BMX、トラックなどオリンピック自転車競技全種目の強化プランを統括する人がナショナルコーチで、それを補佐する立場です。なかでも私はトラック競技を中心に、海外コミュニケーションや女子選手のコミュニケーションを円滑に行うためのサポートを担当しています。
──スイスの指導者研修ではどんなことを学んだのですか?
小田島:実は選手時代はコーチになるという明確な思いがあったわけではなく、「スイスのMTB選手が強いのはなんで?」という純粋な好奇心が始まりでした。スイスは男子も女子も強く、さらにはジュニアもアンダー(U23)も強い。何か強い選手を育成する土壌があるのだろうと思い、JOCスポーツ指導者在外研修員というプログラムを利用してスイスに渡りました。

まずUCIでコーチ研修を2カ月半受け、それを終えたところでスイスのユース・ジュニアMTBチームに行き、約1年滞在しました。そこで選手の育成について学んでいたところ、UCIの研修でお世話になったチューターの先生が色々と気にかけてくれて、「MTBを学ぶのも良いけど、他のことも色々勉強できるから」と、ロードの女子キャンプにアシスタントとして呼んでくれて、そこで1カ月間働くことになりました。
その間にWCCのセンター長であり、かつて日JCFのナショナル・ディレクター(総監督)でもあったフレデリック・マニエ氏と会い、日本のMTBを強化する方法について学びに来たことを伝えると、「だったらMTBの研修は1年で十分だ」と。「日本の自転車競技に関わりたいなら、トラック競技を勉強しないと始まらない」と声をかけてくれたのです。それでWCCに行き、トラック競技の勉強を始めました。

彼がいうように、日本の自転車競技でプライオリティが高いのはトラックなんです。例えばトラックの知識があれば、若い子を発掘するにしても4競技共同で発掘し、MTBやBMXなど各種目の適性を判断することもできる。プライオリティが一番高いところの知識がなく、MTBの知識だけでMTBの環境を改善するのは無理だと感じました。
競技人生に後悔があった
──スイスでコーチとしての道が開けていったと。
小田島:2年間の在外研修中、行く先々で色々な人とコミュニケーションとったり、自分がなぜここに来たのかを話し合う中で理解していった感じです。

実はロンドン五輪が終わったら「自転車なんかもうやめよう」と思っていたんです。若い子たちの成長の過程にいたいという気持ちはずっとあったので、その後は高校の教員になろうと思っていたんですけど、五輪が終わった後にふと「あれ? 高校の先生で良いのかな」と思ったんです。私が若い子たちに接するツールは理科なのかな、それともスポーツなのかなって。そんなもやもやした状態が続いて、「とりあえず答えを探しに行ってくる!」という感じで日本を飛び出したんです(笑)。

その答えがわかったのは、トラック競技の元五輪メダリストで、引退後WCCでインターンコーチとして活動していたロス・エドガー氏に出会ったときです。彼が「俺は自分の競技人生に対して後悔があるから、まだコーチとして残っているんだ」といったことを聞いて、「あ、そうか。だから私も自転車やめられなかったのか」と気付きました。
──五輪に心残りがある?

小田島:ロンドン五輪から3年後、プライベートでロンドンを訪れたとき、五輪当時のMTBコースを再び見に行ったんです。ロンドン五輪は北京五輪と比べて良い走りをしたし、帰国後は「満足した」とか「力を出し切った」とかコメントしていると思うんですけど、MTBの会場に再び行ったら坂の頂上で、私泣いていたんです。どこかに心残りがあったんでしょうね。
欧州でレースに出場できたことはすごく周囲に感謝しているし、それも先人の方々のレールがあってこそできた経験。だからこそ、次は自分が次世代のためにさらに良い環境を作る上で自分の経験を生かしたいと思っています。
自転車競技の舞台は欧州にあるけれど、欧州から離れた島国に住みながら、選手が実力を100%発揮できる土壌を作ってあげたい。自分もそういう環境があったらもっと出来たんじゃないかというのはエゴかもしれないけれど、そのために私はここに来たんだと研修中に気が付きました。


五輪を目指す若い世代の助けに
──帰国後、任されたトラック競技のアシスタントコーチという役割をどう受け止めましたか?
小田島:最初「トラックのアシスタントコーチとして」と言われたので、それはできませんと伝えました。トラックだと自分の良さを生かせないので、他の種目もできるならという条件でやらせていただくことになりました。MTB界ではJCFに深く関わっている人がいないというのが弱い部分でもあったので、そういう意味でもJCFを理解するチャンスだと思いました。
いまはトラック競技でより良い練習ができる環境を整えることが目下の課題で、トラック競技に専念している自分も楽しくなってきましたが、それと並行してMTBの強化にも関わっています。ただ自分の中にトラックやMTBという競技の括りはなく、すべての自転車競技で五輪を目指す子どもたちに、もっと良い環境でポテンシャルを発揮させたいと思っています。
選手のレベルを公平に見られるようでありたいと思います。トラック競技だから優遇されるのではなく、実力で評価されることが大切。MTBでもメダル獲得の可能性がある子がいたら、話を通してそのための環境を与えたいと思っています。一方でMTBは、トレーニングできる土壌や知識、トレーニング方法、コーチの数がまだまだ足りないので、その点の強化にも取り組みたいと思っています。
東京五輪で飛躍し、メダル常勝国に
──これまで経験がなかったトラック競技のアシスタントコーチを担当する上で、トラック競技にどのような印象をもっていますか?

小田島:自分が現役選手だった頃は、トラック競技のルールも知りませんでした。2014年にロンドンで開催されたワールドカップをルールブック片手に見たのが始まりです。でも一度わかるとすごく面白い競技です。
あと獲得可能なメダル数が圧倒的に多いのも特徴で、トラックだけで男女合わせて10個の金メダルがあります。MTBは男女合わせて2個、BMX2個、ロード4個なので、強化の比重が違うことも納得がいきました。見ていて迫力があるし、わかればわかるほど面白い。知名度の向上や選手の強化においても、まだまだ可能性のある種目だということを発見しました。
──トラック競技でリオ五輪出場の可能性が高い種目は?

小田島:一番可能性があるのは男子の「ケイリン」です。あと、おそらく男女「オムニアム」も大きな失敗がなければ出場できる位置にいます。ぎりぎりのラインで戦っているのが「スプリント」。何とか僅差に迫るマレーシアから逃げ切って、今いる出場枠獲得圏内に踏みとどまってほしいところです。
そして一発逆転をかける「チームスプリント」。この枠がとれればチームスプリントに加えて、ケイリンとスプリントにも2人ずつ出場できるので、なんとかこれを獲得したいところ。今回の世界選手権で決まるので、ぜひ注目してもらいたいと思います。
──リオデジャネイロそして東京。2つの五輪に向けてコーチとして掲げる目標は?
小田島:リオ五輪ももちろん重要ですけど、東京に向けた1つのステップと私はとらえています。東京五輪に向けて取り組むべきは、東京という舞台を使って「自転車競技が強い日本」というレガシー(遺産)を残すこと。東京五輪は色々な人の関心も集めやすく、資金も集めやすいという点で、日本の自転車競技の知名度と強化体制を作り上げる上で一生にまたとないチャンスです。

もちろん東京でメダルを複数獲得することは絶対条件。そしてその後も同じループが回る仕組みを構築し、メダル常勝国になれるようレベルを引き上げたいと思っています。開催まであと4年半。実はそれほど時間がなく、焦りも感じますが、選手が自分の力100%発揮できる体制の基盤を東京五輪までに作りたいと思います。