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砂田弓弦の風を追うファインダー<8>“大バカ大賞”だった2000年のツール取材 とっさのトラブル対応もプロの技量

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 ところで、ツール・ド・フランスを取材している1千数百人のジャーナリストと、2、3百人のフォトグラファーのなかで、大バカ大賞なるものがあったならば、2000年の自分はきっとトップに輝いただろう。

グランデパールからつまづく

 今でこそカーナビが発達していて、とくにヨーロッパでは吸盤でフロントガラスにつけて使うトムトムとガーミンが愛用されている。後者の方は、プロチームのメーンスポンサーにまでなっていたのだから、市場の大きさがうかがえよう。

 しかし、今からわずか16年前の2000年当時、そうしたものはまだなく、地図を頼りに運転していた。

 昔のツール・ド・フランスは景気が良く、大量のお土産が取材陣に渡された。大会受付会場に行くとまずはフィアットの大きなバッグが渡されるのだが、各スポンサーのブースでTシャツやら酒やら、お土産やらが与えられ、あっというまにバッグが膨れ上がったものだ。

 しかし、1998年にフェスティナのドーピング事件が起き、それを境にお土産がいっさいなくなった。1年後の1999年大会では、ボールペン1本だけになったという衝撃的なスポンサーの撤退ぶりを今でもはっきりと覚えている。

1998年のフェスティナ事件。チームのクルマから大量の禁止薬物が警察によって発見され、捜査はレースを走っている選手にまで及んだ。これに抗議した選手たちはストライキとリタイアの対抗措置をとった。このスキャンダルにより、翌年のツールから一気にスポンサーが撤退した Photo: Yuzuru SUNADA1998年のフェスティナ事件。チームのクルマから大量の禁止薬物が警察によって発見され、捜査はレースを走っている選手にまで及んだ。これに抗議した選手たちはストライキとリタイアの対抗措置をとった。このスキャンダルにより、翌年のツールから一気にスポンサーが撤退した Photo: Yuzuru SUNADA

 その何年か前の大会受付では、ゴージャスなフランス地図がまるで捨てられたかのように無造作に積まれていた。買えば最低でも2000円くらいする立派な大判のブック型フランス地図が、一人で何冊も取り放題だったのだ。この地図はその後何年も愛用させてもらっていた。

 2000年の僕も、このゴージャスな地図を頼りにグランデパール、つまりツール・ド・フランスの出発地点までミラノからクルマで行った。正しく言うと、行ったつもりだった。

 しかし、到着地に誰も来ていないし、看板も立っていない。おかしいと思って調べてみると、僕が到着したのは前年のスタート地だったのだ。前年に地図に書き込んだ丸印を今年のものと思い込んで出発地点を間違える人間など、自分以外いないと思う。いや、いるはずがない。

 そしてこのあと、さらなる災難が起きた。

愛車メルセデスとの別れ

 ツールは南仏に入った。ローラン・ジャラベールの出身地、カルカッソンヌである。

 朝、車に行くと姿が見えない。一瞬レッカー移動されたのかと思ったが、そこはホテルの駐車場。5秒後には盗難だと気付いた。そういえば、深夜にエンジン音が聞こえ、駐車場から出て行くクルマがあったが、音からして、あれだったにちがいないと思う。ちょうど、車両の盗難保険も打ち切った後だったのもショックだった。

ヨーロッパで2台目の自家用車だったメルセデス・200E。非常にいいクルマだったが、不幸な運命に Photo: Yuzuru SUNADAヨーロッパで2台目の自家用車だったメルセデス・200E。非常にいいクルマだったが、不幸な運命に Photo: Yuzuru SUNADA

 撮影機材こそ部屋に入れておいたので無事だったが、国際免許証はダッシュボードのなかに入れてあったので、レンタカーも借りられない。

 警察に行くと、担当の若い警察官が非常に親切で、盗難の書類手続きとともに手紙を書いてくれてレンタカーを借りられるようにしてくれた。「私は知らない」と、さっさと行ってしまったホテルのマダムとは大違いだった。

 ちょうど翌日が休養日で、僕は取材を続けるためにできる限りのことをやったが、最初のミッションはスーパーマーケットでパンツを買うことだった。

 後日、この出来事をイタリアのプロ選手に話したら、彼はこう言った。

 「オレの知り合いがクルマ泥棒を生業にしているけど、ベルギーから金髪の美女がスポーツカーを買いに来たのを見たよ」

 そういう闇市場があるのである。

白バイにせかされる

 盗難後、ツールの取材を続けるために借りたレンタカーはセアトだった。日本には輸入されていないと思うけど、フォルクスワーゲングループのメーカーだ。これでピレネーの山を下っているとき、白バイが横に来て、

 「もっと速く走れ、後ろにプロトンが来ている」

と言うではないか。

 九十九折りの下りを僕は全力で降りたが、再び同じ白バイがやって来て、また同じことを言う。

 今でこそ、ツールのプレスも普通にスピード違反を取られる時代になったが、当時はスピードもシートベルトも飲酒も、レース中はまったく関係なかったのだ。

 こんなこともあったが、この大会はレンタカーでなんとか乗りきった。そして僕はこれをきっかけに自分でクルマを持つのはやめて、レンタカーを借りることにして、今に至っている。

 しかし、レンタカーだってクルマ。これまでのトラブルは数え切れないほどある。去年のブエルタ・ア・エスパーニャでは山で故障し、数時間待ってレッカー車に運ばれた。不幸中の幸いだったのは、コース上ではなく、駐車場だったことだ。

スペインで借りたレンタカーから鏡が落下。支払いを強要されたために、徹底抗戦に出た Photo: Yuzuru SUNADAスペインで借りたレンタカーから鏡が落下。支払いを強要されたために、徹底抗戦に出た Photo: Yuzuru SUNADA

 2010年のブエルタではレンタカーがアウディだったのを喜んだのは束の間、サイドミラーが落下するトラブルがあった。それはサイドミラーの中の鏡の部分だけで、走行中に気づいたら鏡のまわりの枠しか残っていなかった。

 ところがレンタカー会社は金を払えの一点張りで、クレジットカードから金を引き落とした。ぶつけたわけでもないのに、鏡が落ちたのはこっちのせいだというのはあまりに理不尽で、徹底抗戦に出た。半年以上経ってからようやく金が戻ってきたが、スペインのレンタカーのひどさには懲りている。

形あるものはいつかは壊れる

 コルシカ島からツール・ド・フランスがスタートしたのは2013年。コルシカ島内でレンタカーを借りたら、ディーゼル車だった。

 そのあとニースに飛行機で渡り、新たにレンタカーを借り直したが、今度はガソリン車だった。そして数日後、このレンタカーを返す時になって、軽油を入れてしまった。

 満タンになったときにようやく気づいたが、すでにスタート時間も迫っている。日曜日で周りには誰もいない。僕は気が動転し、本当になんでこんな馬鹿なことをしたのか自分でも信じられないのだが、とっさにそこにガソリンを入れてみた。結果は1リットルも入らなかった。それを動かしてみると、1kmほどで止まってしまい、結局レッカー移動となった。この時は確か5万円ほどの罰金をレンタカー会社に支払っている。

 軽油で満タンになっているにもかかわらず、ガソリンをさらに入れようとした自分。パニックになった人間はとんでもないことをするものだが、このときの自分がまさにそうだった。

ディーゼル車にガソリンを入れた結果がこれだった。ツール・ド・フランスの最中にやってしまい、パニックに陥った Photo: Yuzuru SUNADAディーゼル車にガソリンを入れた結果がこれだった。ツール・ド・フランスの最中にやってしまい、パニックに陥った Photo: Yuzuru SUNADA

 これが例えばジロだったらもっと落ち着いて行動できたと思うが、絶対に現場から離れるわけにはいかない、いちばん大事な大会「ツール・ド・フランス」だったからパニックになってしまったのだ。

 かつて、ある日本人メカニックからいい話を聞かされた。

 「修理は時間と場所さえあれば、誰でもできる。だけど、スタート前の事故など、とっさの対応を迫られた時に、メカニックとしての技量が求められるんだ」

 取材現場のフォトグラファーも同じことである。撮影機材、モト、クルマ…形あるものはいつかは壊れる。それが取材現場で起きた時にどう対処するかは、フォトグラファーの能力の一つなのだ。(続く)

砂田弓弦
砂田弓弦(すなだ・ゆづる)

1961年9月7日、富山市生まれ。大学卒業後にイタリアに渡り、1989年から自転車競技の取材・撮影に携わる。世界のメジャーレースで、オートバイに乗っての撮影を許されている数少ないフォトグラファーの一人。多くの国のメディアに写真を提供しており、ヨーロッパの2大スポーツ新聞であるフランスのレキップ紙やイタリアのガゼッタ・デッロ・スポルト紙にも写真が掲載される

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