スマートフォン版はこちら

「やるしかない!」取り戻した希望リハビリ乗り越え全日本選手権出場へ BMXライダー朝比奈綾香「復活」への挑戦<後編> 

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
  • 一覧
理学療法士と膝のリハビリに取り組む朝比奈綾香さん。「どうやったらこの膝が曲がるんだろうと、日々一緒に試行錯誤しています」 (提供写真)理学療法士と膝のリハビリに取り組む朝比奈綾香さん。「どうやったらこの膝が曲がるんだろうと、日々一緒に試行錯誤しています」 (提供写真)

 2015年7月、全日本BMX選手権大会の直前に交通事故にあい、大けがを負ったBMXライダーの朝比奈綾香さん。一命をとりとめ、両脚の手術も無事に終了したものの、失意のどん底にあった。しかし、主治医の「また自転車に乗れるようになる」という言葉に「やるしかない!」と希望を取り戻し、自由の利かない脚で立ち上がった。

←<前編>を読む

誰もが驚いた回復力

 手術から1カ月、集中治療室から一般病棟に移った8月にリハビリを開始。9月にはリハビリ専門病院に転院し、1日3回、集中的に歩行訓練に取り組んだ。とにかく、寝たきりの生活から解放され、自分の脚で立てたことがうれしかった。

手術後1ヶ月が経過して、久しぶりに自分の脚で立てた瞬間。「この時は自分の足で立てたことが本当に嬉しかった」 (提供写真)手術後1ヶ月が経過して、久しぶりに自分の脚で立てた瞬間。「この時は自分の足で立てたことが本当に嬉しかった」 (提供写真)

 リハビリを始めた頃は、動くだけでも困難がつきまとった。脚を動かすことで左脚の創外固定器具の挿入部に炎症が起き、その部分の器具を外すための再手術が必要となった。

 「再手術が終わったら、また専門病院に戻ってリハビリを続けました」

 逆境さえ淡々と説明する瞳には、目標を定めたアスリートとしての強さが戻っていた。リハビリ専門病院から元の総合病院へ戻ってきて以降は、1日90分のリハビリ療養を受けてきた。それ以外でも一人で廊下を歩いたり、左脚の膝を曲げる訓練をひたすら続けた。

 12月末、左脚の固定器具も外れ、松葉杖を使って歩けるまでに回復。右脚はほぼ完治の状態に達し、その回復の早さには医師をはじめ、周囲の誰もが驚いた。

 ただ、ずっと伸ばしていた左脚の膝が固まり、自分の力では曲げることができなくなっていた。理学療法士に押されながら100度曲げるのが精一杯で、無理に曲げると痛みが走った。

応援してくれる人たちがいるから、頑張れる

理学療法士の皆さんと (提供写真)理学療法士の皆さんと (提供写真)

 必死に努力を重ねる姿に呼応して、医療スタッフも試行錯誤を重ねながら懸命にサポートしてくれた。

 「私を自転車に乗せてあげたいという気持ちが伝わってくる。自分も頑張らないと―」

 感謝の気持ちを、自分の力へと変えていった。

 さらに、米国のデザイナーからヘルメットが届いたり、タイのファンから「リハビリ用に」とキックボクシングのボクサーパンツが送られてきたりと、海の向こうからも応援が届いた。

たくさんの友人がお見舞いに駆けつけてくれた (提供写真)たくさんの友人がお見舞いに駆けつけてくれた (提供写真)
お見舞いに来てくれた友人と。入院して初の外出 (提供写真)お見舞いに来てくれた友人と。入院して初の外出 (提供写真)

 「皆が私に『BMX界へ帰ってきてほしい』って思ってくれているから、私も頑張ろうと思える。たぶん、自分一人じゃ無理です」

 家族や医療スタッフ、見舞いに訪れる仲間たち、そして遠方の友人からも応援を受け、改めて皆に支えられている生きているのだと感じる日々を過ごした。

後輩の朝比奈綾香さんを妹のように気遣っていた飯端美樹さん。入院中、時間の合間を縫って朝比奈さんのもとを何度も訪れていた Photo: Kyoko GOTO後輩の朝比奈さんを妹のように気遣っていた飯端美樹さん。入院中、時間の合間を縫って朝比奈綾香さんのもとを何度も訪れていた Photo: Kyoko GOTO

 なかでも、つらい入院やリハビリ生活で精神的に大きな支えとなっている存在がいる。プロBMXライダーの飯端美樹さん(SEレーシング)。米国で強化合宿をともにして以来、姉のように慕ってきた先輩ライダーだ。

 ともに競い合ってきた飯端さんは、朝比奈さんの事故後、時間を工面しては病院を訪れ、けがに立ち向かう姿を気遣い、家族のように温かく見守ってきた。

「2月中に自転車に乗る!」

 完治の目途はなく、あとは左脚の膝の回復次第。元通りに戻る保証もない。そんななか、朝比奈さんは周囲が驚くような目標を掲げてみせた。

 「2月中に自転車に乗り、そして7月に大阪で開催される全日本BMX選手権に出場する!」

「7月の全日本選手権、ちゃんと戦えるまで回復してもらわないと困るよ」と、朝比奈綾香さんに厳しくも優しい激励を送る飯端美樹さん(右) Photo: Kyoko GOTO「7月の全日本選手権、ちゃんと戦えるまで回復してもらわないと困るよ」と、朝比奈綾香さんに厳しくも優しい激励を送る飯端美樹さん(右) Photo: Kyoko GOTO

 その気持ちを、飯端さんは痛いほどよくわかっている。

 「私たちがBMXを始めたコース(大泉緑地サイクルどろんこ広場)が会場になるんですよ。それに、同じクラス(女子エリート)で地元の選手は私たち二人だけなんです」

 そして、朝比奈さんに辛口のエールを送った。

 「私はもちろん勝ちにいく。綾香にも『勝たせる気はない』と言っています。そのためにも、ちゃんと戦えるまで回復してもらわないと困るよ(笑)」

 朝比奈さんは「そう言ってもらえることがありがたい。しっかり受け止めて、有言実行にしたい」と応じた。

リオの夢を東京五輪で

 当初は「半年以上」といわれていた入院を、半年に満たない12月末で終えて退院した。現在は自宅に戻り、通院でリハビリを受けている。

 ひとつ残念なことは、出場が有力視されていた今夏のリオデジャネイロ五輪への道が絶たれたことだ。周囲からも期待され、何より自分自身が大きな目標に掲げていただけに、夢が破れた悔しさは拭えない。

 しかし、その目は4年後の東京五輪を見据えている。

1月11日、成人の日を迎えた。「式に出席できたことがすごく嬉しい。生きているんだと実感した」と朝比奈綾香さん(左)。写真撮影時のみ松葉杖を外した (提供写真)1月11日、成人の日を迎えた。「式に出席できたことがすごく嬉しい。生きているんだと実感した」と朝比奈綾香さん(左)。写真撮影時のみ松葉杖を外した (提供写真)

 「もちろん、下の世代からも速い子たちがあがってくるので、競争率はすごく上がるでしょう。でも、東京五輪は女子で最大2枠とれる。厳しい戦いになると思うけれど、頑張ってその枠を獲得したい」

 今でも一人になると考え込み、不安で涙がこぼれるときもある。でも、それさえも「精神的な浮き沈みが表れただけ」と冷静に受け止めている。自転車に乗りたい、そのためにやるべきことはわかっている。脚を引きずる夢はもう見なくなった。

 「自分で言うのもなんですけど、笑顔がとりえかなって思ってます。笑顔が好きだといってくれてる人もいるし、これからも笑顔は絶やさずにいきたい」

 そう語って、とびきり元気な笑顔を浮かべた。

朝比奈綾香(あさひな・あやか)

1996年、大阪府堺市出身。10才から地元・堺市の「大泉緑地内どろんこ広場」でBMXを始める。11才から日本全国へ遠征し実力を付け、2011年より海外でのレースに挑戦。2013年度、公益財団法人日本自転車競技連盟により、アジア選手権への代表(ジュニア)の強化指定選手に選ばれ、今後は日本でのレースに加え、世界選手権を目指す。

関連記事

この記事のタグ

BMX インタビュー

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

ショップナビ

スペシャル

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載