中止の危機を乗り越えた全5ステージUCIアジアツアーならではのアドベンチャー ジェラジャ・マレーシア2015同行取材記

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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沿道の観衆。チームカーからカメラを向けるとこの笑顔 Photo: Syunsuke FUKUMITSU沿道の観衆。チームカーからカメラを向けるとこの笑顔 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 12月9~13日にマレーシアで行われたUCIアジアツアー2.2クラスのステージレース「ジェラジャ・マレーシア」。今回、筆者は日本から唯一参戦したキナンサイクリングチームに帯同。選手・スタッフの動きを追うと同時に、サイクルジャーナリストとしてのキャリアでは初めてとなる東南アジアのレース取材に臨んだ。そこで見たものや感じたものを、レース以外のエピソードを交えてレポートしたい。

高まりを見せるマレーシアの自転車熱

 街から街へとめぐるステージレースは、スタート・フィニッシュ地や通過する土地の町おこし的な意味合いが色濃くなるのが一般的だ。

ジェラジャ・マレーシアは首都クアラルンプール周辺で開催。毎ステージ、早朝の通勤ラッシュを縫ってスタート地点へと向かった Photo: Syunsuke FUKUMITSUジェラジャ・マレーシアは首都クアラルンプール周辺で開催。毎ステージ、早朝の通勤ラッシュを縫ってスタート地点へと向かった Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 だが、ジェラジャ・マレーシアは毎年、全ステージが首都クアラルンプール近郊で行われる。今年も例に漏れず、クアラルンプールとその南約25kmの都市・プトラジャヤとの往復を繰り返した。

 各ステージ、ルートの一部にクローズした高速道路が用いられたが、日本でいうところの一般道路を通過する際は、やはり周辺住民が沿道へと駆けつける。目の前を走る選手たちに声援を送り、関係車両に笑顔で手を振る。スマートフォンで思い思いに写真や動画を撮る姿も見られた。まさに、おらが街にやってきた「お祭り」を楽しんでいた様子だ。

プトラジャヤに設けられたフィニッシュ地点には観客の姿がほどんど見られなかった Photo: Syunsuke FUKUMITSUプトラジャヤに設けられたフィニッシュ地点には観客の姿がほどんど見られなかった Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 一方で、スタート・フィニッシュ地点では観客の姿があまり見られなかった。第1~4ステージで設けられたプトラジャヤのフィニッシュ地点で見る顔は、大会関係者ばかり。フィニッシュ地点のすぐ脇がオフィスビルだったこともあり、ビジネスマンたちが仕事の手を休めて見にきてくれてもよさそうなものだが…。

 スタート前には各賞ジャージ着用選手の紹介、フィニッシュ後にはステージ優勝者への表彰や各賞ジャージの授与がポディウムで行われたが、これらセレモニーはもっぱらメディア向けのものとなった。そのメディアも、最終ステージ以外は両手で数えられるくらいの人数しかいなかった。

高速道路脇の自転車道を走るホビーライダーの姿。平日にはあまり見られない光景だ Photo: Syunsuke FUKUMITSU高速道路脇の自転車道を走るホビーライダーの姿。平日にはあまり見られない光景だ Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 だからといって、一概にマレーシア国民が自転車への関心が薄いと決めつけるのは早計だ。日曜日に実施された最終の第5ステージでは、スタート地点までの移動中に幾人ものホビーライダーを目にした。これは前日までには見られなかった光景で、マレーシアにも“休日ライダー”が多く存在していることをうかがわせた。

 彼らは、自動車やモーターバイクなどの交通量が多い市街地を避け、高速道路脇に作られている自転車専用道を走る。自走でスタート地点まで行って観戦する人々の姿は、どこかツアー・オブ・ジャパンやジャパンカップを楽しむファンを思い起こさせた。

 競技面では、ロード・トラックともアジア有数の実力を誇るマレーシア。ホビーライダーや沿道の観衆の様子からも、自転車熱の高まりを感じられた。

レースはプレゼンの場

 グランツールやクラシックレースは一見華やかだが、その裏ではチーム関係者が必死のロビー活動を展開している。UCIワールドツアーであれば、18のワールドチームに自動出場権が与えられる一方で、約20のプロコンチネンタルチームが数少ないワイルドカード(主催者推薦)の椅子をめぐってアピールを繰り返す。

キナンサイクリングチームのジャイ・クロフォードは、UCIアジアツアーでは名の知られる存在。その走りは大会主催者からの評価も高い Photo: Syunsuke FUKUMITSUキナンサイクリングチームのジャイ・クロフォードは、UCIアジアツアーでは名の知られる存在。その走りは大会主催者からの評価も高い Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 下部ツアーにあたるUCIコンチネンタルサーキットであれば、その色はさらに濃くなる。範囲が広く、レース数が多いアジアも例外ではない。優先出場権が与えられる各ツアーのチームランキング上位3チーム以外は、どのようにして狙ったレースへの出場権を勝ち取るのか。

 これは、とにかくアピールしかない。レースで勝つこともしかり、積極的な逃げやアタックもしかり。選手とチームの名を売るのである。アジアのチームには、毎年のように移籍を繰り返すヨーロッパやオーストラリア人選手の姿が見られるが、これは即戦力であると同時に、アジアサーキットの主催者にアピールするタレント性を期待してのもの。つまりは、チームのエースであり、広告塔でもあるのだ。

 例えば、キナンサイクリングチームのエース、ジャイ・クロフォード(オーストラリア)は、アジアのレースでキャリアを積んできた選手。名を知られる存在だけに、常にライバルからの厳しいマークにさらされる。一方、大会主催者からは「ジャイが所属していること」を決め手に招待が得られるケースもあるという。

キナンサイクリングチームの石田哲也監督。チーム間のつながりや、大会主催者との信頼関係の構築に努めている Photo: Syunsuke FUKUMITSUキナンサイクリングチームの石田哲也監督。チーム間のつながりや、大会主催者との信頼関係の構築に努めている Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 監督をはじめチームスタッフは、チーム間の横のつながりを作っておくことが必要とされる。多くのチームと接点を持ち、レースや選手に関する情報を共有する。その関係性が海外レース出場の大きな要素ともなり得るからだ。もちろん、大会のオーガナイザーやコミッセール(競技役員)と仲良くなり、信頼関係を築くこともプラスに働く。

 今大会は、選手・スタッフ・大会関係者すべてが同宿だったため、こうしたコミュニケーションが取りやすい環境にあった。各所で、2016年のレース出場を目指したプレゼンが行われていた様子だった。

一時は大会中止を決断

 実は今大会、途中で中止となる危機があった。

 第2ステージを終えた夜、ホテルのロビーには「エマージェンシーミーティング」の告知が貼りだされた。全チームの監督への緊急の呼び出しに、館内はただならぬ空気が立ち込めた。

 部屋で結果を待っていた筆者だが、キナンサイクリングチームの石田哲也監督からの「すぐにミーティングに参加してほしい」とのメッセージに、会場となったメディアルームへと急いだ。そこには、部屋に入りきれないほどの人、人、人。

第2ステージ後に行われたエマージェンシーミーティング。全チームの監督やスタッフが緊急招集され、一度はレース中止の判断がくだされた Photo: Syunsuke FUKUMITSU第2ステージ後に行われたエマージェンシーミーティング。全チームの監督やスタッフが緊急招集され、一度はレース中止の判断がくだされた Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 ミーティングでは、第2ステージで大会を終了とする発表が行われていた。当初は「スポンサーの都合」と説明されていたが、次々と出る質疑を聞いていると、どうやら本当の理由は「セキュリティ上の問題」にあるようだった。

 来年8月のリオ五輪出場枠に関わるUCIポイントは12月31日分まで。また、UCIアジアツアーは世界の他の地域に先駆けて2016年シーズンのレースが始まっており、今大会での獲得ポイントは来年のUCI世界選手権ロードレースの出場枠にも影響する。ミーティングではUCIポイントの扱いや、各国への帰国便の手配方法などが大きな話題となった。

エマージェンシーミーティングの会場となったメディアルームは、入りきれないほどの人が集まった Photo: Syunsuke FUKUMITSUエマージェンシーミーティングの会場となったメディアルームは、入りきれないほどの人が集まった Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 さまざま意見が飛び交ったが、ツアー・オブ・ジャパンやツール・ド・熊野のレースディレクターを務め、今大会でも同職に就いたジャマルディン・マフムード氏が「選手の安全を一番に考えた結果だ。どうか理解してほしい」と述べると、一同拍手。この瞬間、大会の中止が一旦は決定した。

 帰国便を変更する交渉のため石田監督と再びメディアルームへ行くと、次なるミーティングが始まっていた。状況がつかめないまま席に就いてみると、なんと「大会継続」の決定。中止発表から大会継続決定までの短時間に、マレーシア警察からコースの安全確保に全面協力するとの確約が得られたのだという。この間、10分もなかったように思う。もちろんみんな大喜びだ。唯一、表情が曇っていたのは「帰国便の手配をしてしまったのだけれど…」と訴えたスカイダイブドバイのスタッフくらいか。

瀬戸際にも紳士的な対応

 確かに、中止のピンチに陥る伏線はあった。大会の開催が9月から12月に変更されたことや、大会直前になってオーガナイザーが代わったこと、大会ホームページが開幕後にやっと開設されたこと、朝夕食事が出ると言われていたホテルのレストランが、第2ステージ以降夜の営業がストップしたこと…大会運営の不備はいくつでも挙げられる。

 個人的には、第1ステージの朝に渡されるはずだったメディアパスをもらえず、スタート地点でようやく手に入ったり、帰国時の空港までの移動をオーガナイザーが手配してくれるか否かで話が二転三転したり。不安に駆られるが、そんな時は交渉するしかない。頼み込んで、何とかしてもらうしかなかった。これも慣れてくればUCIアジアツアーの醍醐味だというが。

大会のメーンスポンサー・プロトン社の本社ショールーム。第5ステージのスタート地点となった Photo: Syunsuke FUKUMITSU大会のメーンスポンサー・プロトン社の本社ショールーム。第5ステージのスタート地点となった Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 話を戻すと、大会の継続にあたっては「最終の第5ステージで予定されていた首都クアラルンプール市街地の周回コースをカットし、レース距離を短縮」「マレーシア国内のチームは第5ステージ後の午後3時までにホテルをチェックアウトする」、この2つが妥協点となった。

 ところで、最終第5ステージのスタート地点は、大会メーンスポンサーである同国自動車メーカー・プロトン社の本社ショールーム前だった。これが予定通り行われ、ビジネス的側面でホッと胸をなでおろしている大会関係者もいたのではないだろうか。

 紆余曲折を経た全5ステージだったが、大会主催者やマレーシア自転車競技連盟の毅然としたオーガナイズは見事だった。毎年春のツール・ド・ランカウイや、11月にはUCI世界室内自転車競技選手権を開催しているだけのことはある。中止か継続かの瀬戸際にも、大会関係者が誰ひとりミーティングの場で感情的にならず、紳士的に話し合った。これは、現場に立ち会った筆者にとっても、誇りに思える出来事だった。

福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、気がつけばテレビやインターネットを介して観戦できるロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。2011年、ツール・ド・フランス観戦へ実際に赴いた際の興奮が忘れられず、自身もロードバイク乗りになる。自転車情報のFacebookページ「suke’s cycling world」も充実。本業は「ワイヤーママ徳島版」編集長。

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