title banner

砂田弓弦の風を追うファインダー<4>宿と食事の確保は大事だということ 静かな森の中のホテルでの一件

  • 一覧

たしかにそのホテルは異様だった。静寂な森の中にあり、壁は真っ赤で、駐車場に高級車のジャガーが1台停まっていた。

 「このゲイのホテルに来た初めての日本人ですよ」

←<3>“最高”からボロまで、取材のホテルはいろいろ

 フロントに現れた上半身裸の受付男性から歓迎の言葉を聞いて、僕は本当に逃げ出した。クルマに飛び込んで、“太陽にほえろ”みたいに急発進した。このまま拉致されるのではないかという恐怖心に怯えた。幸い、バックミラーを見ると、誰も追いかけてはこなかったので、胸をなでおろした。

ツールでオートバイに乗るフォトグラファー。選手と通じている者も多く、選手とグルーピーの話などもあっという間に伝わる Photo: Yuzuru SUNADAツールでオートバイに乗るフォトグラファー。選手と通じている者も多く、選手とグルーピーの話などもあっという間に伝わる Photo: Yuzuru SUNADA

 そのあと、この事件を一人のフォトグラファーに話したのだけれど、翌日、スタート会場に行くと、プロチームの知らないスタッフから、「昨日はいいホテルに泊まったそうだね」と言われた。プロレースの世界、こういう話は一気に広まるのだ。

 後日、僕はそのホテルが載っていた大手のウェブサイト業者にメールを送って抗議した。そうしたら、すぐにお詫びが返ってきて、今後はちゃんとそのことを掲載すると約束してくれた。そしてそのホテルは二度と掲載されなくなった。

 だけど一回、本当に手を引っ張られて家に連れ込まれそうになったこともある。2012年のツール・ド・フランスでの話だ。

 最終日前日のタイムトライアルを前に、長距離の移動があった。イタリア人のオートバイ運転手は帰宅し、パリから別の運転手が来ることになっていた。僕は同業の和田君のクルマに乗せてもらって移動した。彼はとても気の利く男で、夜遅くでレストランが閉まっている場合に備え、食料を手渡してくれた。

 彼はそのまま別のホテルに行ったのだけれど、案の定、レストランはどこも閉まっていて、僕は道路上でうろうろしていた。そうしたら、変な男がやってきて、手を掴んで家に引っ張っていこうとするのだ。この時も命からがら全力で走って逃げた。そしてホテルに戻り、和田君が置いていってくれたコカコーラと食料を一人わびしく食べた。

2012年のツールの最後のTTで優勝したのはブラッドリー・ウィギンス。総合優勝も手に入れた。この前日、恐怖の体験があった Photo: Yuzuru SUNADA2012年のツールの最後のTTで優勝したのはブラッドリー・ウィギンス。総合優勝も手に入れた。この前日、恐怖の体験があった Photo: Yuzuru SUNADA

 僕の仕事は写真を撮るのはもちろんだけれど、こうしたホテルの予約や夕食場所の確保なども大事になってくる。もう他界したけど、イタリアのレッジョ・エミリアにジャンネット・チムッリというマッサージ師がいた。その道の御大で、1905年生まれ。経験した大きな大会はオリンピック8回、世界選手権9回、ツール11回、ジロ40回だった。実はジロは46回経験しているが、当時認められていた個人参加の選手についているときに、泊まるホテルを見つけることができず、選手共々そこでリタイアしたということを、本当に残念そうな表情で語ってくれたことがある。

 今では信じられないような苦労話だが、やはり宿泊先の確保はロードレースにおいて、永久につきまとう問題なのだ。事実、今もチームによっては監督が宿泊先やフライトの予約と調整を任されることが多く、これが大きな負担となっているという。(続く)

砂田弓弦
砂田弓弦(すなだ・ゆづる)

1961年9月7日、富山市生まれ。大学卒業後にイタリアに渡り、1989年から自転車競技の取材・撮影に携わる。世界のメジャーレースで、オートバイに乗っての撮影を許されている数少ないフォトグラファーの一人。多くの国のメディアに写真を提供しており、ヨーロッパの2大スポーツ新聞であるフランスのレキップ紙やイタリアのガゼッタ・デッロ・スポルト紙にも写真が掲載される

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。

関連記事

この記事のタグ

砂田弓弦の風を追うファインダー

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載