「もっと強くなれる」と始めた壮大な挑戦1型糖尿病患者の夢を拓いた「チーム ノボノルディスク」サザーランドCEOインタビュー

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
  • 一覧

 選手全員が1型糖尿病患者でありながら、UCI(国際自転車競技連合)で上から2番目のカテゴリーであるプロコンチネンタルチームとして活躍する「チーム ノボノルディスク」。このチームを設立し、現在もCEOとして率いるフィル・サザーランド氏(33)にインタビューする機会を得た。23歳の若さで前身の「チーム タイプ1」を立ち上げ、糖尿病患者がプロサイクリストになるという前例のない道を切り拓いたサザーランド氏は、「糖尿病だからできないと言われるのが悔しくて、強くなりたい気持ちをエネルギーに変えてきた」と語る。チームが数々の成功を収める中、“究極の目標”に掲げるツール・ド・フランス出場にも一歩ずつ近づきつつある。

1型糖尿病患者で構成される「チーム ノボノルディスク」のCEOを務めるフィル・サザーランド氏 Photo: Team Novo Nordisk1型糖尿病患者で構成される「チーム ノボノルディスク」のCEOを務めるフィル・サザーランド氏 Photo: Team Novo Nordisk

→ 糖尿病の少年に夢と目標 チーム ノボノルディスクの挑戦<前編>
→ 「夢をあきらめないで」 チーム ノボノルディスクの挑戦<後編>

「25歳まで生きられない」

 1型糖尿病は自己免疫性疾患などが原因とされ、生活習慣の影響による2型糖尿病とは異なり、小児期に発症することが多い。米国フロリダ州生まれのサザーランド氏は、生後わずか7カ月で1型糖尿病と診断され、彼の母は当時の医師から「25歳まで生きることはできないだろう」と告げられた。しかし母はサザーランド氏を患児扱いせず、「糖尿病があるから弱い」と思わせないように育てた。

 12歳でロードレースを始めたサザーランド氏は、ジュニア大会で頭角を現すとともに、自身の血糖値の変動を意識し始めた。血糖値が高い、あるいは低い場合はパフォーマンスが低下し、また運動がインスリンの働きを改善することも経験則として体得していった。

 「血糖値をコントロールできればもっと強くなれる」

 その思いから、アスリートとしての血糖管理をかかりつけの医師に相談した。しかし当時は糖尿病患者がアスリートになった例がなく、優秀な医師をしても「わからない」という返答だった。

 しかし次に出会った女性医師によって、人生の針路が導かれた。もちろん、彼女にもアスリートの血糖管理についての経験はなかったが、サザーランド氏の相談に丁寧に向き合い、インスリンの打ち方など1つずつ試行錯誤を重ねながら、彼に適した血糖管理法を見出していった。当時15歳、こうしてサザーランド氏のアスリート人生がスタートした。

糖尿病の人々を元気づける決意

 ロードレース選手として活躍していた大学時代、サザーランド氏は1人のサイクリストから声をかけられた。名前はジョー・エルドリッジ。彼もまた1型糖尿病を抱えるアスリートだった。

ジョー・エルドリッジ氏は2014年のジャパンカップサイクルロードレースに出場。このシーズン限りで引退した Photo: Yuzuru SUNADAジョー・エルドリッジ氏は2014年のジャパンカップサイクルロードレースに出場。このシーズン限りで引退した Photo: Yuzuru SUNADA

 しかし、サザーランド氏は彼の取り組み方を知って驚いた。アスリートとしての血糖管理を一切行っていなかったのだ。こうしたエルドリッジ氏の状態に危険を感じたサザーランド氏は、自分が培ってきた血糖管理のノウハウを伝えて改善を促し、半年後には彼の血糖値を正常値に低下・維持させることに成功した。

 この動機付けがきっかけとなり、2005年、サザーランド氏は23歳でエルドリッジ氏と共に「チーム タイプ1」を設立。1型糖尿病を抱えるアスリートとしての自身の成功や、生活を改善したエルドリッジ氏の経験をもとに、同じ疾患をもつ人々に夢を追うことの意義や血糖管理の重要性を発信しはじめた。その後は自らレースへ出場することはもちろん、チャリティー活動やセミナーを通じて患者や医療者へ直接コンタクトを図るなど、活動の場を精力的に拡大。2008年にUCIコンチネンタルチームとして再スタートした時点で、メンバーは総勢35人となっていた。

チーム ノボノルディスク誕生の経緯を語ったフィル・サザーランド氏  Photo: Team Novo Nordiskチーム ノボノルディスク誕生の経緯を語ったフィル・サザーランド氏  Photo: Team Novo Nordisk

 さらにサザーランド氏はアクションを起こす。2011年、糖尿病領域の製品を扱うデンマークの製薬企業「ノボノルディスク」のシニア・エグゼクティブ(当時)だったヤコブ・リース氏に、直接話をする機会を得るべくコンタクトをとった。実現したのは2012年6月。これが思いがけない展開を生む。これまでチーム タイプ1の活動を見てきたリース氏の方から、チーム ノボノルディスクとしてのパートナーシップを提案された。

チーム ノボ ノルディスク誕生の瞬間。フィル・サザーランド氏(右)とヤコブ・リース氏 Photo: Team Novo Nordiskチーム ノボ ノルディスク誕生の瞬間。フィル・サザーランド氏(右)とヤコブ・リース氏 Photo: Team Novo Nordisk

 同社が掲げる「Changing Diabetes」(糖尿病を克服する)という企業理念はチーム タイプ1の目標そのもので、サザーランド氏は「大変光栄なこと」と振り返った。ただし、メンバー全員を1型糖尿病患者で構成することが条件だった。それに応じるには一部の選手を放出する必要があり、当時25位だった世界ランキングが下がる懸念もあった。

 それでもチーム ノボノルディスクとしてより大きな影響力をもち、糖尿病とともに生きる人々を元気づけながら、目標に向かって生きることと、そのための血糖管理の大切さを伝えていく存在になることを決意した。

6年後のツール・ド・フランス出場に照準

 活動を開始して3シーズン目を終えたチーム ノボノルディスク。10年前にたった2人でスタートしたアマチュアチームが、いまや自転車以外の競技のアスリートを含め140人にまで膨らみ、「創設当時には考えられなかったほど大きなチーム」(サザーランド氏)に成長した。

大きなチームに成長したチーム ノボノルディスク Photo: Team Novo Nordisk大きなチームに成長したチーム ノボノルディスク Photo: Team Novo Nordisk

 2013年からは、レース出場経験をもつ子どもたち(15歳以上)を対象としたジュニア養成のサマーキャンプ「JUNIOR TALENT ID CAMPS」も開催している。3回目の今年は世界18カ国から48人の参加者が集まった。「私自身、15歳の頃にわれわれのような手本となる人々の存在を知っていたら、おそらくその後の人生はずいぶん変わっていたと思う」というサザーランド氏。「そのためにも、この活動は次世代へとつなげていきたい」と続けた。

チーム ノボノルディスクのジュニア養成のサマーキャンプ Photo: Team Novo Nordiskチーム ノボノルディスクのジュニア養成のサマーキャンプ Photo: Team Novo Nordisk
18カ国から48人の参加者が集まったサマーキャンプ Photo: Team Novo Nordisk18カ国から48人の参加者が集まったサマーキャンプ Photo: Team Novo Nordisk
2015年8月に開催された「JUNIOR TALENT ID CAMPS」の様子 Photo: Team Novo Nordisk2015年8月に開催された「JUNIOR TALENT ID CAMPS」の様子 Photo: Team Novo Nordisk

 彼が究極の目標に掲げるツール・ド・フランス出場も、もはやひとりのサイクリストとしての夢にとどまらない。照準を合わせているのは2021年大会。糖尿病患者の“命綱”ともいえるインスリンが発見されてちょうど100周年にあたる。サザーランド氏は「記念すべき年のツール・ド・フランスに『チーム ノボノルディスク』として出場することで、糖尿病患者でもこれだけの夢を達成できるということを示したい」と意欲を示す。

「2015ジャパンカップサイクルロードレース」会場で、1型糖尿病を抱える大原慎人くんにサインするマッタイン・フェルスコール選手(オランダ)。レースや交流を通して子供たちに夢を与えている Photo: Kyoko GOTO「2015ジャパンカップサイクルロードレース」会場で、1型糖尿病を抱える大原慎人くんにサインするマッタイン・フェルスコール選手(オランダ)。レースや交流を通して子供たちに夢を与えている Photo: Kyoko GOTO
インタビューに応えるサザーランド氏 Photo: Team Novo Nordiskインタビューに応えるサザーランド氏 Photo: Team Novo Nordisk

 ただ一方で、現在プロコンチネンタルチームである同チームが出場権を獲得するためには、UCIの規定に照らすとチームの成績を毎年20%ずつ改善していかなければならない。今季の成績は対前年比で28%改善と好調だが、サザーランド氏は「非常に厳しい挑戦」と認識している。「たとえ2021年の出場は叶わなくても、絶対に出場を果たしたい。ただ、いまは2021年を見据えて努力をしています」と言葉に力を込めた。

 「一番重要なことは、自分の心の中に『もっと良くなりたい』『強くなりたい』という“インターナルドライバー”(自分を突き動かす力)をもつこと」と強調するサザーランド氏。チーム ノボノルディスクCEOとしての彼の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

関連記事

この記事のタグ

インタビュー ノボ ノルディスク

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載