“自転車革命都市”ロンドン便り<31>“トラック競技の華”をクラブミュージックが引き立てる シックスデイ・ロンドン
ズン、ズン、ズン…と会場に足を踏み入れたとたんクラブ(踊るほう)のドアを開けたときのような重低音が横隔膜に響いてきた。音楽にかぶさるように男性の声でアゲアゲの実況アナウンス。「うわおおおおぉぉ」とヴェロドローム内に反響する観客の声援。ロンドンで35年ぶりに開かれたトラックサイクリングレース「SIX DAY LONDON(シックスデイ・ロンドン)」の最終日を観に行ってきました。この日のチケットは売り切れ、大変な熱気です。

エンターテイメント性を高め、平日の夕方にスタート

シックスデイはそのお祭り的な雰囲気からトラック競技の華と呼ばれるそうで、冬のシーズン中に名前の通り6日連続で開かれるもの。2人1組のチームが6日間毎日マディソン、エリミネーション、ダーニー、タイムトライアルなどのレースを何度も走り、こつこつポイントを集めたりボーナスポイントのつく周回ラップをとって総合優勝を狙うという、ステージレース的な要素のあるものです。
このレースの由緒をたどるとなんと19世紀、1878年にロンドンの農産物展示場で開かれた、耐久レーサーが6日間のうちに1000マイル(1609km)を走破するというものだとか。まだ前輪の大きなオーディナリーの時代のことです。これが観るスポーツとして興行的に大成功しヨーロッパやアメリカでもシックスデイとして広がり、複数日レースへの大衆の興味の高まりとともに1903年にスタートしたツール・ド・フランスにもつながったのです。


近年はベルギーなどでいくつか開かれているだけになっていたけれど、このところの自転車ブームでまたチャンスありと、ロンドンでのシックスデイを仕掛ける人たちが出てきたのです。日曜日から金曜日まで、平日は毎日夕方からスタート、ビールなどを飲みながらヤンヤヤンヤと応援するのがベルギーなどでのスタイルということだけれど、ロンドンはさらにクラブミュージックで人気のレーベルと看板DJをトラックの中央に据え、エンターテイメント性をがっつり高めてきたのです。「自転車レースにケミカル・ブラザーズやベースメント・ジャックス?」と思うなかれ、これが意外に合うのです! テレビ中継解説もするマーク・カヴェンディッシュ選手もステージに登場する豪華さ。
競輪の渡邉一成選手が活躍!
2人1組チームのレースが進む中に女子個人のスクラッチレースやエリミネーションレースが挟まれ、そしてスプリンターたちによる各種競技も進行していきます。そのスプリンターの中に日本人選手を発見! 北京・ロンドンの2つのオリンピックに日本代表として参戦した渡邉一成選手でした。渡邉選手は競輪選手でもあります。
200mタイムトライアル直後のクールダウン中にお話を伺ってみると、渡邉選手もシックスデイは初めてで、今回は友人のドイツ人レーサーの紹介で招待選手として参加しているとのこと。シックスデイはエンターテイメントとしての要素が強くて最初は驚いたけれど、やはりファンあっての自転車競技、プロとして魅せるレースを意識していると話してくださった。

ゆっくり話す暇もなくまた次のスプリントファイナルの準備が始まり、出て行った渡邉選手が先頭からそのまま逃げ切って見事に優勝! 爆音のハウス・ミュージックと鼓膜が心配になる歓声をBGMにスポットライトを浴びながら、トラックに身を乗り出した観客とハイタッチをしながらそのまま一周。渡邉選手はこのあとの競輪種目でも連続勝利、またまた大きな歓声を集めていました(いや~、かっこよかったです)。
魅せるレースという意味ではポイント狙いの2人1組チームの選手たちも、ふだんの競技よりも笑顔や観客へのジェスチャーが多いし、入場のときにトラック上で一列に並んでウェーブをしてみせたり、UCIのレースとは二味くらい違う雰囲気。500mのマディソン・タイムトライアル(2人チームで助走し、スピードをつけた1人めがゴールするもう1人をハンドスリングで飛ばしてスプリントタイムを競う)ではベルギーのペアから時速66.9kmという記録も飛び出し、それでまた会場が沸きに沸く→鼓膜が心配になるというノリノリの状態が続く。表情もよく見える至近距離を猛烈なケイデンスで走り抜ける選手たちに、自分もおもわず真剣な声援をかけてしまって声がガラガラに!
ロンドンの成功に続いて欲しいTOKYO

総合優勝争いは現在のシックスデイの本場であるベルギーからの強豪チームと今回初めて組んだという19歳と20歳のイギリス人チームで最後までもつれた。最終レースのマディソンでベルギーチームが優勝を決めたけれど、イギリスチームが勝つかもということでこれもまた大盛り上がり。DJブースを見ればスプリンターたちが乱入して踊っているし(笑)。
いちばん安い席でも1晩で8000円、飲み放題付きのVIP席は3万5000円超というなかなか挑戦的なイベントだったけれど、帰り道の少々よっぱらった観客たちのご満悦な顔を見てもどうやら興行的にも大成功だったと言えそう。インスタグラムには#sixdaylondonで観客たちの嬉しそうな自撮り写真がたくさん上がっています。シックスデイロンドン、来年はさらに大きくなって戻ってくるでしょう。


東京の場合、仕事を終えた人たちが集えるヴェロドロームが現状ないわけですが、東京オリンピック用に湾岸などにヴェロドロームが作られるのであれば「シックスデイ TOKYO」の開催を夢見ることも可能になります。こういうイベントが人気になればサイクルスポーツの裾野は確実に広がるだろうし、ロンドンの成功に学んで東京都もなんとかしてくれないかなぁと思うものです。

ちなみに今回のイベントは2012ロンドン・オリンピック用に作られたヴェロドロームで開かれました。空にのびる木製壁の曲線が印象的な、予算40億円通りに建てられたシンプルで美しい競技場です。メイン会場建設の件ですっかり混乱していて見通せない東京オリンピックですが、自転車スポーツ界からもロンドンの成功例を参考にいろいろ提案していけたらと思ったりもします。

ロンドン在住フリー編集者・ジャーナリスト。自動車専門誌「NAVI」、女性ファッション誌などを経て独立起業、日本の女性サイトの草分けである「cafeglobe.com」を創設し、編集長をつとめた。拠点とするロンドンで、「運転好きだけれど気候変動が心配」という動機から1999年に自転車通勤以来のスポーツ自転車をスタート。現在11台の自転車を所有する。ブログ「Blue Room」を更新中。