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砂田弓弦の風を追うファインダー<1>無頓着な人

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 プロ選手が使う機材の整備はメカニックに委ねられている。ベテランのメカニックともなると、30年以上この世界に身を置いている。

 その彼らに、「どの選手が機材にルーズだったか」「誰が神経質だったか」と問いかけると、エピソードは延々と続く。

 エディ・メルクスは史上もっとも偉大なチャンピオンとされている。国から称号をもらったり、地下鉄の駅名にまでなったりしたベルギーの国民的英雄だが、一方でもっとも機材にうるさい選手としても名を馳せていた。通常、選手には年間数本のフレームが与えられるが、当時メルクスのフレームを手掛けたウーゴ・デローザは、年間40~50本渡したという。ある年にはジロ・デ・イタリアの最後の週に毎日作って届けたというから驚きだ。

コンタドールに空気圧のアドバイスをするエディ・メルクス。機材への造詣は非常に深い(2015 ツール・ド・フランス) Photo: Yuzuru SUNADAコンタドールに空気圧のアドバイスをするエディ・メルクス。機材への造詣は非常に深い(2015 ツール・ド・フランス) Photo: Yuzuru SUNADA

 一方、機材にまったく無神経な選手もいる。2002年にブエルタ・ア・エスパーニャを制したスペインのアイトール・ゴンサレスは、チームメートの自転車に乗ってウォーミングアップに出かけたが、戻ってくるまでまったく気づかなかったという。

 実はこれとよく似た話が、僕らフォトグラファーの世界にもある。イタリア人の「B」のことだ。ミラノ~サンレモでチプレッサに向かっているハイスピードの集団の前で、(ちょうど僕のオートバイの前に位置していたのだが)、道路にカメラを落としたという逸話を持っている。ころころと転がっていくカメラは痛々しかったが、選手がこれに巻き込まれず大事には至らなかったのが救いだった。

 周りから好かれるナイスガイなのだが、とにかくおっちょこちょい。そんな彼は伝説中の伝説を持っている。ツール・ド・フランスの名所アルプ・デュエズのプレスルームでのことだ。ドイツのフォトグラファーが仕事を終えてプレスルームを出ようとすると、彼のカメラがなく、代わってBのカメラがテーブルに置いてある。そう、Bが間違ってドイツのフォトグラファーのカメラを持っていってしまったのだ。

 ご存知、アルプ・デュエズは大変な数の観客が世界中から集まるところ。レースが終わっても、深夜まで渋滞が続くのだ。電話でBに連絡すると、クルマですでにグルノーブルに向かって走っているところで、もう渋滞路を戻ることはできない。

 そこでイタリアのオートバイの運転手が人柱となり、そのカメラを取りにいったのだ。

 他人のカメラを持つと、ストラップの長さや傷の付き具合など、いろんなところで違和感を感じるはずなのだが、Bは電話するまでまったく気づいていなかった。

 それから…こんな奴もいる。ホテルで他人の部屋に入って寝てしまったのだ。何を隠そう、この僕である。(続く)

伝説の男、そして我が友人と記念撮影(2015 ブエルタ・ア・エスパーニャ) Photo: Yuzuru SUNADA伝説の男、そして我が友人と記念撮影(2015 ブエルタ・ア・エスパーニャ) Photo: Yuzuru SUNADA
砂田弓弦
砂田弓弦(すなだ・ゆづる)

1961年9月7日、富山市生まれ。大学卒業後にイタリアに渡り、1989年から自転車競技の取材・撮影に携わる。世界のメジャーレースで、オートバイに乗っての撮影を許されている数少ないフォトグラファーの一人。多くの国のメディアに写真を提供しており、ヨーロッパの2大スポーツ新聞であるフランスのレキップ紙やイタリアのガゼッタ・デッロ・スポルト紙にも写真が掲載される

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