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つれづれイタリア~ノ<59>古き良き自転車で悪路を駆けるサイクリングイベント「エロイカ」を現地レポート

by マルコ・ファヴァロ / Marco FAVARO
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 イタリアで10月4日に開催された世界最大のヴィンテージバイクイベント「L’Eroica」(エロイカ)を現地で取材してきました。3日間にわたる取材はあっという間に終わり、そのなかで見たこと、肌で感じたことをみなさんに共有させていただきます。このイベントを単なるヴィンテージバイクイベント、仮装イベントと思っている方がいたら180度考え方が変わるでしょう。それでは、エロイカの旅へご案内します。

「エロイカ」の最難関、クレテ・セネーズィの坂を力強く上る参加者 Photo: Marco FAVARO「エロイカ」の最難関、クレテ・セネーズィの坂を力強く上る参加者 Photo: Marco FAVARO

誘導員もサポートカーもいない過酷なライド

 今年で19回目の開催となったエロイカは、イタリアのトスカーナ州が発祥の地です。参加するため、次のルールを守らなければなりません。1987年(アルミバイクと現在のシフトレバーが普及する前の時代)以前に作られた自転車、または同じような作り方の自転車を使って参加すること。衣装はヴィンテージ、またはそのレプリカ。決められたコースを走り、チェックポイントで特別シートにスタンプを押してもらう。ゴール時にシートの提示で参加賞のタグをもらう。

親子で参加した女性 Photo: Marco FAVARO親子で参加した女性 Photo: Marco FAVARO
ヴィンテージバイクだけでなくヴィンテージカーも参加。一部のサポートカーの使用も許される Photo: Marco FAVAROヴィンテージバイクだけでなくヴィンテージカーも参加。一部のサポートカーの使用も許される Photo: Marco FAVARO

 参加者は4つのコースに分かれ、トスカーナ州、シエナ県が誇るキャンティ地方を疾走します。全コースのGPSデータは公式サイトで公開されています。

46km:Passeggiata(パッセッジャータ、お散歩コース)
 初心者向け。獲得標高518m。制限時間3時間
75km:Corto(コルト、ショートコース)
 エロイカへの入門編。獲得標高1522m。制限時間4時間
135km:Medio(メディオ、ミドルコース)
 獲得標高2700m。制限時間12時間(延長あり)
209km:Lungo(ルンゴ、ロングコース)
 獲得標高:3251m。制限時間15時間(延長あり)

傾斜のきつい坂を押しながら上る選手も多い Photo: Marco FAVARO傾斜のきつい坂を押しながら上る選手も多い Photo: Marco FAVARO

 コース最大の特徴として、ダートと砂利道が半分以上を占めていることが挙げられます。平坦な道はほとんどなく、ジェットコースターのようなコースです。パンクはお約束。泣きながら自転車を押す人もいるぐらいです。そして壮大な景色も魅力です。世界遺産にはなっていませんが、古代ローマ時代から人々が作り上げた景色は息をのむほど美しい。

絶景が広がる最難関のクレテ・セネーズィ Photo: Marco FAVARO絶景が広がる最難関のクレテ・セネーズィ Photo: Marco FAVARO

 コース上の誘導員もいなければ、テクニカルやメディカルサポートもありません。頼りとなるのは、コースを示す看板、エントリーの時に渡されたコースマップとほかの参加者の手助けのみです(もちろん、必要に応じて救急隊は出動します)。エイドステーション以外の民間のメカニックサポートはすべて有料。日本では見たことも聞いたこともない悪条件です。

要請があれば出動する地元の救急隊員。かすり傷や転倒では動きません Photo: Marco FAVARO要請があれば出動する地元の救急隊員。かすり傷や転倒では動きません Photo: Marco FAVARO
国営ラジオ「RADIO 2」が現地から生放送 Photo: Marco FAVARO国営ラジオ「RADIO 2」が現地から生放送 Photo: Marco FAVARO

 それでもエロイカは、誰もが憧れるサイクリングイベントです。今年はゲストライダーや招待客も含め、66カ国から6149人のサイクリストたちが参加しました。2013年から参加者が増えすぎて、とうとう一般募集に6000人定員制が設けられました。日本人の参加者もいて、確認がとれただけで10人以上にのぼりました。

前日の会場を埋め尽くす参加者とその家族ら Photo: Marco FAVARO前日の会場を埋め尽くす参加者とその家族ら Photo: Marco FAVARO
オーストリアからの女性グループ Photo: Marco FAVAROオーストリアからの女性グループ Photo: Marco FAVARO

 イベント自体はパーフォマンスや上映会で9月27日からスタートし、10月4日のサイクリングをもって終了しました。私は10月2日に現地入りし、走ることはできませんでしたが135kmコースを取材しました。

スタート会場で開かれる自転車の祭典

 シエナの北側にあるガイオレ・イン・キャンティ市が近づくと、キャンピングカーが目立ち始めます。街自体は小さく、半径15kmの宿泊施設はすべて埋まるので、キャンピングカーやテントで寝泊まりする人が多い。会場は街の公民館を中心に広がり、スタート地点は公民館のすぐ近くにある歴史的な広場です。

女性の参加者。今年は女子率の高さが目立った Photo: Marco FAVARO女性の参加者。今年は女子率の高さが目立った Photo: Marco FAVARO

 参加者は男性が多いですが、今年は女性の参加者が15%を超えました。会場では、女性と子どもの姿が目立っています。夫婦で参加する人、または家族で来て、一人で参加する人も少なくない。人口3000人に満たないガイオレ・イン・キャンティ市は、この時期に限って、2万人以上が押し寄せます。街としてまさに一年の最大の祭りです。

 レース前後にやってくる出店も魅力的。自転車関連が100店、飲食関連で28店も並びました。街は人々と自転車で占拠され、思うように歩けないほどです。参加者のために、あらゆる駐車場、広場、倉庫のスペース、空き地が無料で開放されます。

家族の応援を受け参加するライダーも少なくない Photo: Marco FAVARO家族の応援を受け参加するライダーも少なくない Photo: Marco FAVARO
パーツの出店。メジャーで測りながらパーツを探す参加者 Photo: Marco FAVAROパーツの出店。メジャーで測りながらパーツを探す参加者 Photo: Marco FAVARO
エントリー会場には、歴代の選手が使用した自転車も展示された。1991年にマルコ・パンターニが使用したTTバイク(Dosi Reparto Corsa製) Photo: Marco FAVAROエントリー会場には、歴代の選手が使用した自転車も展示された。1991年にマルコ・パンターニが使用したTTバイク(Dosi Reparto Corsa製) Photo: Marco FAVARO

 土曜日は、選手登録が行われます。公民館の1階は特設のエロイカ・カフェ、2階はエントリー会場と展示スペースになっています。参加賞は豪華です。大きなブリキ箱の中に、キャンティワイン一本、キャップ、サコッシュ、カレンダーなどの記念品、さらにブックロード、グルッシーニ数本、ジュース、ガレットなどがずっしり詰まっています。これらは会場で55ユーロで買うこともできます。

豪華な参加賞。記念グッズがぎっしり Photo: Marco FAVARO豪華な参加賞。記念グッズがぎっしり Photo: Marco FAVARO
ガイオレの町はお祭りムード Photo: Marco FAVAROガイオレの町はお祭りムード Photo: Marco FAVARO
209kmのコース。恒久的な看板が設置され、一年中走れる209kmのコース。恒久的な看板が設置され、一年中走れる

 土曜日の夜は「Cena Eroica」(英雄たちの晩餐)という大きなイベントが開かれ、800人以上が参加しました。地元の名物料理がふるまわれ、食べては飲んで、飲んでは食べる。20時にスタートした晩餐は、23時を過ぎてもまだ終わらない。みんなタフな人たちです。

大雨と雷… 記憶に残る大会に

スタートを待つ初心者コースの参加者 Photo:Giordano Cioliスタートを待つ初心者コースの参加者 Photo:Giordano Cioli

 晴天に恵まれた大会前の2日間とは打って変わって、レース当日は豪雨に見舞われました。209kmコースと135kmコースのグループは午前5時スタートで、周りはまだ真っ暗。10月のイタリアは7時にならないと夜が明けないのです。ほかのカテゴリーは8時半にスタートしました。

 1時間ごとに天気が変わります。豪雨の後、晴れ。その後はまた豪雨。自転車も参加者も泥だらけ。エイドステーションには、水が滝のように流れます。雷もゴロゴロ鳴ります。しかし、大会は中止にならず、雨で冷え切った身体を温めるため、地元のバーに避難する参加者が続出。公式データは手元にありませんが、リタイヤは数百人に上ったそうです。

雨が容赦なく参加者を襲う Photo: Marco FAVARO雨が容赦なく参加者を襲う Photo: Marco FAVARO
中世の村ムルロのチェックポイントに78歳の女性が到着。雨に打たれても微笑む Photo: Marco FAVAROチェックポイントに78歳の女性が到着。雨に打たれても微笑む Photo: Marco FAVARO
チェックポイントは中世の村。村人たちが仮装してみなさんを迎える Photo: Marco FAVAROチェックポイントは中世の村。村人たちが仮装してみなさんを迎える Photo: Marco FAVARO

 走り続けた参加者たちは、雨でロードブックはボロボロ。自転車につけられたナンバープレートもはがれる。泥を洗い落とすため、フォンタネッレ(噴水)で自転車をまるごと洗う人も多数。参加者たちは寒さに耐えながら、エイドステーションではスイーツ、サラミ、パンでエネルギー補給。雨でウールジャージが非常に重くなるので、負担はかなり大きい。

ラディのエイドステーション。滝のような雨のなか参加者が続々とやってくる Photo: Marco FAVARO滝のような雨のなか参加者が続々とやってくる Photo: Marco FAVARO
噴水で泥を洗い流す人たち。水も補給する Photo: Marco FAVARO噴水で泥を洗い流す人たち。水も補給する Photo: Marco FAVARO
アシャーノ市のチェックポイント。おいしいワイン(少量)で乾杯 Photo: Marco FAVAROアシャーノ市のチェックポイント。おいしいワイン(少量)で乾杯 Photo: Marco FAVARO

 ただし、ほとんどの人はワイン一杯で勇気を取り戻します。日本とは異なって、エロイカではエイドステーションでワインが飲めます。地元のキャンティ(赤)とパッシート(甘口のデザートワイン)の2種類が用意されています。みなさんはアルコール摂取の危険性をしっかり把握しているようで、コップ半分(150ml)に満たない量でやめます。「口直しに」ということのようです。

特設のエロイカカフェ。2016年の日本版エロイカ開催日の告知も Photo: Marco FAVARO特設のエロイカカフェ。2016年の日本版エロイカ開催日の告知も Photo: Marco FAVARO
ガイオレの名産、イノシシ肉のサラミ Photo: Marco FAVAROガイオレの名産、イノシシ肉のサラミ Photo: Marco FAVARO

最難関ポイントに現れる美しい景色

 ミドル、ロングコースで残り64km地点にあるアシャーノ市のエイドを過ぎてから、最大の難関、シエナが誇る一番の見どころ、クレテ・セネーズィ地区が待ちかまえています。

最難関のクレテ・セネーズィは一番美しい区間だが、景色を楽しむ余裕はない Photo: Marco FAVARO最難関のクレテ・セネーズィは一番美しい区間だが、景色を楽しむ余裕はない Photo: Marco FAVARO

 景色は息をのむほど美しいのですが、急な坂が続きます。上りも下りも危険を伴うので、参加者たちの表情に余裕がないことがすぐわかります。「誰がこのコースを考えたんだ!」という怒りの声が聞こえ、弱音を吐く人も少なくありません。しかし、ここを制覇する人だけが、コースをクリアできるのです。

沿道に様々なパーツが散乱する。大会後、全部拾われる Photo: Marco FAVARO沿道に様々なパーツが散乱する。大会後、全部拾われる Photo: Marco FAVARO
クレテ・セネーズィは下りも非常に危険 Photo: Marco FAVAROクレテ・セネーズィは下りも非常に危険 Photo: Marco FAVARO
ゴール手前、坂が容赦なく続く Photo: Marco FAVAROゴール手前、坂が容赦なく続く Photo: Marco FAVARO

 午後になると天気も回復し、世界中の人々を魅了するトスカーナの美しい景色が戻ってきました。しかし参加者の目には、それも写っていないでしょう…。夕暮れが近づくと、参加者が続々とガイオレ・イン・キャンティに到着しました。

 悪天候の影響でタイムリミットが延長され、夜22時を超えても暗闇のなか帰ってくるサイクリストの列が続きました。しかし、ゴールラインを越えた瞬間、みんなの顔から笑顔と涙がこぼれ出して、見ている私も感動しました。力尽きてゴールで転倒しそうな人も多く、スタッフは忙しく動きます。広場は「来年もまた参加しましょう」と誓い合う人たちであふれていました。

ボロボロになったマップカードを見せる女性ライダー。泣きながら走っていたが、ゴールでは笑顔だった Photo: Marco FAVAROボロボロになったマップカードを見せる女性ライダー。泣きながら走っていたが、ゴールでは笑顔だった Photo: Marco FAVARO
真っ暗になってから帰る参加者たち Photo: Giordano Cioli真っ暗になってから帰る参加者たち Photo: Giordano Cioli

 最後は、参加者にパスタパーティが用意されました。イノシシ肉入りのミートソース、地元のサラミとワインで疲れ切った体を癒します。ワインだけで400リットルが用意されました。

「高級な自転車をもつこと」ではない楽しみ方

(左から)筆者(マルコ・ファヴァロ)と、エロイカ発案者のジャンカルロ・ブロッチさん Photo: Marco FAVARO(左から)筆者(マルコ・ファヴァロ)と、エロイカ発案者のジャンカルロ・ブロッチさん Photo: Marco FAVARO

 エロイカ発案者のジャンカルロ・ブロッチ氏に、この大会の始まりについて聞いてみると「二つの考え方から生まれた」という答えが返ってきました。

 「一つは、自転車の本来の楽しみ方を考え直すこと。自転車のハイテク化が進み、価格が高くなっていることに対し、『高級な自転車をもつことだけが目的』という社会的な動きへの抗議の意味があります。エロイカに参加するなら、倉庫に眠っている自転車を掘り起こして、参加してもらいたいです」

 「もう一つは、過去のヒーローたちへのオマージュ。1950年代に感動を与えたファウスト・コッピとジノ・バルトリの名勝負から学びました。自転車大会の本来の姿は、苦労をすることです。苦労する人ほど得ることがあります。それを体験していただくために、この大会が始まったのです」

最難関のクレテ・セネーズィは傾斜がきつく、多くの参加者が自転車を下りてしまう Photo: Marco FAVARO最難関のクレテ・セネーズィは傾斜がきつく、多くの参加者が自転車を下りてしまう Photo: Marco FAVARO
209km完走の喜び。自転車を持ち上げる力が残されていない人も Photo: Marco FAVARO209km完走の喜び。自転車を持ち上げる力が残されていない人も Photo: Marco FAVARO
209kmコースの英雄たちにだけ特設ステージが用意されている Photo: Marco FAVARO209kmコースの英雄たちにだけ特設ステージが用意されている Photo: Marco FAVARO
ゴールした17歳の我が子を抱く父親 Photo: Marco FAVAROゴールした17歳の我が子を抱く父親 Photo: Marco FAVARO
パスタ・パーティのため400リットルのワインを用意 Photo: Marco FAVAROパスタ・パーティのため400リットルのワインを用意 Photo: Marco FAVARO

 まさに自転車への究極の讃美歌と言えるでしょう。苦労した人ほど、言葉で言い表せない達成感があります。私の正直な感想ですが、ここまで酷で、ここまで美しい大会は見たことがありません。来年は、私も自転車に乗って取材をします! 雨が降らないことだけを祈ります。みんなで参加しましょう。それから日本版エロイカ「L’ 英雄」も、2016年の5月16日に開催されることが決定しましたよ。

参加者の顔には一日の苦労が刻まれている Photo: Marco FAVARO参加者の顔には一日の苦労が刻まれている Photo: Marco FAVARO
疲れて眠る参加者 Photo: Marco FAVARO疲れて眠る参加者 Photo: Marco FAVARO
マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

イタリア語講師。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会で、自転車にまつわるイタリア語講座「In Bici」(インビーチ)を担当する。サイクルジャージブランド「カペルミュール」のモデルや、Jスポーツへ「ジロ・デ・イタリア」の情報提供なども行なう。東京都在住。ブログ「チクリスタ・イン・ジャッポーネ

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