はらぺこサイクルキッチン<46>「自転車に恩返しを」 主催者の想いが宿った韓国グルメ満載「グミ・セマウルMTBチャレンジ」
夫でMTBプロアスリートの池田祐樹(トピークエルゴンレーシングチームUSA)が巡った夏の海外遠征は、韓国が最終国となりました。今春、南米で出会った韓国のキム・キジュンさんから、韓国・亀尾(グミ)でキムさんが主催する45kmのマウンテンバイクレース「グミ・セマウルMTBチャレンジ」(9月6日)に招待されたのです。ことし6度目の開催となるグミ・セマウルMTBチャレンジは、1600人の選手枠が毎年募集開始後すぐに埋まってしまい、ほとんどの選手がリピーターという人気のレース。その秘密は、レースで振る舞われる“食”にもありました。
惜しみなく振る舞われるトッポギ

レースを訪れまず驚いたのは、韓国ではマウンテンバイクレースの上位入賞ポイントにより、高校生が大学に推薦のような形で入学できるということ。今レースはそのポイント対象レースということもあり、多くの高校生が参加していました。「マウンテンバイクで大学推薦入学」、というのはまだ日本ではあまり聞いたことがありません。前日の試走でも多くの学生を見かけたのですが、試走段階でもかなり気合いが入っているのが見て取れました。
スタートの号砲と共に選手が飛び出していった後は、家族のお楽しみタイム。会場ではキッズレースが開催され、大人たちから歓声が鳴り響きます。レース後は自転車が当たる抽選会などもあり、こちらも大盛り上がりでした。



会場では数種類のおかずが盛られたランチ、アイスキャンディー、トッポギ、マッコリのボトルなどが無料で配られていました。料理は、“医食同源”――食事は病気を予防したり治療したりすることができる――という考えに基づいている韓国伝統料理ばかり。野菜やキムチなどの発酵食品が多く、栄養バランスにも優れています。体が温まって、とてもおいしい。レース後の選手の胃袋を満たしていました。
これらが選手だけのものかと思いきや、家族、友人、スタッフに加え、近隣に住んでいる人、通りかがりの人…全ての人が自由に食べることができるのです。「チケット制にしてしまうと敷居が高くなるでしょう。それは望まない。地元の協力があってこそレースが開催できているし、みんなが楽しめるイベントにしている。誰でもウエルカムなパーティーだよ」と、キムさんが笑顔で語ってくれました。




体重100kg→70kg MTBで病気を克服

キムさんと祐樹さんが出会ったのは、南米チリ・アルゼンチンで行われたステージレース「アルパックアタック」。選手として参加をしていたキムさんが奇しくも祐樹さんとルームメイトになり、交流を深めました。
キムさんはこれまでに、アメリカを12日間で横断する超過酷なロードバイクレース「レース・アクロス・アメリカ」や、オーストラリアで行われる9日間のステージレース「クロコダイルトロフィー」などに参加をしてきました。自転車を始めたきっかけは、2007年、病気をして100kg以上あった体重を「なんとかしなければ」と思ったこと。
最初は比較的足に負担がかからない水泳を始めたものの、1日に5時間も6時間も泳ぐことの難しさに気付きました。偶然誘われたロードバイクに乗ってみると、1日何時間でも乗っていられる。「なんて楽しいんだろう」と、あっという間にのめり込んでいったそうです。
初めてマウンテンバイクに誘われた時には、「大怪我をして散々な目にあった」そうですが、楽しさが勝って病気も改善され、みるみる体も変化。30kg以上の減量に成功しました。本業は別に持つキムさんですが、現在は大手企業で自転車を通じた体験談を講話したり、本を出版したり、今レースを年に一度主催したりという活動もしています。


レースの利益は寄付金へ

レースへの参加費は日本円にしておよそ1500円。市から補助金が出るため、それでまかなっているそうです。またレースに出店するスポンサーへは、出店料などは課されていません。
レース参加者の他に、87人のボランティア、30人の警察官、25人の韓国MTB協会のスタッフ、友人や家族、近隣住民といった500人以上のゲスト。選手だけでも主催者だけでもない、多くの人が参加し楽しむことで、レースでありイベントのグミ・セマウルMTBチャレンジは成り立っているのだと感じました。さらにキムさんの人柄も、レースによく現れていると思いました。


「レースは時々赤字になることもあるけど、もし利益が出たら寄付に回しているよ。利益のために開催しているのではない。以前の私は病気もしていたし、友達もいなかった。それが自転車に出会ったことで、大きく人生が変わった。健康になったし、沢山の仲間もできた。私を救ってくれた自転車には心から感謝しているから、恩返しがしたいと思っているんだ。だから、自転車を通じて入ってきたお金は寄付をさせてもらっている」

先日も、孤児を数人連れて日本の対馬に旅行をしたそうです。彼はよく言います。「My Life is simple. (私の人生はとてもシンプルだ)」と。私と祐樹さんはキムさんからうかがったこういった話や、滞在中に彼から受けたホスピタリティーに、ただただ驚くばかりでした。
韓国若手を連れて「SDA in 王滝」に参戦
そして、この2週間後。キムさんは「若い選手のために」と、今レースでの大学生・ミドル・ファーストという3つのカテゴリーの各優勝者を、日本の長距離レースの最高峰とも言える「SDA in 王滝」へと連れてきました。「例え韓国で一番になっても、海外のレースを経験することは若い選手にとって環境的に難しいのが現状。若くて実力のある選手にどんどんチャンスをあげたい」

「韓国には60km以上のマウンテンバイクレースは存在しない。今回の王滝120kmへの参戦は、経験したことがない世界が待っているかも」と期待を表していたキムさん。3選手のうち、2選手が20代のカテゴリーで見事優勝、準優勝を果たしました。新たに日韓の交流が生まれた気がしました。
フィニッシュ後、韓国からの選手の1人に感想を聞いてみると「レース前に差し出されたお尻のクリームを塗っておけばよかった。いつもこんなに長く乗らないから、最後は足よりもお尻の痛みが辛くて10人に抜かれた」という答えが返ってきましたよ。この体験も「経験したことのない世界」で得たことのひとつですね!


池田祐樹の結果の方は――韓国のレースでは体調を崩してカテゴリー別順位で5位。王滝120kmでは2年ぶりに優勝しました。やはり自国のレースで選手の力が発揮されるものですね。
■「グミ・セマウルMTBチャレンジ」 cafe.daum.net/mtbgumi
■「SDA王滝クロスマウンテンバイク120km 2015」 powersports.co.jp/sda/15_otaki_bike_9

アスリートフード研究家。モデル事務所でのマネージャー経験を生かし2013年夏よりトピーク・エルゴンレーシングチームUSA所属ライダー、池田祐樹選手のマネージメントを開始、同秋結婚。平行して「アスリートフードマイスター」の資格を取得。アスリートのパフォーマンス向上や減量など、目的に合わせたメニューを日々研究している。ブログ「Sayako’s kitchen」にて情報配信中。