MSN産経ニュース連載【エキゾーストNOTE】特別編(下)カーレースに復帰しパラリンピックにも挑戦 不可能の可能にするザナルディ

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(上)不屈の魂を示したザナルディ 瀕死の重傷からパラリンピック金メダル

両脚を失いながらも見事に復活し、BMWザウバーのF1マシンでテスト走行する機会を与えられたザナルディ =2006年11月23日、スペイン・バレンシア(AP)両脚を失いながらも見事に復活し、BMWザウバーのF1マシンでテスト走行する機会を与えられたザナルディ =2006年11月23日、スペイン・バレンシア(AP)

 米最高峰のCARTチャンプカー・シリーズでレース中に生死をさまよう大事故にあい、両脚を失ったものの奇跡的な回復を遂げたアレッサンドロ・ザナルディ(45)。彼がレースの世界に戻ったのは、事故からわずか1年半後だった。

 2003年5月11日、あのラウジッツリンクで特別仕様のチャンプカー・マシンに乗り込み、あの日のレースの残り周回を走った。その年から特別仕様のツーリングカーでレースに参加し、翌年からはBMWで欧州ツーリングカー選手権に参戦。05年に世界ツーリングカー選手権(WTCC)に昇格したシリーズで09年に引退するまで、計4勝を挙げている。06年にはBMWの誘いで、当時のBMWザウバーによる特別仕様のF1で走行もしている。

 一方、ハンドサイクルでの競技に出場し始めたのは、WTCCで活躍していたころだった。07年、ニューヨークマラソンのハンドサイクル部門に、わずか4週間のトレーニングで出場し4位に入賞。以降、今年のロンドン・パラリンピックでイタリア代表に選ばれることを目指してトレーニングを重ね、10年ローマ・シティーマラソンの同部門で優勝。昨年はニューヨークマラソンを4度目の挑戦で初めて制していた。もちろん競技車両は自分で設計、製作した。この製作においては、モータースポーツ時代の人脈が生かされているという。

金2、銀1を獲得

 念願だったパラリンピックの金メダルを獲得したザナルディは、7日のロードレースで2個目の金メダルを獲得。8日のH4混成リレーでは、イタリアチームの一員として銀メダル獲得に貢献し、「言葉もない」と喜んだ。「個人で勝つのも素晴らしいが、チームとして勝つのはもっといい。チーム全員がすべての力を筋肉から絞り出して得た結果はとてつもないものだ」

 こうしたザナルディの活躍をかつての仲間はたたえる。

 「アレックスがすることに、私はもう驚かないんだ。彼は素晴らしい人間だし、本当のレーサーだ」というのは、CART時代のチームオーナー、チップ・ガナシ氏。「彼がウチのチームの一員として才能を発揮したことを、われわれはみんな知っているが、今回は世界中に不屈の魂を示した。私は過去に、アレックスと多くの勝利をともにする幸運を得たが、今回ほど誇らしく感じたことはない」

 WTCC時代にBMWでチームメートだったアンディ・プリオール(英国)は「彼は素晴らしい同僚で、コースでは手ごわいライバルだった。彼は挑戦を愛し、不可能を可能にしてきたから、パラリンピックを目指していると知ったときから、やると思っていたよ」という。

誰かが何かを感じてくれれば

 ザナルディはロイター通信のインタビューで、こんな話を告白している。ベトナム戦争で負傷し下半身不随になった主人公をトム・クルーズが演じた映画「7月4日に生まれて」を、かつて鑑賞したときの感想だ。

 当時健常者だったザナルディは、「自分があんな状態になったらどうしよう」と考えたのだという。「答えは『すぐに自殺する』だった。でも(クラッシュの後)8日間の昏睡(こんすい)状態から目覚め、本当にそうなったと気づいたとき、そんな考えは浮かんでこなかった」

 なぜパラリンピックを目指すのか。その質問には、こう答えている。

 欧州経済危機で苦境にある母国で、多くのビジネスマンが自殺していることにふれ、「国がこういう厳しい状況に直面している中で、私の活動で誰かが何かを感じてくれれば、私は喜ぶだけでなく、感動するだろう。私の身に何が起きたかを知ることで、その人が日常生活で何かいいことを見つけ、あるいは何かを人生に付け加える機会になってくれれば…」。

4年後を目指す?

ロンドン・パラリンピック自転車競技ハンドサイクルのタイムトライアルで金メダルを獲得し、自ら製作した愛車を持ち上げ喜ぶザナルディ =9月5日、英ブランズハッチ(AP)ロンドン・パラリンピック自転車競技ハンドサイクルのタイムトライアルで金メダルを獲得し、自ら製作した愛車を持ち上げ喜ぶザナルディ =9月5日、英ブランズハッチ(AP)

 大会前にザナルディは、45歳という年齢から、これが最初で最後のパラリンピックだと考えていた。「パラリンピックの代表に選ばれたということは、生涯、友人や孫に語って聞かせることになるだろうね。孫ができればの話だけど。『いいかい、じいちゃんはロンドンへ行って、あんなことやこんなことをやったんだ』なんて、いつか話したいもんだ」。そんなことも口にしていた。

 実際、パラリンピックで戦ったライバルたちのほとんどは、彼よりはるかに若かった。だがタイムトライアルで2位になったノベルト・モサンドル(ドイツ)はザナルディより6歳上。この事実は、ザナルディ自身に何かを感じさせたのかもしれない。

 来年、世界最大のレース「インディ500」への出場も取り沙汰されている金メダリストは、こう話す。

 「息子を学校に送り迎えするとか、そういう日常生活に戻るのは素晴らしいことだろうね。でももし、もう一度花火に火をつける機会があるならば、ひいたりはしない。チャンスを逃すのはもったいない」。ガナシ氏が話すとおり、今も変わらず「本当のレーサー」であるようだ。

 次回のパラリンピックは2016年、リオデジャネイロである。(産経新聞 只木信昭)

MSN産経ニュースより)

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