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自分を見つめなおす大切なチャレンジ大事故を乗り越えたトライアスリート 「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」を完走

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 アイアンマン―。スイム3.8km、バイク180km、ラン42.195km、合計約226kmを完走したアスリートにだけ与えられる称号だ。8月23日、日本で唯一のアイアンマン・トライアスロン大会「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」が洞爺湖畔で開かれ、外国人303人を含む総勢1652人のトライアスリートが集結。朝6時から夜更けまで、過酷なレースを駆け抜けた。この大会に、6年前の交通事故で4カ月間も入院し、1年半にわたるリハビリを乗り越えた男性が出場し、3度目のアイアンマン完走を成し遂げた。人生の復活を懸けるトライアスリート、市川智昭さん(46)=東京都目黒区=の挑戦を追った。(橋本謙司)

「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」でフィニッシュを果たした市川智昭さん Photo: Kenji Hashimoto「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」でフィニッシュを果たした市川智昭さん Photo: Kenji Hashimoto

熱気に包まれた北の大地

雄叫びを上げ、エイジグループが次々にスタート Photo: Kenji Hashimoto雄叫びを上げ、エイジグループが次々にスタート Photo: Kenji Hashimoto

 北の大地はアイアンマンたちのほとばしる熱気に包まれた。8月23日午前6時、「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」の号砲が鳴った。スタートから12時間が過ぎた頃には、洞爺湖を暗闇が包み始め、湖畔にはフィニッシャーを迎える花火が打ち上がった。最後のランパート、厳しいコースに足取りは重いが、選手たちは仲間の声援に笑顔で応えて歩を進めた。

起伏に富んだバイクパートに挑む選手たち Photo: Kenji Hashimoto起伏に富んだバイクパートに挑む選手たち Photo: Kenji Hashimoto
洞爺湖西岸のランコースを走る選手たち Photo: Kenji Hashimoto洞爺湖西岸のランコースを走る選手たち Photo: Kenji Hashimoto

 市川さんは、このアイアンマンジャパン北海道に3年連続で出場。今年は14時間19分2秒でゴールし、見事に3年連続の完走を果たした。

ゴール後、完走メダルを手に記念撮影する市川智昭さん Photo: Kenji Hashimotoゴール後、完走メダルを手に記念撮影する市川智昭さん Photo: Kenji Hashimoto

 市川さんのトライアスロンデビューは、2011年春のホノルルトライアスロン大会だった。その後も、宮古島や石垣島など国内のメジャーレースを次々に完走してきた。しかし、そんな市川さんがトライアスロンを志すきっかけとなったのは、生死の境をさまよった交通事故だった。

 「あの事故がなかったら、今こうしてトライアスロンをやっていなかったでしょうし、今の人生もないでしょう」

交通事故で右半身のほとんどにダメージ

 2009年夏、東京・丸の内のビジネスマンとして順調にキャリアを重ねていた市川さんは、オートバイで走行中に多重事故に巻き込まれてしまう。

 「意識が戻ったときには、病院のベッドに張り付けの状態で、何が起きたのかわかりませんでした」

 骨盤骨折、顔面骨折、大腿骨骨折、半月板損傷、靭帯断裂―右半身のほとんどの機能に大きなダメージを負う重傷で、「今も事故前後の記憶はない」と話す。突然の事故は、それまでの人生を180度変えた。

 「4カ月間の入院と、社会復帰のためのリハビリ生活がはじまりました。一度会社に復帰しましたが、以前と同じような仕事はできませんでした。復帰しても満足に歩けないので、さらに2度の手術と入院。医師からも以前と同じ運動機能に戻る保証はないと聞かされました。趣味のスキーやスキューバダイビングのインストラクターも諦めざるを得なくなりました」

「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」のトランジットエリアにずらりと並んだバイク Photo: Kenji Hashimoto「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」のトランジットエリアにずらりと並んだバイク Photo: Kenji Hashimoto

 1年半にわたる辛いリハビリは、ストレスが大きく、自暴自棄にもなった。そんな時に、かすかな光を灯してくれたのがトライアスロンだった。

 「もともと体を動かすことは好きでした。今やれることは何かと考えたときに、できそうだったのが意外にもトライアスロンでした。リハビリで水中歩行はしていて、速さを求めなければ泳ぐことはできました。そしてエアロバイク(自転車タイプの室内トレーニング器)も漕いでいました。ランはできるかどうかは別にして、まずは歩くことから目指してリハビリを頑張ってみようという発想に変わっていきました」

市川智昭さんの、トライアスロンへの挑戦が始まった Photo: Kenji Hashimoto市川智昭さんの、トライアスロンへの挑戦が始まった Photo: Kenji Hashimoto

決意の「ホノルルトライアスロン」挑戦

 3度目の手術後にトライアスロンへの挑戦を決意。そして、リハビリ期間にトライアスロンの情報をインターネットで調べていたときに、(トライアスロン関連会社)アスロニアが一般参加の挑戦者を募集する「ホノルルトライアスロンチャレンジ」企画を知った。

ハワイ・オアフ島で開かれる「ホノルルトライアスロン」のスタート風景(写真は2015年大会) Photo: ATHLONIAハワイ・オアフ島で開かれる「ホノルルトライアスロン」のスタート風景(写真は2015年大会) Photo: ATHLONIA

 ホノルルトライアスロンは、米ハワイ州ホノルル市でアスロニアが主催する大会で、スイム1.5km、バイク40km、ラン10km。オリンピックディスタンスと呼ばれる距離だが、リハビリ中の市川さんにとってとてつもなく大きな挑戦になる。

 「すぐに、病室からアスロニアヘッドコーチの岩田さんへメールを送りました。退院後、当時は杖もついていたけれど、一度お会いしていただくと、岩田さんは私のチャレンジを応援してくれました」

 ホノルルの大会まで、あと半年。社会復帰のためのリハビリだけではなく、トライアスロン完走という明確な目標に向けたトレーニングがスタートした。

 「リハビリに取り組む姿勢が変わりましたね。やれることはすべてやろうという気持ちでした。最初は(企画に参加する)他のメンバーとは別メニューで、走れるようになることからのスタートでした」

「ホノルルトライアスロン」のバイクパート(写真は2015年大会) Photo: ATHLONIA「ホノルルトライアスロン」のバイクパート(写真は2015年大会) Photo: ATHLONIA

 しかし、目標の10kmを練習で走れるようになる前に、2011年5月のホノルルトライアスロン本番を迎えてしまった。レース当日は、完走したいという強い思いが市川さんの背中を押した。3度目の手術から半年後、見事にトライアスロン完走を果たしたのだった。

 「人生が前向きに動き出しました」という市川さんは、その後も毎年、ホノルルトライアスロンに参加し、国内のレースにも出場するようになっていった。

アイアンマンの衝撃と憧れ

 そんなあるとき、友人にもらった「アイアンマン世界選手権」のDVDを見て衝撃を受けた。

 「両足義足の人たちも必死に226km先のゴールをめざしていました。なぜそこまで惹かれるのか、そこにチャレンジしてみたいと思ったのです。ハンディキャップがある人もない人も、同じ競技カテゴリーを与えられるのがアイアンマンです」

「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」で、選手たちのゴールを迎える花火が打ち上げられた Photo: Kenji Hashimoto「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」で、選手たちのゴールを迎える花火が打ち上げられた Photo: Kenji Hashimoto

 時を同じくして、日本でアイアンマン大会が開催されると聞いた。それが「アイアンマンジャパン北海道」だ。

 市川さんはアイアンマンジャパン北海道への出場に向けて、子どもの頃から苦手だったマラソンの大会に出場するなど、新たな取り組みをはじめた。仕事とのバランスを取りながら、平日は週1回、出勤前に1時間半の朝スイム。他2日はランニング。週末はバイクトレーニングを習慣にしている。

 「アイアンマンは果てしなくゴールが遠い。中途半端な準備では完走させてくれないし、満足のいく結果は残せません。日々コンスタントに練習を積み上げていくことが大事だと感じています」

ツラくても「リハビリに比べれば、まだ頑張れる!」

「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」の舞台となった洞爺湖 Photo: Kenji Hashimoto「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」の舞台となった洞爺湖 Photo: Kenji Hashimoto

 市川さんは初めてアイアンマンに挑戦した2013年、そして昨年の2014年と、いずれも12時間台でフィニッシュした。今大会に向けても、春先から準備を本格化して臨んだ。しかし今年は、起伏が激しくかつてない厳しさとなったバイクコースと、未舗装の山道もあるランコースに苦戦し、総合タイムは14時間19分14秒で完走した(スイム1時間17分55秒、バイク7時間22分28秒、ラン5時間15分30秒)。

 「スイムは落ち着いて予定どおりのタイムで上がれました。バイクは長い上りのコースに覚悟はしていましたが、ランコースが想定外にきつく、とてもハードでした」と振り返る市川さん。キツいときは「これまでの練習や、ゴールゲートに飛び込む自分の姿をイメージしました」という。

スイム1周目を終えて、力強いガッツポーズを見せる市川智昭さん Photo: Kenji Hashimotoスイム1周目を終えて、力強いガッツポーズを見せる市川智昭さん Photo: Kenji Hashimoto

 最終パートのランもなかなかペースを維持できす、これまでで一番長く感じるレースになったが、「リハビリをしていた当時のことを思い出して、一歩一歩ゴールを目指しました」という。

バイクパートでアップダウンのあるコースを駆け抜ける市川智昭さん Photo: Kenji Hashimotoバイクパートでアップダウンのあるコースを駆け抜ける市川智昭さん Photo: Kenji Hashimoto
日が沈み、疲労がピークに達するなかでも笑顔で走る市川智昭さん Photo: Kenji Hashimoto日が沈み、疲労がピークに達するなかでも笑顔で走る市川智昭さん Photo: Kenji Hashimoto

 「病院に缶詰状態で天井しか見えない精神的なツラさや、3cmの段差すら上がらない足の痛みに耐えながら引き上げるリハビリに比べれば、まだまだ頑張れる!と言い聞かせて走りました」

 今も右足にはボルトが5本埋め込まれている。左足の機能が100とすると、右足は80ほど。関節や筋力バランスを調整しながら走っている。レースでは念のため痛み止めを忍ばせる。

「自分もやれるんだ」と大きな自信

 そこまで苦労をしながら挑戦する理由は何なのか?

 「自分自身をスゴイと思えるタイミングは人生の中であまりないですが、アイアンマンのゴールゲートをくぐったときだけは、自分もやれるんだ、という大きな自信が持てます。アイアンマンは、そんな自分自身を改めて見つめ直す大切なチャレンジなのだと思います」

 今大会には、昨年結婚した妻の慶子さんもサポートに駆けつけた。トライアスロンを始めた頃に雑誌の練習会で知り合い、そこから信頼を育み、二人で歩むパートナーになっていった。

朝陽に照らされた洞爺湖をバックに、健闘を誓った市川智昭さん。サポートに駆けつけた妻の慶子さんから力をもらった Photo: Kenji Hashimoto朝陽に照らされた洞爺湖をバックに、健闘を誓った市川智昭さん。サポートに駆けつけた妻の慶子さんから力をもらった Photo: Kenji Hashimoto

 「人生は何があるかわからないです。苦しいときにトライアスロンに出会えて、良い方に変わっていきました。かけがえのない仲間など、新しい出会いも多くあります。トライアスロンは、気持ちが後ろ向きの人はゴールできません。どんなときも考え方が前向きの人が多いので、周りから力をもらえます。私にとって、こういう環境にいられることが素晴らしいと感じています」

ゴール後、妻の慶子さんに迎えられて祝福を受ける市川智昭さん Photo: Kenji Hashimotoゴール後、妻の慶子さんに迎えられて祝福を受ける市川智昭さん Photo: Kenji Hashimoto
トライアスロンを通じで出合ったTeam Zippy'sの仲間たち Photo: Kenji Hashimotoトライアスロンを通じで出合ったTeam Zippy'sの仲間たち Photo: Kenji Hashimoto

 暗闇の中で、トライアスロンに出合い、新たな道を切り開いてきた市川さん。これからもトライアスロンとともに人生を歩んでいく。北の大地の夏ドラマ「2015 au損保 アイアンマンジャパン北海道」では1250人が完走を果たし、アイアンマンの称号を手にした。

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