95kmの新コースを実走レポート震災のつめ跡に触れたツール・ド・東北「気仙沼ワンウェイフォンド」 温かい応援に感激

by 松尾修作 / Shusaku MATSUO
  • 一覧

 東日本大震災の被災地・宮城県の三陸海岸を舞台とする復興支援サイクリング大会「ツール・ド・東北」は今年、気仙沼市を出発して石巻市を目指す片道コース「気仙沼ワンウェイフォンド」(95km)が新たに設定された。メーン会場の石巻から最も遠い気仙沼を、より多くの人が訪れ、より長時間滞在し、現状をよく知ってもらうための取り組みだ。筆者も大会前日の9月12日に気仙沼に入って宿泊し、新しいコースを走り、被災地の現状に触れつつ三陸の自然とグルメを堪能した。

ツール・ド・東北の「気仙沼ワンウェイフォンド」をスタートするモデルの道端カレンさんと参加者たち =9月13日、宮城県気仙沼市 Photo: Shusaku MATSUOツール・ド・東北の「気仙沼ワンウェイフォンド」をスタートするモデルの道端カレンさんと参加者たち =9月13日、宮城県気仙沼市 Photo: Shusaku MATSUO

地元の応援に後押しされ約500人がスタート

大会当日の朝、参加者約500人が会場に集まった Photo: Shusaku MATSUO大会当日の朝、参加者約500人が会場に集まった Photo: Shusaku MATSUO

 大会前日の午後、参加受付のためにサイクリストたちがスタート会場の気仙沼プラザホテル前へと集まってきた。気仙沼湾の奥深くに位置するこの付近も、4年前の津波で甚大な被害が生じ、現在も所々に当時のつめ跡が見られた。しかし、会場近くにはプレハブの復興屋台や物産店が軒を連ね、大会参加者や観光客が詰め掛けるなど、賑わいを取り戻しつつある様子が感じられた。

 気仙沼市は、昨年までのツール・ド・東北では最長コース「気仙沼フォンド」(211km)に参加しなければ訪れることがなく、コースの折り返し点のため滞在は短時間にとどまった。今年は、気仙沼ワンウェイフォンドだけで約500人が参加。そのほとんどが、気仙沼市周辺に宿泊し、ゆっくりと滞在を楽しんだ。

 大会当日の13日の朝、気仙沼は快晴に恵まれた。スタートセレモニーでは、キャロライン・ケネディ駐日米国大使や菅原茂・気仙沼市長、大会の広報大使を務めるモデルの道端カレンさんらが登壇。ケネディ大使は「昨年参加したコースでは、気仙沼はコース外で足を運ぶことができませんでした。今年は菅原市長と一緒に、気仙沼という美しい町を見たいと思って再び参加します」と挨拶した。また、会場の全員で、震災の犠牲者に黙祷が捧げられた。

スタート地点近くでは未だに震災の跡が残っていた Photo: Shusaku MATSUOスタート地点近くでは未だに震災の跡が残っていた Photo: Shusaku MATSUO
スタート前に黙祷が捧げられた Photo: Shusaku MATSUOスタート前に黙祷が捧げられた Photo: Shusaku MATSUO

 午前8時30分、地元の方々が大勢で旗を振り声援を送るなか、約30人ごとにスタートを切り、石巻を目指した。

 スタート直後に沿道で写真撮影をしていると、声援を送っていた地元の方々に話しかけられた。偶然、そのなかの1人が、1994年まで20年間にわたって気仙沼市の市長を務めた菅原雅さんだった。「こうしたイベントがどんどん増えればいい」とサイクリストを歓迎する菅原さんは、一方で「復興のため、イベントに集まる全国各地の方々に震災の被害を直接見ていただきたい」と訴えた。菅原さんをはじめ、沿道の方々からは驚くほど大きな声で参加者達を応援していた。

地元の方々が旗を持って参加者を見送る Photo: Shusaku MATSUO地元の方々が旗を持って参加者を見送る Photo: Shusaku MATSUO
気仙沼市内の沿道では、元市長の菅原雅さんも声援を送っていた Photo: Shusaku MATSUO気仙沼市内の沿道では、元市長の菅原雅さんも声援を送っていた Photo: Shusaku MATSUO

グルメが魅力のエイドステーション

 スタート直後は市街地が続き、信号などで停止することも多かったが、最初のエイドステーション(AS)となった大谷海岸に着く頃には、ほとんど信号のない道が続いた。景色が良く走りやすい道路だが、路面は所々荒れており、穴や砂利が多い。参加していた建設関係者は、道路の傷みについて「復興作業に関わる大型ダンプなどの往来によるものではないか」と話していた。

 95kmの道中にASが5カ所設けられ、コースを走りきるための補給には十分。また、ASで提供される地元のグルメもこの大会の魅力で、とにかく美味しい。大谷海岸ASでは気仙沼特産のいちごシャーベットやクリームパン、またホテル観洋ASではフカヒレスープが振る舞われ、参加者達は休憩するたびに舌鼓を打った。筆者はボランティアの方々から勧められるままに、消費カロリーを超えるほど“おかわり”をしてしまった。

 各ASでは水やドリンクをその場で飲めるほか、ボトルへの補給もでき、参加者は安心してライドを続けることができた。大会当日の気温はそれほど高くなかったが、熱中症対策として塩やスポーツドリンクも用意された。

「いちごシャーベット」は甘くて冷たく、運動時にも食べやすかった Photo: Shusaku MATSUO「いちごシャーベット」は甘くて冷たく、運動時にも食べやすかった Photo: Shusaku MATSUO
エイドステーションで振る舞われたグルメには、地元の小学生が書いたメッセージカードが添えられていた Photo: Shusaku MATSUOエイドステーションで振る舞われたグルメには、地元の小学生が書いたメッセージカードが添えられていた Photo: Shusaku MATSUO
振る舞われたホヤは甘味が強く美味しかった Photo: Shusaku MATSUO振る舞われたホヤは甘味が強く美味しかった Photo: Shusaku MATSUO
汗をかいたあとに「わかめ汁」でミネラル補給 Photo: Shusaku MATSUO汗をかいたあとに「わかめ汁」でミネラル補給 Photo: Shusaku MATSUO

震災遺構を訪れ合掌

 南三陸町を走っていると、津波で被災した平地で土木工事が進む中、鉄骨だけになった建物が目に飛び込んできた。一目で、震災遺構として残る同町の「防災対策庁舎」だとわかった。震災当時、繰り返し報道で目にしていたが、間近で見るといかに津波が大きく、激しかったかを実感させられ、大きなショックを受けた。

震災遺構として残る「防災対策庁舎」前で手を合わせる参加者 Photo: Shusaku MATSUO震災遺構として残る「防災対策庁舎」前で手を合わせる参加者 Photo: Shusaku MATSUO

 防災庁舎はコースから少し離れた場所にあったが、多くの参加者がコースを逸れて庁舎前に立ち、手を合わせていたのがとても印象的だった。

北上川沿いを快走

北上川沿いは追い風、平坦で快適 Photo: Shusaku MATSUO北上川沿いは追い風、平坦で快適 Photo: Shusaku MATSUO

 コースは終盤に入り、北上川沿いのなだらかな道を、追い風に背中を押されつつ軽快に走る。北上ASでは大きなアワビ入りの「十三浜茶碗蒸し」が振る舞われ、甘めの味付けが疲れた身体に染みた。この頃には、石巻市を発着する他のコースの参加者たちも合流し、走行中に気が付けば同じようなスピードのライダーによるグループが自然に形成される。筆者はケネディ大使のグループに加わり、時速30〜35kmでスムーズに巡航。周囲に「Nice Pace」と話す大使と共にフィニッシュを目指した。

驚くほど速いペースで走っていたキャロライン・ケネディ駐日米国大使(先頭) Photo: Shusaku MATSUO驚くほど速いペースで走っていたキャロライン・ケネディ駐日米国大使(先頭) Photo: Shusaku MATSUO

 ゴール地点の石巻専修大学が近づくと、徐々に声援が聞こえはじめ、フィニッシュラインを超える際にはまるでトップでゴールしたかのような歓迎を受けた。その後も次々にライダーがゴールするが、その声援は時間が経てど衰えない。「応援してたら、応援されてた」のテーマ通り、地元の方々の支えあっての開催だと痛感した。

 気仙沼から石巻までを走りきって、何より感激したのは、沿道からの応援がとても多く、温かかったことだ。

街に入ると地元の方々が途切れず応援をしてくれた街に入ると地元の方々が途切れず応援をしてくれた Photo: Shusaku MATSUO

 宮城県特産の「ずんだ餅」と「牛タンベーコン」をほお張りながら完走証を受け取り、来年も参加したいと強く思った。

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。

関連記事

この記事のタグ

ツール・ド・東北

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載