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ブエルタ・ア・エスパーニャ 現地レポートマイヨロホだけじゃない“赤いブエルタ” 駐車場は収容人員3000人の闘牛場

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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多くのホビーサイクリストたちが、1級山岳ナバセラダの頂上を目指していった Photo: Syunsuke FUKUMITSU多くのホビーサイクリストたちが、1級山岳ナバセラダの頂上を目指していった Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 シーズン最後のグランツール、ブエルタ・ア・エスパーニャも、いよいよ9月13日の最終ステージを残すのみとなった。その前日、第20ステージを取材して出会ったブエルタならではの光景や、情熱の国を実感させられる“ブエルタらしさ”を紹介したい。 (セルセディリャ 福光俊介)


赤土の大地、赤い建物

 今年のブエルタは開幕から7日間、南部のアンダルシア州をおおよそ1周する形で進んだ。やがて灼熱のアンダルシアを抜け、北へと針路をとるにつれ気温が下がり、ともすると寒さを感じることさえあったという。

 第3週目は、急峻な山岳ステージが特徴のブエルタにあって珍しくマドリード近郊をめぐるステージ構成になっている。予想以上の接戦だったこともあり、結果的に総合争いは最終ステージの前日にまでもつれ込んだ。

フィニッシュまで残り約2km地点の下り坂。セルセディリャの街が見えてきた Photo: Syunsuke FUKUMITSUフィニッシュまで残り約2km地点の下り坂。セルセディリャの街が見えてきた Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 ブエルタが開かれている現地の様子を筆者自身の言葉で表現するなら、「赤」。これに尽きる。

セルセディリャでは全面赤色の住宅も珍しくない Photo: Syunsuke FUKUMITSUセルセディリャでは全面赤色の住宅も珍しくない Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 街と街との間では、必ずと言っていいほど赤土の荒野を目にする。建築物も赤壁がほとんど。アンダルシアが舞台だった第1週、第4ステージのフィニッシュ地ベヘール・デ・ラ・フロンテーラは白壁の建築物が特徴の街だったが、それは例外だったのだろう。第20ステージのゴールの地、セルセディリャも、例に漏れず赤い建物が建ち並んでいた。

 総合首位の選手が着るリーダージャージは2010年に金色から赤色に変更され、名称も「マイヨロホ」へと改められた(スペインでは“ヘルセイ・ロホ”と言った方が通じやすい)。それにともない、大会のイメージカラーも赤に変わった。

ブエルタ・ア・エスパーニャ2009の最終ステージで、総合リーダージャージを着るアレハンドロ・バルベルデ(スペイン)。この年まで11年間は金色のジャージ「マイヨオロ」だった =2009年9月20日 Photo: Yuzuru SUNADAブエルタ・ア・エスパーニャ2009の最終ステージで、総合リーダージャージを着るアレハンドロ・バルベルデ(スペイン)。この年まで11年間は金色のジャージ「マイヨオロ」だった =2009年9月20日 Photo: Yuzuru SUNADA
ブエルタ・ア・エスパーニャ2015 第20ステージで真っ赤な総合リーダージャージ「マイヨロホ」を奪取したファビオ・アール(イタリア、アスタナ プロチーム) =2015年9月12日 Photo: Yuzuru SUNADAブエルタ・ア・エスパーニャ2015 第20ステージで真っ赤な総合リーダージャージ「マイヨロホ」を奪取したファビオ・アール(イタリア、アスタナ プロチーム) =2015年9月12日 Photo: Yuzuru SUNADA

 念のため指摘しておくと、マイヨロホはスペインのナショナルカラーを用いたものであり、赤土や建築物とは関係ない。しかし、レースと関係ないところまで赤く染まっているとは、現地を訪れるまでは思いもよらなかった。

フィニッシュ地点脇のプレスルーム内も赤レンガの壁だった Photo: Syunsuke FUKUMITSUフィニッシュ地点脇のプレスルーム内も赤レンガの壁だった Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 赤土は地中海沿岸の国々に多くみられ、石灰岩が酸化していることが主な理由とされている。鉄分が豊富で、素焼きなどの素材に用いられることもある。建物の壁や屋根瓦に赤が多い理由にも通じており、諸説あるものの、赤土は低コストで、効率よく焼ける点で昔から建築に用いられてきたとの見方がある。

 余談になるが、テニス界の英雄ラファエル・ナダル(スペイン)が赤土のクレーコートで行われる全仏オープンで圧倒的な強さを見せる理由も、スペインの風土が大いに影響しているとのことだ。

自宅前がフィニッシュ地点で「驚きだわ!」

 第20ステージのフィニッシュラインの脇を歩いていると、庭で洗濯物を干している老婦人の姿が見えた。写真を撮らせてほしいとカメラを向けた瞬間、「キレイに撮ってよ!」。ポーズも決まっている。

「キレイに撮ってよ!」とマリアさん Photo: Syunsuke FUKUMITSU「キレイに撮ってよ!」とマリアさん Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 この街で生まれ育ったマリアさんは、この日の朝まで自宅前がフィニッシュ地点になるとは知らなかったという。「驚きだわ!」と喜ぶ彼女に、人が集まってくるから庭からはレースが見えないと思う旨を伝えると、「困ったわね…」とポツリ。

 マリアさんは日本人である筆者に声をかけられたことにも驚き、日本人の友人が4人いると教えてくれた。なかには、何度もセルセディリャに足を運んで会いに来てくれる人もいるそうだ。「ボクを5人目の友人にしてくれるかい?」と聞くと、「もちろんよ!」と笑顔で応じた。

熱狂の舞台・闘牛場へ

 レースを通じて、スペインを実感させられるこの上ないできごとに遭遇した。なんと、プレスの取材車両などを停める駐車場が闘牛場の中だったのだ。闘牛場の中へ入るエキサイティングな体験に心躍り、レースどころではなくなってしまった(笑)

第20ステージのゴール地点に用意された駐車場は、3級闘牛場「プラサ・デ・トロス・デ・セルセディリャ」 Photo: Syunsuke FUKUMITSU第20ステージのゴール地点に用意された駐車場は、3級闘牛場「プラサ・デ・トロス・デ・セルセディリャ」 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 スペインで闘牛場は「プラサ・デ・トロス(Plaza de toros)」と呼ばれ、その規模や歴史によって等級が与えられている。1級闘牛場ともなれば、花形闘牛士(マタドール)が登場し、観客は熱狂する。

 ちなみに、駐車場となった「プラサ・デ・トロス・デ・セルセディリャ(Plaza de Toros de Cercedilla)」は収容人数3000人、3級闘牛場に分類されている。

大勢のサイクリストが集結 いよいよフィナーレへ 

 第20ステージは、それまでとは決定的に異なる側面が見られた。沿道の観衆の中に見られる無数のホビーサイクリストの存在である。久々の本格山岳でサイクリストたちの血が騒いだこともあるだろうが、何より、首都マドリードに近い場所でレースが行われたことが理由だろう。

 セルセディリャ自体は人口6800人余りの小さな街だが、マドリードと同じ「マドリード州」に属する首都圏地域の自治体の1つだ。マドリードからの距離は約60km、日頃鍛えているライダーであれば自走で訪れることができる。むしろ、普段のライドコースに設定しているサイクリストも少なくないだろう。

 このステージ最初の1級山岳であり、最後のダウンヒルであったナバセラダでは、頂上を目指してペダルに力を込めるサイクリストたちが連なった。ロードバイクのみならず、マウンテンバイクで上りに挑む人たちの姿も。クルマや歩行者も入り乱れて混雑し、やっとの思いで頂上へたどり着くと、サイクリストたちが選手の通過を待つ間バルやカフェでティータイムを過ごしていた。

ナバセラダ頂上にたどり着いたホビーライダーたちがカフェで一息 Photo: Syunsuke FUKUMITSUナバセラダ頂上にたどり着いたホビーライダーたちがカフェで一息 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 大勢のサイクリストが詰め掛ける様子から、改めてフィナーレの地マドリードが目前であることを実感した。

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