振り返り、拠点へ帰還、そして再び挑戦へ世界トップのチームにいる厳しさと素晴らしさ 萩原麻由子の欧州レポート<3>

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 女子ロードレースチーム「ウィグル・ホンダ」(イギリス)に所属し、欧州で3シーズン目を戦っている萩原麻由子。7月には“女性版ジロ・デ・イタリア”といわれるステージレース「ジロ・ローザ」で第6ステージ優勝を飾るなど、目覚しい活躍を見せている。その後のレースへの取り組みや、9月下旬に米バージニア州で開催される「世界選手権ロードレース」、10月10日イタリアで開催される「Giro dell’ Emilia」(UCI1.1)に向けた準備などを、萩原本人がレポートする。

「Route de France」のチームプレゼンテーションの様子。この大会では連日、ステージ優勝・入賞が続き、個人総合優勝も勝ち取った。萩原麻由子(右端)は「とてもよい雰囲気でチーム一丸となって戦えた」と評価する ©Bart Hazen「Route de France」のチームプレゼンテーションの様子。この大会では連日、ステージ優勝・入賞が続き、個人総合優勝も勝ち取った。萩原麻由子(右端)は「とてもよい雰囲気でチーム一丸となって戦えた」と評価する ©Bart Hazen

<2>多くの人に支えられて日本へ単身“遠征”

◇         ◇

ジロ・ローザで感じた支えと成長

 7月3~12日に開かれたステージレース「ジロ・ローザ」を終え、一路フランスへ向かいました。目指したのは、リオ五輪出場枠を確保するためのUCIポイント獲得を見据え、かねてから参加を希望していたステージレース「ツール・ド・ブルターニュ」(UCI2.2)。7月16~19日に開かれたこの大会は、所属するウィグル・ホンダは不参加だったものの、チームメイトのオードリー・コールドン(フランス)が中心となって組まれた“ミックスチーム”「REVA CYCLING LADY TEAM」(フランス)で参戦できることになったのです。

8人出走のレースはこの「ジロ・ローザ」を含めた年間2回のみなので貴重な場面 ©Bart Hazen Wiggle Honda photographer 8人出走のレースはこの「ジロ・ローザ」を含めた年間2回のみなので貴重な場面 ©Bart Hazen Wiggle Honda photographer

 しかしこの時の私は、頭の中で「この後、もう1レースを走れるだろうか」と考えてしまうほど、心身ともに疲労困憊状態でした。

 毎日、全力を尽くして走ったジロ・ローザ。第6ステージで優勝した翌日は、口唇ヘルペスが一気に2個できたり、その翌日に落車したり、また序盤のステージでは厳しい暑さで気管支が痒くなったり…。最終日は、上り口までの逃げで全力を使い果たしてしまい、トップから約10分ほど遅れてのゴールとなりました。

 ジロ・ローザ期間中は、普段メディア露出の少ない女性のレースをフォトグラファーの田中苑子さんがレポートし、日本の皆さんへ届けてくださいました。いつもどこで何をしているのかよく分からない私の活動を、日本語と鮮明な写真でリアルタイムに確認できた家族は、とても喜んでいました。

 第9ステージにかけつけてくださったNIPPO・ヴィーニファンティーニ・デローザの大門宏監督が、最後の山頂でひっそりと佇んで見守ってくれている様子を見た時は、何とも言えない感動がありました。トップで上る姿を見せられればなおよかったのですが、それはこれからの課題。レース後に疲労困憊したとはいえ、2年前にジロ・ローザへ初参戦した時は大会後に数日間寝込み、昨年は風邪こそひかなかったものの3日ほどグッタリしていたことを考えると、今年は体力面においても自身の成長を感じ取れる大会となりました。

「ジロ・ローザ」第6ステージ優勝の喜びをエリーザ・ロンゴ・ボルギーニ(イタリア、中央)、マラ・アボット(アメリカ)と分かち合う萩原麻由子(7月9日) Photo: Sonoko TANAKA「ジロ・ローザ」第6ステージ優勝の喜びをエリーザ・ロンゴ・ボルギーニ(イタリア、中央)、マラ・アボット(アメリカ)と分かち合う萩原麻由子(7月9日) Photo: Sonoko TANAKA

新城、別府…先輩から多くを学び次世代へ

 ツール・ド・ブルターニュへ一緒に遠征するはずだったオードリーは、ジロ・ローザ第2ステージでの落車により鎖骨を亀裂骨折してしまいました。私は心配な気持ちや残念な気持ちと共に、ひとりで遠征する不安を感じながらスケジュールを立てました。私が拠点にしているドイツ・ザールラント州からは、特にフランス西部ブルターニュ地方へのコネクションが悪いのです。そこで、移動のストレスや疲労を少なくするため、イタリアからフランスへ直行することにしました。

 その過程で、「ブルターニュ地方=ナント=新城(幸也)さんがいる!」というひらめきが突如として降臨。とっさに新城さんへ連絡し、数日間滞在させていただくことになりました。いま考えると、この身勝手な思い付きで新城さんには数日間、ご都合を合わせていただくことになり、大変申し訳なく思っています。

 ナントでは、周辺へ練習に行かせてもらったり、パートナーの飯島美和さんにおいしい日本料理をご馳走になったりと、不安が吹き飛ぶような素晴らしい滞在にしていただき感謝しています。ロードレースの男女の環境を比較すると、レース数、距離、遠征数、チーム数、市場…など、まるで別競技のような違いがあるものの、欧州でプロとして活躍している新城さんが現地でどのように生活してるのかをこの目で見て、お話を聞けたことは、非常に勉強になる貴重な機会でした。

 ほかにも、トレック ファクトリーレーシングの別府史之さんは、ジュニア時代から交流があり、たまに話をしてアドバイスをいただくこともあります。こういった先輩方の姿から、できるだけ多くを学び、いずれ自分も先輩方と同様、次の世代に受け継げるような活動を欧州でしていきたいと思う日々です。

“原点”の大会でステージ優勝

「ツール・ド・ブルターニュ」参戦のためのミックスチーム「REVA CYCLING TEAM」 ©Mailys Delatte 「ツール・ド・ブルターニュ」参戦のためのミックスチーム「REVA CYCLING TEAM」 ©Mailys Delatte

 次のレースの舞台・ブルターニュでは、無事にミックスチームに合流することができました。フランス人のスタッフたちや、チームメイトとなる初めて出会う各国からの選手たちとは、お互い片言の英語ながらなんとか意思疎通をし、レースへ臨みました。

 実はこのレース、「あさひレーシングチーム」(日本)に所属していた2011年に、ロンドン五輪出場枠を獲得するため日本から遠征してきたことがある思い出のレースでした。選手宿舎は当時と同じ学校。4年前の思い出が一気にフラッシュバックし、とても懐かしく感慨深い気分になりました。まさに私の原点ともいえるレースです。

 7月16日、いざレースが始まってみると、思うように体が動かず、大事な第1ステージから大きく出遅れてしまいました。疲労感を言い訳に集中できていなかったり、逃げを見逃した集団全体のネガティブな雰囲気に飲まれたりして、悪循環に陥った結果でした。

 続く17日の第2ステージでは、TT機材の借用に問題があり、当日のスタート前にようやく機材を調達することができました。このため調整が不完全のままスタートし、ここでも大きく遅れてしまいます。

 「まったく自分は何をしに来たのだろうか…ミックスチームの人々にも申し訳ない」などと悔やんでいると、チームスタッフは責めるでもなく「レースはまだ終わってない。あと2日頑張ろう」と言葉をかけてくれました。過ぎたことは変えられないので、残りの日々に全力を尽くして名誉を挽回しようと心に誓いました。

地元出身のチームメイトのオードリー・コールドンが「ツール・ド・ブルターニュ」の応援に駆け付け戦術を伝授してくれた ©Gwen Garot地元出身のチームメイトのオードリー・コールドンが「ツール・ド・ブルターニュ」の応援に駆け付け戦術を伝授してくれた ©Gwen Garot

 翌18日の第3ステージには、チームメイトで大会開催地が地元のオードリーが会場へ駆けつけてくれました。オードリーにとってツール・ド・ブルターニュは、勝手知ったる土地で開かれるホームレース。ジロ・ローザで骨折していなければ、今大会ではチームリーダーを務めるはずでした。彼女は当日のコース情報と戦術を私に伝授してくれました。

 その助言を頭に入れて、スタート。走り出してみると、この日は身体の動きがよくなっていることを感じました。冷静に走り、集団のまま小周回に突入すると、4年前と同じコースであることに気が付きました。そうこうしているうちに、総合での逆転を狙うロシアナショナルチームが集団攻撃を開始。8人中2人のロシア人を含む逃げ集団が形成されました。出遅れた私は、「取り残された!」と焦るも、すぐさま集中し直し、逃げと集団との距離を計りました。

 すると思いのほかペースの上がらない逃げ集団にメイン集団が近づき始め、追撃距離から一気にブリッジをかけて逃げに追いつきました。追いつくと逃げ集団内も疲れている様子が確認できたので、すぐさまアタック。すると誰も追って来ません。「こうなったら行けるところまで行こう」と全力で走りました。コース脇で応援してくれたオードリーの声援もあり、この日はステージ優勝をすることができました。

「ツール・ド・ブルターニュ」第3ステージで優勝。今季欧州2勝目は今後の自信にもつながった ©Gwen Garot 「ツール・ド・ブルターニュ」第3ステージで優勝。今季欧州2勝目は今後の自信にもつながった ©Gwen Garot

 翌最終日は、集団から抜け出すことができず、積極的な走りもできませんでした。雨の集団スプリントとなったフィニッシュでは個人総合成績を大きく挽回することはできませんでしたが、総合5位とUCIポイント圏内で終了。寄せ集めのチームながらも、一緒に走った仲間、遠征がスムーズに運ぶよう支えてくれたチームスタッフの皆さんに心から感謝をしています。

 そして、自分の活動や状況を客観的に把握し、所属チームの素晴らしさを再確認できた非常によい機会となりました。さらに、将来またミックスチームで参加できる際には、身体や機材はもちろん、精神面を含めあらゆる準備が必要だということも分かりました。ミックスチームには所属チームでの絶対エースの指令、緊張感、使命感などがない分、それらを自分で用意してレースに臨まなければいけないのです。

初TTT合宿、のち再びステージレースへ

 長期の遠征を終えて滞在先のドイツへ帰宅。灼熱のジロから一変し、雨が降ると肌寒く秋めいた季節になった欧州北部の気候に驚きました。数日間は自転車から離れ、完全に休養を取った後、8月2日の女子ロードワールドカップ「Sparkassen Giro」(ドイツ)へ向けてベーストレーニングを行いましたが、調整中に少し体調を崩してしまいました。幸い、一日寝ると復調し、レースには参戦できましたが、ワールドカップは展開の激しいワンデーレースの最高峰。何もできずに終わりました。

初のTTT合宿。補欠選考となるも私にとって貴重な体験となった ©Bart Hazen Wiggle Honda Photographer初のTTT合宿。補欠選考となるも私にとって貴重な体験となった ©Bart Hazen Wiggle Honda Photographer

 そのままチームはチームタイムトライアル合宿へと突入。3日間の短期間で行われましたが、正メンバーへ入ることは出来ず補欠として参加をしました。それでも、TT機材で行う初めてのTTTトレーニングや、世界チャンピオンを含む経験のあるチームメイトたちの走りから学べることは多く、短期間ながらも収穫の多い合宿となりました。近い将来、このメンバーに入り、TTTの大会に出て戦いたいと改めて感じました。

 ジロ・ローザやツール・ド・ブルターニュでステージ優勝したとは言え、世界のトップが集まるチーム内での自分のポジションはまだまだ中間層だということも痛感しました。厳しいですが、こういった環境が自分を強くしてくれるのだとも思いました。

 その後、チームはフランスへ移動し、8月9~15日、ジロ・ローザの次に長い7日間のステージレース「La Route de France」(UCI2.1)へ参戦しました。トラックの世界チャンピオンであるアンネッテ・エドモンドソン(オーストラリア)が初日から2位に入り、翌日はキャプテンのジョルジア・ブロンジーニ(イタリア)がステージ優勝。そしてジロ・ローザで不調(といってもトップ10)だったエリーザ・ロンゴ・ボルギーニ(イタリア)が復調し、山で抜群の強さを発揮。山岳ステージで大差をつけ優勝しました。この日、リーダージャージも獲得しました。

「La Route de France」では、エリーザ・ロンゴ・ボルギーニが上りで圧倒的な強さを見せステージ2勝と総合優勝を勝ち取った。この日の優勝を8月に亡くなったイタリア人選手へ捧げた ©Bart Hazen「La Route de France」では、エリーザ・ロンゴ・ボルギーニが上りで圧倒的な強さを見せステージ2勝と総合優勝を勝ち取った。この日の優勝を8月に亡くなったイタリア人選手へ捧げた ©Bart Hazen
キャプテンのジョルジア・ブロンジーニは「La Route de France」で復調優勝。今季彼女が苦悩する姿を見ていたので私も嬉しかった ©Bart Hazenキャプテンのジョルジア・ブロンジーニは「La Route de France」で復調優勝。今季彼女が苦悩する姿を見ていたので私も嬉しかった ©Bart Hazen
「La Route de France」では、ステージ4位に入賞した日もあったが「全体的に精彩を欠いた走りばかりの遠征となった」と萩原麻由子 ©Bart Hazen 「La Route de France」では、ステージ4位に入賞した日もあったが「全体的に精彩を欠いた走りばかりの遠征となった」と萩原麻由子 ©Bart Hazen

 私はステージ4位に入ることが1度あっただけで、ジロ・ローザの時のようなキレは感じられませんでしたが、最終日もジョルジアがステージ優勝し、エリーザのジャージも守りきって総合優勝で終えたこのレースは、チームにとっても、貢献できた自分にとっても、シーズン終盤までの弾みになるのではと思っています。

 世界のトップで戦うチームメートから学ぶことの多さを、日々実感しています。各国からやってきて、文化も個性も異なりますが、世界の頂点を目指す志は皆一様に高く、そこへ向けたそれぞれのスタイルを間近で見ることができます。よい所を吸収できるよう、一緒に走れる毎レースを大事にしようと思います。

萩原麻由子萩原麻由子(はぎわら・まゆこ)

1986年、群馬県生まれ。県立伊勢崎女子高校在学中にアジア選手権ロード・ジュニア優勝。2005年に鹿屋体育大学に進み、ジャパンカップ・オープン女子優勝、アジア大会ロードレース優勝、全日本個人タイムトライアル優勝など数々の実績を挙げる。2009年よりサイクルベースあさひに所属し、全日本選手権ロード優勝、ロンドンオリンピック出場。2013年シーズンよりウィグル・ホンダに所属。

ウィグル・ホンダの公式ウェア「dhb」 萩原麻由子の活躍をサポート <PR>

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 萩原麻由子の所属チーム「ウィグル・ホンダ」を公式チームキットサプライヤーとして支える「dhb」(ディーエイチビー)は、英国発のスポーツウェアブランド。製品ラインアップは、ロード用・MTB用のサイクリングウェアやシューズを中心に、ランニング、トライアスロンウェア、ウェットスーツなどを幅広く提供している。初心者からプロまで、あらゆるレベルで楽しむ方のためにデザインされている。

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 dhbのスポーツウェアはすべて英国でデザイン、開発され、高品質ながら低価格。最高品質の製品を提供するべく、製造や素材、テクノロジーのエキスパートである世界中のパートナーと連携し、すべて英国でデザイン、開発されている。高品質ながら、低価格で、日本でも幅広いサイクリストに愛用されている。このシーズンには、最新の秋冬用サイクリングウェアが登場している。【 提供:dhb 】

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