つれづれイタリア~ノ<56>エスプレッソなしじゃ始まらない イタリアとコーヒーとロードレースの関係
ジュニアカテゴリーのヨーロッパ選手権ロードレースが、エストニアのタルトゥで8月5日から9日にかけて開催されました。イタリアからも多くの選手が参加し、まずまずの結果を残しました。しかし、その裏には見えない苦労がありました。マッテオ・レンツィ首相が進めている財政赤字改善政策の影響で、スポーツに割り当てる資金が大幅にカットされ、自転車競技にも影響が出ています。
31人の選手団は従来どおりに開催地まで飛行機で移動しましたが、16人のスタッフと、必要最低限まで減らした設備は、大型バスでエストニアまで移動することになりました。なんとエストニアまで2400kmもの距離を走破したのです。
“必要最低限の設備”に絞るため、以前は空輸していた食料は現地のスーパーで調達することになりました。持参したのは自転車(73台)や予備のホイール(140本)、飲料水として大型ウォーターサーバー15個(10L入り)、ミネラルウォーターボトル120本など。そして、10個入りのエスプレッソコーヒーカプセルが150箱以上。そう、大量のコーヒーも含まれるのです。
イタリア人にとって「これがないと一日が始まらない」というぐらいコーヒーは重要な存在です。一週間の滞在でコーヒーカップ1500杯分という量は、一日で一人当たり約4、5杯という計算になります。
王手コーヒーチェーンでも打破できないイタリアの壁
イタリア人はヨーロッパ、いや全世界の誰よりもコーヒーを愛していると言っても過言ではないでしょう。100年前に独自のコーヒー文化を作り上げ、今ではエスプレッソコーヒーやモカコーヒーは全世界で飲まれています。
イタリア人が好きなコーヒーは主に3種類あります。バールで飲むエスプレッソコーヒーとカプチーノ。そして家で作るモカコーヒー。ICO(国際コーヒー機関)の最新データ(2014年7月の統計)によれば、イタリアで消費されたコーヒー豆の量は、ヨーロッパではドイツに次ぎ2位です。
しかし、一番驚くデータはコーヒー焙煎メーカーの存在です。個人経営を除けば、イタリア国内だけで850社以上あります。つまり、世界的にも有名なセガフレード、ラヴァッツァ、イッリなどの王手焙煎会社を除けば、各地で無数のコーヒー焙煎所があり、その地域ごとにコーヒーの味があります。私が小さかった頃は、コーヒーはスーパーで買うものではなく、近くの行きつけのTorrefazione Caffe(トーレファッツィオーネ カフェ=焙煎店)で買っていましたし、今もその伝統は生き続けています。
なぜイタリアではアメリカの大手コーヒーチェーンは成功しないのか、という不思議な現象があります。要因は3つあると思います。
第1は、地域密着型のバールネットワークの存在。イタリアのどんなに辺鄙な村でもバールがあります。首都、ローマ市内だけで、4000件以上。人口40万人弱のフィレンツェでも1400件以上あります。店内に新聞が置いてあり、市民の憩いの場となっています。市民センターのような役割を果たしているようです。多くのアマチュアチームのミーティングもバールで行われます。
第2は値段です。エスプレッソコーヒーは1ユーロ(約140円)、カプチーノは1.30ユーロ(約180円)。
最後の要因は、味です。イタリア人はうまく焙煎されたコーヒー豆のほろ苦い味が大好きです。そしておいしい味を知ったら、絶対に手放さない!ということで、バール文化が崩壊しない限り、王手チェーンが入る隙はありません。
プロチームを支えたコーヒーマシンメーカー

毎年10月、宇都宮で開かれるジャパンカップを訪れると、スタート前のイタリアの選手たちがうれしそうにコーヒーを飲んでいます。実は、コーヒーは選手たちの心を支えるだけでなく、スポンサーとしても長くイタリアの自転車競技界を支えています。
1960~70年代にファエマというチームが華々しい活躍をしました。このファエマというブランドの親会社は、有名な業務用コーヒーマシンメーカー、チンバリ社です。このチームの元で、多くのチャンピオンが誕生しました。エディ・メルクス(ベルギー)、ヴィットリオ・アドルニ(イタリア)、リック・ファンローイ(ベルギー)。
ファエマ以降、大々的なスポンサー活動をしていなかったチンバリ社でしたが、今年の7月20日に自転車の世界に戻りました。コモ湖のギザッロ峠にある自転車博物館と協定を結び、スポンサーとしてこの博物館を支えています。

もう一つ、大きなスポンサーを忘れてはいけません。ボローニャを拠点とする業務用コーヒーマシンメーカー、サエコ社です。この会社は、故マルコ・パンターニ(イタリア)が所属していたメルカトーネ・ウーノのチームを引き継ぎ、1996年から2004年までチームのメーンスポンサーになりました。
ここで、マリオ・チポッリーニ、イヴァン・ゴッティ、ジルベルト・シモーニ、ダミアーノ・クネゴ、ミケレ・バルトリ、パオロ・サヴォルデッリ(ともにイタリア)ら、イタリアの自転車競技の歴史を支えた堂々たるメンバーたちが活躍しました。現在、その精神は現在のランプレ・メリダに引き継がれています。
かつてのドーピングは「カフェ・コッレット」

もう100年以上前の話ですが、かつてエスプレッソコーヒーはドーピングとして使われていました。コーヒーに含まれるカフェインが、興奮や強壮の効果があるとして知られ、レース前に4~5杯のコーヒーを飲む人もいました。さらにコーヒーの中にラム酒を入れ「カフェ・コッレット」(アルコール入りコーヒー)という形でカフェインの効果を高めようとする人もいました。今では、絶対に考えられないことですね。
現在、カフェインはドーピング物質として禁止されていませんが、持久系のスポーツにおいて、なんらかのプラスになると多くの研究機関が証明しています。不眠の方はくれぐれも飲み過ぎないようにご注意ください。
イタリアのバール巡り!マルコおすすめのお店
ローマ「Bar Sant’Eustachio il Caffe」 Piazza di Sant’Eustachio 82, Roma
超大人気のローマコーヒーです。独自で焙煎された豆も販売しています。お土産にいいかも。
ナポリ「Gran Caffe Gambrinus」 Via Chiaia 1-2, 80132 Napoli.
王室も利用したおしゃれなコーヒー店です。お菓子も有名でドイツのアンゲラ・メルケル首相も虜となりました。
ヴェネツィア「Torrefazione Cannaregio」 Cannaregio 1337, Venezia
穴場中の穴場です。昔ながらのコーヒー店で地元の人に愛されています。ヴェネツィア中央駅から近い。
パドヴァ「Caffe Pedrocchi」 Via VIII febbraio 15, Padova.
歴史あるバールで、コーヒー以外は食前酒もおすすめです。
ミラノ「Bar Magenta」Via Carducci, 13, 20123 Milano
ミラネーゼ憩いの場です。
文 マルコ・ファヴァロ

イタリア語講師。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会で、自転車にまつわるイタリア語講座「In Bici」(インビーチ)を担当する。サイクルジャージブランド「カペルミュール」のモデルや、Jスポーツへ「ジロ・デ・イタリア」の情報提供なども行なう。東京都在住。ブログ「チクリスタ・イン・ジャッポーネ」