つれづれイタリア〜ノ<55>“呪われた”ジャージは存在する? ジンクスは選手を悩ませる不安要素

2013年のちょうど今頃、この連載で「夏にゾクゾク…イタリアには不吉な迷信がいっぱい 選手たちのラッキーアイテム」というテーマについて書きました。夏は、イタリアでも肝試しやホラー映画が流行する季節です。今回も夏休みシーズンですので、夏にちなんでこわ~い話をお届けします。テーマは“呪われたジャージ”です。
マイヨジョーヌが相次いでリタイア
スポーツ界には、迷信を信じる人が多くいます。結果を求められるスポーツにおいては、結果を狂わせる不安要素はどんな些細なものでも排除したいのが選手の本音です。
2015年の自転車界では例年にないほど不吉な出来事がたくさん起きました。特にグランツールのジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスではケガ人が続出し、大物選手たちがレースを去りました。今年は何かの呪いがかけられているのではないか、と考える人もいました。

それを象徴する出来事が起きました。今年、ツールで総合優勝を果たしたクリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ)は驚きの行動に出ました。第6ステージに、総合首位の証であるマイヨジョーヌを着ていたトニー・マルティン(ドイツ、エティックス・クイックステップ)が落車により負傷。リタイアすることになり、第7ステージは総合2位だったフルームがマイヨジョーヌを着ることになるはずでした。しかし、フルームはジャージの着用を拒否しました。理由として「マルティンへの尊敬の気持ちがある」ということでした。
マイヨジョーヌの着用拒否というのは、フランス人にとってこれ以上の無礼な行為はありません。しかし、意外なことにジャージ着用に関する罰則規定はなく、各自の選手に任されています。さらに、今回はフルームを非難する人はそれほどいなかったのです。なぜかというと、ヨーロッパにも、日本と同じことわざが存在します
「non c’è due senza tre」(二度あることは三度ある)

今年のツールでは、マルティンの前にマイヨジョーヌを着ていたファビアン・カンチェッラーラ(スイス、トレック ファクトリーレーシング)も落車によるけがでリタイアしていました。フルーム自身、去年のリタイアの苦い経験もあり、あらゆる不安要素を払拭したかったためでしょう。
ことわざのように「3人目(のケガ人)」にならないように、マイヨジョーヌの着用拒否に踏み切ったと考えられます。結果的に、フルームは総合優勝だけでなく山岳賞(マイヨアポワ)も獲得しました。ブラボ!
“元祖”は世界王者のアルカンシエル
今年のツールは呪われたジャージがもう一つありました。それはポイント賞のマイヨヴェールです。

2012年から4年連続でこのジャージを手に入れたのはイタリア人が愛してやまないペテル・サガン(スロバキア、ティンコフ・サクソ)です。しかし、サガンはツール以外のレースに勝っても、マイヨヴェールを獲得しても、昨年からツールのステージ優勝を一度も果たしていません。今年はなんと、ステージ2位が5回ありました。
しかし、サガンはあまり気にしていない様子。彼が目指すのが、エリック・ツァベル(ドイツ)の6大会連続マイヨヴェール獲得を超えることでしょう。
秋に開催されるUCIロード世界選手権。各国のプライドがぶつかり、世界一強いチャンピオンが選ばれるこの大会は、今年はアメリカで開催されます。そのシンボルはマイヨアルカンシエル。しかし、このジャージこそ一番呪われ、獲得した選手には翌年にさまざまな災いが襲うとうわさされています。体調が優れなかったり、落車をしたり、重要な場面でメカトラブルにあったりと、優勝を逃すことが多く、例外もありますがとにかく悪いことが続くというジンクスがあります。

近年ではアレッサンドロ・バッラン(イタリア)、カデル・エヴァンス(オーストラリア)、マーク・カヴェンディッシュ(イギリス、エティックス・クイックステップ)、トル・フスホフト(ノルウェー)らは優勝の翌年に厳しいシーズンを過ごしました。2013年に優勝したルイ・コスタ(ポルトガル、ランプレ・メリダ)は翌年ツール・ド・スイスで総合優勝、2014年のミハウ・クフィアトコフスキー(ポーランド、エティックス・クイックステップ)もアルデンヌクラシックのアムステルゴールドレースで優勝して以降、不調に陥っています。
テニスやサッカーはジンクスが多い
さて、他競技の選手はどのように災いを乗り越えようとしているのか、色々調べてみました。自転車競技より、テニスとサッカーにジンクスを信じる人が多いことに驚きました。その一部を紹介します。

テニスのラファエル・ナダル(スペイン)は、水分補給用のミネラルウォーターボトルのラベルが、全てコート側に向くようにしています。さらにソックスの長さは靴から15cmの高さにして、スポンサーのロゴが地面とまっすぐに並ぶように調整をするそうです。
サッカー界では、イタリアでは13番と17番の背番号は不吉だとされ、着用したいイタリア人は一人もいません。迷信深い人は、ジャージの裏に赤い角の刺繍を入れてもらう。勝負パンツに勝運を託す人も少なくありません。
著名人の奇怪な迷信も面白い。デイヴィッド・ベッカム(イングランド)は奇数が大嫌いのようです。冷蔵庫に入るビールも、タトゥーの数も、偶数にするようにこだわっています(ジャージの背番号はなぜか奇数が多いですが)
元イタリア代表監督のジョヴァンニ・トラパットーニと、サッカー界の大スターであり異端児でもあるディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)も聖水の力を信じていて、大会前には必ずフィールドの上に聖水をかけます。
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私個人はといえば、不吉の究極のシンボルである黒猫を見つけると、自転車を止めてなでなでします。不思議に事故なし! やはり不吉なことと優しく接することで、救われるのかな?
文 マルコ・ファヴァロ

イタリア語講師。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会で、自転車にまつわるイタリア語講座「In Bici」(インビーチ)を担当する。サイクルジャージブランド「カペルミュール」のモデルや、Jスポーツへ「ジロ・デ・イタリア」の情報提供なども行なう。東京都在住。ブログ「チクリスタ・イン・ジャッポーネ」