飯島美和のフォーカス・ツール2015<5>勝利ではない偉大な記録 アダム・ハンセン(ロット・ソウダル)

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 7月26日、朝から冷たい雨が降りしきっていたパリ・シャンゼリゼでツール・ド・フランス最終第21ステージが始まると、まるでグランドフィナーレを演出するかのように雨が上がり、凱旋門をバックに建つポディウムにはスポットライトのような陽光が射した。

 最終日のステージ優勝を果たしたアンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・ソウダル)を取り囲むカメラマンの人垣のなかから、かき分けるように出てきたチームメートのアダム・ハンセン(オーストラリア)。彼は勝者ではないが、この瞬間、偉業を成し遂げていた。

最終ステージのゴール後、チームバスに戻っていくアダム・ハンセン最終ステージのゴール後、チームバスに戻っていくアダム・ハンセン

脱臼で連続完走記録ストップを覚悟

 「鉄人」というニックネームを持つ彼は、2011年のブエルタ・ア・エスパーニャ以降、ジロ・デ・イタリア、そしてツールの各大会に毎年出場し続け、12大会連続のグランツール完走を果たした。しかも昨年のブエルタでは見事な逃げ切りでステージ優勝を飾ったのだから、まさに「鉄人」の名にふさわしい。

最終第21ステージの終盤、けがが痛むのか険しい表情のアダム・ハンセン(先頭から4人目)最終第21ステージの終盤、けがが痛むのか険しい表情のアダム・ハンセン(先頭から4人目)

 今年のツールでは有名選手、有力選手が落車や体調不良でリタイアしていったが、実はアダムも第8ステージで落車。右肩の脱臼という大けがを負っていたのだ。ここで連続完走記録が途切れてしまうことを覚悟するほどだったという。

 しかし翌日、チームタイムトライアル(TTT)の第9ステージで、彼はスタートラインに並んだ。「『TTTを走らずに帰るなんて絶対にできない』と思えたから、僕はラッキーだった。もしこの日が個人のロードレースだったら、一人で大きく遅れていて、心も折れてしまっていたと思う。でも正直、けがの状態は良くなかったよ」と、アダムはこの時のことを振り返った。

 アダムのバイクのトップチューブには「家を離れ36週間=252日=6048時間」と書かれたステッカーが貼られていたのだが、このTTTスタート前、自らはがした。「『記録は途絶えるかもしれない』と弱気になっていたよ。とにかくチームのためにTTTだけは走り切ってから考えよう思っていた」という。

 いつもファンに対しても、私たち取材陣に対してもフレンドリーすぎるほど優しい彼だが、さすがにこの頃は取材陣を避けるようになっていた。

アダム・ハンセンのバイクアダム・ハンセンのバイク
「家を離れ36週間=252日=6048時間」と書かれたステッカー「家を離れ36週間=252日=6048時間」と書かれたステッカー
アダム・ハンセンは自らレーサーシューズをプロデュースしているアダム・ハンセンは自らレーサーシューズをプロデュースしている

「みんなで作った記録だから」

 しかし、彼は走り続けた。翌日の休養日を挟み第10ステージのスタートラインにも並んだ。

 「なぜリタイアしないか? 今まで積み重ねてきた記録は僕だけのものじゃない。チームのものだから。ここまで12回もチャンスを与え続けてくれたチームと、理解してくれているチームメート、そして会えなくても待っていてくれる家族。みんなで作った記録だから、僕が痛みに耐えられないからって、やめるわけにはいかないんだ。まだ先は長いから、けがが良くなっていくかもしれないし。グランツールはそういうものだよ」

第16ステージの朝。元気を取り戻してきた第16ステージの朝。元気を取り戻してきた
リラックスした様子のアダム・ハンセンリラックスした様子のアダム・ハンセン

 そして、彼はシャンゼリゼでチームメートのステージ優勝のお膳立てという大きな仕事をしながら、グランツール12回連続完走という記録を残した。

レース後もいつもにこやかレース後もいつもにこやか

 カメラマンの人垣から出てきた彼とすれ違いざまに「おめでとう。記録達成ですね!」と声をかけると、彼は握手をしてくれながら「おめでとうは、チームメートのステージ優勝にね」とクシャっと笑った。

 表彰台に上る記録ではないが、称えられるべきこの偉大な記録は、きっと彼自身の力、そしてみんなの協力でこれからも伸びていくだろう。

(飯島美和)

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