山口和幸の「ツールに乾杯! 2015」<6>中央山塊の巡礼宿で過ごした厳かな晩餐 目指す聖地は花の都パリ・シャンゼリゼ

  • 一覧
サンコムドルト村。12世紀に作られた町並みの中で今も村民が日々の生活を送る。いわゆる巡礼の宿場で、民宿もあるので機会があったら訪ねてみるのもいいかもサンコムドルト村。12世紀に作られた町並みの中で今も村民が日々の生活を送る。いわゆる巡礼の宿場で、民宿もあるので機会があったら訪ねてみるのもいいかも

 スペイン北西端にあるキリスト教の聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路はフランスに4ルートある。そのうちルピュイを出発地にするルートは、草木も生えぬ旧火山地帯の中央山塊を通過する難コースだ。フランスに現存する古文書にこのあたりの山が噴火したという記述はないが、そのもっと前には噴火を繰り返し、奇岩が林立する独特の景観を成形していったようだ。

 ロデーズにゴールした第13ステージは、ホテル予約サイトで格安の宿泊施設を見つけた。事前に「午後7時までに来てね」というメールをもらったので大急ぎで仕事を片付けてチェックインした。これまで見たこともないような立派な石造りの館で、中庭に面した一角には教会もある。ボクがあてがわれた部屋は三方に窓のある5人部屋で、ぜいたくにもシングルユースだった。

 これがいわゆる巡礼者のための宿だった。夕食はルパ(晩餐)と呼ばれ、並んでいると修道女がごちそうを盛りつけてくれる。長テーブルにみんなで座り、赤ワインのポットが回されてくる。「サンチャゴ・デ・コンポステーラに行くのかい?」と当然のように聞かれる。夏の強烈な太陽が山肌に消えると、庭園に出た巡礼者たちが輪になって賛美歌を歌っていた。

巡礼宿。門扉にあるのはサンチャゴ・デ・コンポステーラにいたる道の宿を取りまとめた協会のマーク。5人部屋で70ユーロ、夕朝食は合わせて17ユーロ巡礼宿。門扉にあるのはサンチャゴ・デ・コンポステーラにいたる道の宿を取りまとめた協会のマーク。5人部屋で70ユーロ、夕朝食は合わせて17ユーロ
修道女に盛りつけてもらった晩餐。スープがあるのがいかにも。このあと修道女たちと同じテーブルに座って食べる修道女に盛りつけてもらった晩餐。スープがあるのがいかにも。このあと修道女たちと同じテーブルに座って食べる

 翌日に中央山塊の激坂として知られるマンドを目指してクルマで走っているときは、バックパックに杖やステッキを持った巡礼者が野山を越えて点々と歩いていた。この暑さにもかかわらず、地平線まで続く木陰のない牧草地を。しかも隣町までは少なくとも20km以上ある。そんな大地を、信仰心がそうさせるのか、みな黙々と次を目指して歩いているのだ。

 それはまるで黎明期のツール・ド・フランスのようだ。各区間のことは英語でステージ、フランス語でエタップと呼ぶが、もとものこのエタップという単語は「宿場」を指すのである。東海道五十三次を旅した人たちと同じように、町から町へと自分の力で移動して、ゴールの町に宿泊するという原点は共通する。だからツール・ド・フランスはまさしく聖地巡礼の旅で、フランス文化の伝統やカトリック信者が多いこの国の宗教観を受け継ぐスポーツイベントとも言える。そういえばパリ~ダカールも似ているが、同じ組織が考えたものなのである。

世界で最も高いミヨー橋をくぐる選手たち。主塔の高さは343mというから東京タワーよりも高い ©ASO/B.Bade世界で最も高いミヨー橋をくぐる選手たち。主塔の高さは343mというから東京タワーよりも高い ©ASO/B.Bade

 今年の大会でも落車などのアクシデントがあったが、町から町へとぬうように走るレースだけに、郊外の一本道からいきなり市街地の狭い路地に飛び込んでくるのだから、落車が発生しても不思議ではない。「もっと安全性を優先した方がいいのでは」という意見もあるだろうが、やはりツール・ド・フランスの本質はコンペティションであると同時に興行だ。中心街の石畳の道をわざと通る。町の観衆のために目抜き通りを爆走させる。こうしてツール・ド・フランスの人気が確立されていったのだと思う。

 多少なりとも観衆はアクシデントにハラハラしたりのスリルを楽しむ。ちょうど高度成長期のプロレスみたいな感覚なのだと思う。それでも主催者は細心の注意を払って選手らの安全性を確保する。路面状態が悪いところは舗装させたり、危険な中央分離帯を工事で取り払ってしまったり。ワラを詰めた緩衝材を障害物の前に置いたりする。落車やリタイアあっての興行レースだが、できれば悲惨なアクシデントは見たくないものだ。

中央山塊はフランス第3の山岳地帯。火山活動によってできた岩山が多い ©ASO/B.Bade中央山塊はフランス第3の山岳地帯。火山活動によってできた岩山が多い ©ASO/B.Bade

 フランス第3の山岳地帯、中央山塊での戦い。5の倍数の年に採用されることが多いマンドは、短いが急勾配の坂にゴールする。距離3kmで、勾配は10%超。頂上は小さな飛行場で、最後の直線は滑走路だ。1995年の革命記念日にローラン・ジャラベールが優勝したのだが、それ以来ここは「ジャラベールの坂」という愛称で呼ばれている。2010年にはホアキン・ロドリゲスとアルベルト・コンタドールが一騎打ちを展開し、ロドリゲスが最後にアタックを仕掛けて優勝した。

 自転車に乗った巡礼者たちは灼熱の中央山塊を貫通し、息つくひまなく最後の勝負どころ、アルプスへ突入する。目指すのはサンチャゴ・デ・コンポステーラではなく、花の都パリ・シャンゼリゼだ。

山口和幸山口和幸(やまぐち・かずゆき)

ツール・ド・フランスをはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い続け、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、ナンバー、ターザン、YAHOO!などで執筆。国内で行われる自転車の国際大会では広報を担当。著書に「ツール・ド・フランス」(講談社現代新書)、「もっと知りたいツール・ド・フランス」(八重洲出版)など。

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。

関連記事

この記事のタグ

ツール・ド・フランス2015 ツール2015・コラム 山口和幸の「ツールに乾杯!」

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

  • タイム
    アルプデュエズ01 ディスク

    ディスクブレーキで伝統の走りを進化

  • リブ
    AVAIL ADVANCED

    走る好奇心を止めない リブの新型‟無敵”ロードバイク

  • インプレッション一覧へ

    連載