3シーズン目に賭ける女子トップレーサーより良い競技環境を求めてドイツを拠点に活動 萩原麻由子の欧州レポート<1>

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 イギリスの女子プロ・ロードレースチーム「ウィグル・ホンダ」に所属する萩原麻由子は、欧州で3シーズン目を迎えている。日本では最速を誇った萩原も、欧州1年目の2013年シーズンは現地になじむことさえ苦労した。昨シーズンはようやくチームの一員として役割を果たせる存在に。そして今季はより積極的にチームに貢献し、レーサーとして進化した姿を見せている。そんな萩原は、欧州でどんな風に暮らし、何を感じているのか。萩原本人による手記を短期連載でお届けする。

2015年5月31日、ベルギーで開かれた Gooik-Geraardsbergen-Gooik を走る萩原麻由子。このレースでは3位入賞した (Bart Hazen/ Wiggle Honda Photographer)2015年5月31日、ベルギーで開かれた Gooik-Geraardsbergen-Gooik を走る萩原麻由子。このレースでは3位入賞した ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling

◇         ◇

小さな村でホームステイ

 私は現在、イギリス籍のWiggle Honda Pro Team(ウィグル・ホンダ プロチーム)に所属しています。チームの拠点はベルギー。チームメイトの国籍はイギリス、オーストラリア、アメリカ、イタリア、フランス、スペイン、ベルギー、スウェーデン、日本と多国籍です。各国のナショナルチャンピオンはもちろん、元世界チャンピオン、トラック競技のオリンピック金メダリストといった強豪選手が多数在籍しています。

 このチームに所属し、今年で3年目を迎えています。私はまだ欧州のレースの経験値こそ浅いものの、年齢ではチームでトップ3に入ってくるようになりました。時間は無限ではないので、日々着実に進歩していけるよう精進していきたいと思っています。

 私が暮らしているのは、ドイツ西部、ラインラント・プファルツ州にある小さな町。ホームステイの形で滞在させてもらっています。ここに拠点を置いて2年目になります。

ドイツでホームステイしている住宅の庭先。とてもきれいな庭がお気に入りだというドイツでホームステイしている住宅の庭先。とてもきれいな庭がお気に入りだという

 1年目は、チームの拠点があるベルギーに滞在していましたが、どうしてもベルギーに馴染むことができず、また自分の得意分野でもある登りの練習ができる場所を探し求めて、当時巡り合ったドイツ人コーチの紹介でドイツ西部に移り住みました。ここには険しい山はありませんが、小さな丘が沢山ある地域です。

 また、シーズン中にレースのスケジュールが空いて、まとまった練習時間ができた時には、環境の良いイタリアを目指し、チームNIPPOの拠点にコンタクトを取って急きょ、練習させて頂いたこともありました。

 結果がすべてのプロの世界。置かれた環境の中で、どうしたら自分の良いコンディションを作ることができるのかを常に考え、最大限の準備を試みる日々です。

順応できなかった1年目

 欧州で迎えた2013年の1シーズン目は、全くまともに走れませんでした。レース数も距離も、日本にいた時と比べると大幅に増え、レベルも一気に上がりました。

 最初に暮らしたベルギーには山がなく、練習しやすい地域まで到達するのにとても時間がかかりました。今まで上りの練習でコンディションを作っていた私にとっては、何もかもが大きく異なり、順応するには困難を極めました。また、その地域は悪天候が多い事にも悩まされました。

 それでもレースはやってきます。

渡欧1年目の2013年春のレース。この頃はヨーロッパのレースや生活になかなか順応できなかった渡欧1年目の2013年春のレース。この頃はヨーロッパのレースや生活になかなか順応できなかった ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling

 1年目の春、上りのレースで完走できなかったことがあり、チームの監督とマネジャーから「上りが得意と言っていたのに、どうしてそんなに走れないんだ」と言われました。この時、「ああ、もう6月(自由移籍可能時期)でクビになるんだ…」と絶望的な気分になったことを覚えています。

 当時は自分の気持ちを打ち明けて相談できるコーチもおらず、この落ち込んだコンディションをどうしたらよいのか分からないでいました。しかしマネジャー達が、練習へ連れ出してくれたり、雨の多いベルギーで室内練習のメニューを示してくれたり、近所の小さい坂を教えてくれたりと、私のトレーニングを色々サポートすることで、立ち直るチャンスを与えてくれました。

2013年7月のジロ・ローザ。チームに溶け込むきっかけをつかめた2013年7月のジロ・ローザ。チームに溶け込むきっかけをつかめた ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling

 その夏、補欠繰り上げで急きょ参戦した「ジロ・ローザ」(女性版ジロ・デ・イタリア)を走り終えた時、マネジャーが「良くここまでコンディションを上げられた。これから欧州でプロとしてやっていくのなら、自分の長所を生かすために最大限の準備ができる環境を、欧州全土で探しなさい。良いコンディションを作ってレースに参加することが、あなたの仕事です」と言われました。

アメリカ遠征の思い出の写真(チームメイトのジョルジア・ブロンジーニのinstagram より)アメリカ遠征の思い出の写真(チームメイトのジョルジア・ブロンジーニのinstagram より)

 同じく欧州から遠く離れたオーストラリアからやってきて、かつてトップ選手として活躍していたマネジャーの言葉は、私の思考に鋭く刻み込まれました。

 またチームメイトでキャプテンのジョルジア・ブロンジーニは、例えレース前にコンディションを落としていても、レースには体調をバッチリ合わせてきます。ちょっとした風邪程度なら、レースを走りながら治していきます。私は彼女の姿を目の当たりにして、「これがプロフェッショナルなのだな」と感じ、自分がどうあるべきかも学びました。

 それから、自分が過ごす環境をチームの拠点のあるベルギーだけに留めるのではなく、欧州全土で探してみようと考え、行動に移しました。

コーチとの出会い 基本に忠実なアドバイス

 しかし、欧州で過ごしやすい環境を探すとひと口で言っても、日本人にとって容易なことではありません。

同じようにヨーロッパで活躍する新城幸也とレース前に健闘を誓い合った (photo/Bart Hazen)2015年3月22日、フランスで開かれた「ショレ=ペイ・ド・ロワール」で、同じようにヨーロッパで活躍する新城幸也とレース前に健闘を誓い合った ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling

 私は、かねてから交流のある方々を頼り、ベルギーで活動する橋川健さん(現CCT p/bチャンピオンシステム監督)、イタリアでチームNIPPOを率いる大門宏監督らに話しを聞いたり、NIPPOの拠点を訪ねて飛び込みで練習させてもらったりと、思いつく範囲と期間の中で最大限、自分に合う環境を探しました。

 また、欧州でのレース活動について基本から学びたいと思い、コーチを探し始めました。探しているうちに巡り合ったヨッヘン・ドルンブッシュコーチにコンタクトをとり、無事に受け入れてもらうことになり、昨シーズンからコーチの指導のもとで活動しています。

 ドルンブッシュ氏はドイツ出身で、過去長年に渡り女子のドイツ代表チームの監督を務め、女子自転車界で経験や人脈が豊富な名コーチです。香港、ロシア、アメリカでも代表監督を務めた経歴があります。

 コーチには、常に基本に忠実な練習アドバイスをもらっています。あまりにも基本的なので、「もっと専門的なトレーニングを教えてほしい」と何度か質問した事がありましたが、そのたびに「家を建てる時に何から作る? 土台だろ! 土台なくして家は建たない。基礎は土台。基礎がないと何もならん!」との教えを受けました。そして、「人間、一気には強くならない。だから今はとにかく基盤づくりにいそしむべし。練習はコンビネーションだが、基本が最も大事」とも指導されました。

2014年のジロ・ローザ第3ステージ、3位でゴールした (photo/Bart Hazen)2014年のジロ・ローザ第3ステージ、3位でゴールした ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling
2014年ジロ・ローザ第3ステージで表彰台に上った萩原麻由子(右) (photo/Bart Hazen)2014年ジロ・ローザ第3ステージで表彰台に上った萩原麻由子(右) ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling

 この方法が私に合ったのか、徐々にレースで結果が出始めました。結果=良いリザルト、とは直結しませんが、レースの中でチームから決められた自分の役割を徐々に果たせるようになっていきました。

 よく先走った考え方をしてしまう私ですが、その都度、冷静なアドバイスをくれるコーチには感謝しています。基本を大事にするという教えは、これまで日本の恩師達からも常に言われてきた事でした。大事な事は全世界共通なのだなと実感しました。

信頼できる協力者に感謝の日々

チームはコルナゴのバイクを使用しているチームはコルナゴのバイクを使用している ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling

 また、現在ホームステイをしているドイツの家族も大変よくしてくれて、何か問題が起きた時も解決への手助けをしてくれることに、非常に感謝しています。

 日本の社会とはまったく異なる社会の中でプロレーサーという仕事を果たしていくためには、自分の近くに信頼できる協力者がいることがとても大事なんだと知りました。

 もちろん、いつ何時でも私を支えてくれている日本の家族の存在も、大きいです。

レース前のひとコマ。ウェアは公式サプライヤーであるdhbの製品を着用レース前のひとコマ。ウェアは公式サプライヤーであるdhbの製品を着用 ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling

 こうしてたくさんの現地の方々、日本の方々にお力を借りて、今日も競技を続けていられることには、感謝の気持ちしかありません。欧州生活3年目、まだまだ完璧ではありませんが、徐々に自分にとってより良い環境を築き、強い選手になれるよう努力していきます。

「ノー」と言うことの大切さ

 ドイツでの生活は、言葉はもちろん食事、常識、生活習慣、人々の性格に至るまで、日本とは大きく異なります。

 ただ、ドイツは欧州の中でも規則や時間に厳しく、そういう面は日本に近いものがあり、幾分やりやすさも感じています。しかし、人々はとにかく自己主張が強く、日本では頑固といわれる私でさえ驚くほどの頑固さを感じる土地柄でもあります。

 またここ欧州には「察する」という言葉は存在せず、発言しなかったものは存在しないものとみなされます。イエスかノーか、どっちなんだ!と言われる事もあります。

 本当はノーだけどそう言うことができず、自分の率直な意見よりも全体のバランスを見てしまう。これは日本人の特有の文化と気づきました。向こうの人に言わせれば、日本人は時に何を考えているのか分からないのかもしれません。

2015年6月7日、アメリカ・フィラデルフィアで開かれたW杯を走る萩原麻由子 (photo/Bart Hazen)2015年6月7日、アメリカ・フィラデルフィアで開かれたW杯を走る萩原麻由子 ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling

 そしてもう一つ、一度重大な事件が起きた時に「あなたはNOと言う事を学びなさい。これはサイクリング(選手生活)を終えた後でも、あなたの今後人生でとても重要なこと」と教えられたことがありました。

 自分が不利な状況にある時、またノーと言うことで大きなものを失いかねない時、それでも自分の主張を通してノーと言うことは容易ではありません。

 しかしそれをイエスと言い、その後の自分に降りかかってくるものの大きさも知りました。

結局、人間は慣れの生き物

 欧州では常に自分の意見を明確に持ち、主張することの大切さを痛感します。特に私のようにおとなしい性格の人間は、主張することを意図して、トレーニングのように実践していかないとできないことだと思いました。

現地でファンからサインを求められる機会も増えた現地でファンからサインを求められる機会も増えた ©Bart Hazen/Wiggle Honda Pro Cycling

 そういう面でも、現地の家族と生活を共にし、欧州の文化や習慣を学べる環境が、自分を支えてくれていると感じます。

 あと、いまは英語で生活をしているため、現地の言葉を習得し、より現地に根付いた暮らしをしたいと思っています。

 ドイツでの食生活は肉が中心。私はたいてい何でも美味しく食べられるタイプなので、今ではドイツの食生活にも慣れました。でも、たまにどうしようもなく魚が恋しくなることがあります。納豆、味噌汁、緑茶も、いつになっても恋しい思いは変わりません。

 でもオフシーズンに日本へ戻ると、逆にドイツのパン、ミューズリー、ハム、ソーセージ、ビールなどが恋しいなと思うようにもなってきました。結局、人間は慣れの生き物なのだなと、つくづく痛感するのであります。

【取材協力:dhb 】

<2>多くの人に支えられて日本へ単身“遠征” 

萩原麻由子萩原麻由子(はぎわら・まゆこ)

1986年、群馬県生まれ。県立伊勢崎女子高校在学中にアジア選手権ロード・ジュニア優勝。2005年に鹿屋体育大学に進み、ジャパンカップ・オープン女子優勝、アジア大会ロードレース優勝、全日本個人タイムトライアル優勝など数々の実績を挙げる。2009年よりサイクルベースあさひに所属し、全日本選手権ロード優勝、ロンドンオリンピック出場。2013年シーズンよりウィグル・ホンダに所属。

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