室内の土間で保管やメンテナンスOKビルの一室を改装した「自転車と暮らすチンタイ」 サイクリストの建築士が設計

  • 一覧

 どこか昭和の雰囲気が漂う大阪・上本町の雑居ビル「プラスビル」に、「自転車と暮らすチンタイ」をテーマにした部屋ができた。築45年の建物の一室を改装し、室内で自転車を保管、メンテナンスできるような空間に作り変えた。設計したのは自転車が大好きな若き建築士、下田佑樹さんだ。 (レポート 岡田由佳子)

プラスビルにできた「自転車と暮らすチンタイ」をテーマにした一室。改装前の木材が再利用され、和室の名残を感じられるプラスビルにできた「自転車と暮らすチンタイ」をテーマにした一室。改装前の木材が再利用され、和室の名残を感じられる

作業しやすい広い土間と自由に飾れる壁

 改装前の部屋は、6畳+4畳の和室+台所という間取りだった。生活感や落ち着きのある空間ではあったが、室内を隔てている壁のせいで暗がりができ、閉塞感があった。

 下田さんは「壁を取り払うだけで良い部屋になる」と確信し、設計から施工まで一から挑戦。その結果、下田さんらしい気遣いあふれる住まいができあがった。

ドアを開けると、スムーズに自転車を置け、そのままメンテナンスもできるスペースが確保された土間が広がる。泥汚れが落ちても目立たない黒い色の床にしたドアを開けると、スムーズに自転車を置け、そのままメンテナンスもできるスペースが確保された土間が広がる。泥汚れが落ちても目立たない黒い色の床にした
土間のすぐそばの壁には工具をかけるスペース土間のすぐそばの壁には工具をかけるスペース

 ドアを開けると十分なスペースが確保された土間が現れ、スムーズに自転車を持ち込むことができ、そこでメンテナンス作業も行える。泥汚れが落ちても目立たないように、黒い色の床が施された。

どこか懐かしく、自然体でぬくもりのある雰囲気どこか懐かしく、自然体でぬくもりのある雰囲気

 壁はベニヤ板で作っているため、釘やネジをどこにでも自由に打っていい。絵を飾ったり、自転車の壁掛けスタンドを取り付けたりもできる。

 もともとあった押し入れやふすまの枠、棚などは色を変えたが、一方で鴨居や長押など和室の木材は少し工夫してそのまま使用。従来の住まいの名残を感じられるようにした。台所の吊戸棚は既存の設備を塗り直しただけだ。どこか懐かしく、自然体でぬくもりのある雰囲気。昔と今が優しく温かく交差しているようなインテリアは、この部屋のもう一つの特徴となっている。

下田さんが設計を手がけた部屋の見取り図下田さんが設計を手がけた部屋の見取り図
エアコンはデザインにこだわり、天井に隠しているエアコンはデザインにこだわり、天井に隠している
床下にも電気配線が埋め込まれている。自宅や事務所として自由にカスタムできる床下にも電気配線が埋め込まれている。自宅や事務所として自由にカスタムできる

 「自転車と暮らすチンタイ」に改装されたのは、プラスビルの中でも一室だけだが、下田さんの思いが詰まった作品となった。

自転車が下田さんのルーツ

 プラスビルが建つ1970年より以前、ここには木造二階建ての建物があり、下田さんの祖父が「プリンス自転車製作所」という自転車の卸業を営んでいた。自転車は下田さんのルーツなのだ。

 だから、下田さんは小さいころから自転車が大好きだった。両親に自転車をねだったが買ってもらえなかったため、中学時代は親戚からボロボロになった自転車をもらって、見よう見まねで修理していた。

「プリンス自転車製作所」で作成していたギアクランク「プリンス自転車製作所」で作成していたギアクランク
プリンス自転車製作所プリンス自転車製作所

 高校生になると茨木市にある自転車店「茨木サイクル」でアルバイトをして、自転車のパンクを修理したりカゴの取り付けをしたりと整備を学んだ。また、たまにスポーツバイクをいじったりもした。

内覧の来場者に説明をする下田佑樹さん(右)内覧の来場者に説明をする下田佑樹さん(右)

 やがて東京理科大学の建築学科に進学したが、そこで下田さんは大きな壁にぶち当たった。

 「建築は自分の軸となるものをしっかり築いていなければならない。それを見つける講義で、自分と向き合えば向き合うほど、自分が何者なのか分からず、とても空虚な存在に思えてしまった。自分自身を見つけられなかった」

思い描いていた部屋のデザイン画。ほぼ実現できたという思い描いていた部屋のデザイン画。ほぼ実現できたという

 大学を2年で中退し、大阪に帰るとしばらく休養した。そんな中、大阪市のスポーツサイクル店「ウエムラサイクルパーツ」でアルバイトとして働き、クラブチームの走行会に参加し、ロードバイクに夢中になった。本格なにレースにも出場し、ツール・ド・沖縄を完走するなどして、心も体も元気になっていったそうだ。

 その後、建築を勉強し直そうと大阪工業技術専門学校の建築設計学科に入学。学校とアルバイトに明け暮れる一方で、常に自分探しをしていた。

 そんななか、自転車レースの練習や走行会をともにしていた仲間で、あさひレーシングに所属していた女子ロードレーサー、山島由香さんが2010年に急性骨髄性白血病で亡くなった。日本を代表する女子レーサーであり、下田さんは「ヤマシー」と呼んで親しんでいた。

2015年4月の「御堂筋サイクルピクニック」で婚約を発表し、ウェディングランを行った下田佑樹さんと渡辺尚美さん2015年4月の「御堂筋サイクルピクニック」で婚約を発表し、ウェディングランを行った下田佑樹さんと渡辺尚美さん

 下田さんは「あまりに突然で驚いて、今まで当たり前と思っていた事が急に当たり前でなくなる怖さを知った。自分の目の前にある課題、仕事、人間関係をありがたく思うようになった。そして『ヤマシーの分まで生きなければ!』と思い、学校の設計の課題に打ち込んだ」と当時を振り返る。

 2012年3月に卒業し、今年念願の2級建築士の資格を取得した。2015年には長年交際していた渡辺尚美さんとの結婚を決めた。

部屋の“味”を引き継いで欲しい

壁はベニヤ板で作っているため、釘もネジもどこでも自由に打っていい。壁に絵を飾ったり、自転車が好きな人はスタンドを取り付けたりできる。青いフレームは下田さんがレストアして塗装した壁はベニヤ板で作っているため、釘もネジもどこでも自由に打っていい。壁に絵を飾ったり、自転車が好きな人はスタンドを取り付けたりできる。青いフレームは下田さんがレストアして塗装した

 新居として賃貸住宅を探すなか、借りる立場になって初めて見えてきたものがあった。「不動産会社や大家さんの都合で部屋が作られていることに対し、入居者目線でカスタマイズできる物件を、せめて自分の持つビルでだけでも実現したくなった」と振り返る下田さん。自分の作りたい賃貸の理想が分かってきたちょうどそのころ、プラスビルの中で竣工当時から改装されていない部屋が空室になり、下田さんが改装を手がけることになった。

 賃貸ではあるが、下田さんは住む人に“いい味”を残してもらいたいと考えている。「自転車をレストアして大切に使い、メンテナンスすることで、モノを大切にすること、引き継いでいくことを教わった。モノと向き合うことで、作り手や関わった人の思いやものづくりの哲学を感じ取れる」。部屋の歴史や生活感が引き継がれていくことが、下田さんの願いだ。

フレームやパーツ、工具を広げた作業スペースフレームやパーツ、工具を広げた作業スペース
下田さん愛用の皮製サドル。最初は硬くて痛かったが、10年使って手放せなくなった。時間をかけて育てていくことを教わった下田さん愛用の皮製サドル。最初は硬くて痛かったが、10年使って手放せなくなった。時間をかけて育てていくことを教わった

 プラスビルの「自転車と暮らすチンタイ」はすでに入居者が決まっているが、下田さんはチャンスがあれば今後も自転車と暮らす部屋を手がけたいという。「ものの価値を掘り下げ、楽しんだり苦しんだりしながら再発信することが、僕のライフワーク。自転車に乗るのと同じように、人間としての感性が豊かに磨かれるような部屋を作りたい」と、下田さんはこれからの目標を語った。

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。
  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

  • タイム
    アルプデュエズ01 ディスク

    ディスクブレーキで伝統の走りを進化

  • リブ
    AVAIL ADVANCED

    走る好奇心を止めない リブの新型‟無敵”ロードバイク

  • インプレッション一覧へ

    連載