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福光俊介の「週刊サイクルワールド」<98>勝負を制する強さと優れた人間性 “レース中止”でカンチェッラーラが見せたリーダーシップ

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 サイクルロードレースの世界は、時に「ファミリー」と形容されることがあります。特にトップシーンにおいては、多くのライダーを主導するリーダーが必ず存在します。2月17日から22日まで開催されたツアー・オブ・オマーンでは、ファビアン・カンチェッラーラ(スイス、トレック ファクトリーレーシング)がリーダーシップを発揮し、過酷なコンディションでのレースを中止させました。今回はプロトンの中心に立つ人物に着目し、彼らがもつ能力や素養に迫ります。

ツアー・オブ・オマーンの第5ステージで気温の高さを理由に、主催者にレース中止を訴えるファビアン・カンチェッラーラツアー・オブ・オマーンの第5ステージで気温の高さを理由に、主催者にレース中止を訴えるファビアン・カンチェッラーラ

選手たちが話し合いレースのキャンセルを決断

 ドバイ・ツアー、ツアー・オブ・カタールと、2月上旬から続く中東でのステージレースは、ツアー・オブ・オマーンで締めくくりとなる。スプリント・山岳ステージがそろい、グランツールやクラシックを見据える選手たちが集結した。

スタート前には視界を遮り、フェンスを飛ばすほどの砂嵐が発生スタート前には視界を遮り、フェンスを飛ばすほどの砂嵐が発生

 順調に進行していたレースは、21日の第5ステージでトラブルが起きた。コース脇のフェンスが飛ばされるほどの砂嵐が、スタート前から吹き荒れた。さらには気温が40℃を超えるという、この時期にしては過酷なコンディション。前日のクイーンステージに続き、数カ所の山岳ポイントが設けられた勝負どころとなるステージだったが、危険を回避するためにコースの短縮が決定された。

 そんななか、スタートを切った一行にさらなるトラブルが待ち受けていた。正式スタート前のニュートラルゾーンで、バルディアーニ・CSFの4選手がほぼ同時にパンクしたのだ。レースの勝負どころなら、ピーク時には時速100kmを超えることもある下り坂で起こった出来事だったため、選手間でこの日のレースを危ぶむ声が出始めた。そして、メーン集団は自発的にレースをストップさせた。

 ここで選手の代表としてレースディレクターのもとに向かったのはカンチェッラーラだった。トム・ボーネン(ベルギー、エティックス・クイックステップ)、フィリッポ・ポッツァート(イタリア、ランプレ・メリダ)、ヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、アスタナ プロチーム)らが、チームの代表としてカンチェッラーラと話し合った後、ステージのキャンセルを申し入れることを決めたのだ。

主催者に抗議するファビアン・カンチェッラーラ(左)主催者に抗議するファビアン・カンチェッラーラ(左)

 このレースのアンバサダーであるエディ・メルクス氏は、その後、メディアの取材に対し「選手の安全を最優先する」とのコメントを残しているが、実際はレース続行を望み、カンチェッラーラらと激しく意見をぶつけていたようだ。また、個人総合成績での逆転を狙っていたティージェイ・ヴァンガードレン(アメリカ、BMCレーシングチーム)や、アレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター チーム)もレース続行を希望し、キャンセルを望んだ選手たちと口論になっていたという。

レースが中止され、ゆっくりとフィニッシュラインを通過するプロトンレースが中止され、ゆっくりとフィニッシュラインを通過するプロトン

 こうした経緯を受け、メルクス氏やオマーン・スポーツ大臣ら主催者側は、来年以降のレース続行に向けた活動を進めると同時に、このキャンセルに関連した選手の所属チームを今後招待しない可能性を示唆。当面は波紋を呼ぶ一件となりそうだ。

 後味の悪さが残った感は否めないが、選手たちは自ら話し合いの場を設け、最終的な中止決定に持ち込んだ。選手間、または選手と役員とがスタート前やレース途中に意見をかわし、中止やノーコンテストといった方向性を見出す姿勢は、他の競技ではあまり見られない、サイクルロードレースならではの行為といえるだろう。

リーダーの素養は強さだけではない

2010年のツール・ド・フランス第2ステージ。マイヨジョーヌを着たファビアン・カンチェッラーラがコースの危険性を訴え、メーン集団はニュートラルになった2010年のツール・ド・フランス第2ステージ。マイヨジョーヌを着たファビアン・カンチェッラーラがコースの危険性を訴え、メーン集団はニュートラルになった

 オマーンの一件においては、カンチェッラーラがプロトンのリーダーとして振る舞った。そこで思い出されるのは、2010年ツール・ド・フランスの第2ステージ。下りで落車が頻発したため、コースの危険性を訴えたカンチェッラーラが他選手や競技役員と話し合い、メーン集団のニュートラル走行を決定。序盤から逃げていた選手にのみ「レースすること」を許し、集団からのアタックやゴールスプリントは一切行わないことを選手間で申し合わせた。

 彼がプロトンの中心として絶対的な発言力を有することは、選手や関係者はもちろん、日頃レースを追っているファンであれば多くの人が理解している現実だ。

 言葉や行動で選手たちをまとめあげる立場となるには、ただただビッグレースでの勝利が多ければ良いというわけではない。もちろん、レースを制する強さが1つの条件であることは確かだが、当然、その他の要素も必要となってくる。

 カンチェッラーラの場合、チームリーダーとしての自覚や、優れた人間性が常に評価され、強いキャプテンシーに結びついてきた。プロになってすぐに結果を残してきたこともあわせ、他者からリスペクトされるに相応しい人物であることが、プロトンのリーダーの素養だと言えよう。

 また、ボーネンやポッツァートらも同様だ。彼らの一声によって、集団の動きが決まることもあるほど、その発言力と存在感は大きい。オマーンでは、ニバリやロマン・クロイツィゲル(チェコ、ティンコフ・サクソ)、ホアキン・ロドリゲス(スペイン、チーム カチューシャ)らも話し合いの中心に立った。彼らに共通するのは、誰かに頼る身ではなく、多くの選手に頼られる人物であることだ。

ファビアン・カンチェッラーラをはじめ、各チームの中心選手たちが話し合いを行った(ツアー・オブ・オマーン2015第5ステージ)ファビアン・カンチェッラーラをはじめ、各チームの中心選手たちが話し合いを行った(ツアー・オブ・オマーン2015第5ステージ)

 かつては、メルクス氏やベルナール・イノー氏らがその役割を担っていた。集団内での規律を重視し、それを無視しようものなら全力で潰しにいったことさえあるという。そうした姿で恐れられた一方、実力と発言力、そして人間性で多くのリスペクトを獲得していたのである。

 いわば孤高の存在であり、自他への妥協を許さない姿勢こそが、プロトンのリーダーに求められる素養なのだ。

未来の“プロトンの番人”は彼らだ!

 ここからは、若手や中堅ライダーのなかから“プロトンの番人”候補をピックアップしていきたい。あくまでも筆者の私見であり、これまでの実績や将来性、希望的観測に基づくチョイスであることをお断りしておく。みなさんもぜひこの機会に、プロトンのリーダーとなるであろうライダーをチェックしてほしい。

■ヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、アスタナ プロチーム)

レースのアンバサダー、エディ・メルクス氏(右)と話すヴィンチェンツォ・ニバリ(ツアー・オブ・オマーン2015第5ステージ)レースのアンバサダー、エディ・メルクス氏(右)と話すヴィンチェンツォ・ニバリ(ツアー・オブ・オマーン2015第5ステージ)

 30歳にして3大ツール全制覇の偉業を達成。プロキャリア11年と、実績は申し分なし。オマーンでは、チームの代表として選手間の意見集約に貢献。昨年のツールでも、マイヨジョーヌを着用する立場として、メーン集団の統率を図るシーンが見られた。

■テイラー・フィニー(アメリカ、BMCレーシングチーム)

 昨年5月のアメリカ選手権ロードでの落車負傷で戦線離脱中。今年25歳と若く、将来は北のクラシックやタイムトライアルで頂点に立つ存在と言われる。ユーモアセンスにも富み、その明るい人格で多くの選手に慕われること間違いなし。

■マーク・カヴェンディッシュ(イギリス、エティックス・クイックステップ)

 以前は奔放な発言で周囲を惑わせることも多かったが、年齢を重ね落ち着いた印象がある。現役当時“会長”と呼ばれたロビー・マキュアン氏と同様に、グランツールの山岳ステージにおけるグルペット指揮の経験は豊富だ。

■ミハウ・クフィアトコフスキー(ポーランド、エティックス・クイックステップ)

 24歳の若き世界チャンピオンは、その謙虚さで徐々にリスペクトを集めている。昨年の世界選手権では彼の勝利に向けてアシスト陣が全力で走るなど、国内では英雄視される存在。

■アルノー・デマール(フランス、エフデジ)

 1歳年上のスプリンター、ナセル・ブアニ(フランス、現コフィディス ソリュシオンクレディ)と比較されることも多かったが、指導するマルク・マディオ氏がチームに残すべく選んだのはデマール。その理由は、やはり人間性との見方が強い。

■マルセル・キッテル(ドイツ、チーム ジャイアント・アルペシン)

 他を寄せ付けないゴール前の強さで勝利を量産。実力とともに、大きな体躯、独特のヘアスタイルで存在感を強めている。カヴェンディッシュ同様、グルペット指揮の実績を積んでいる段階。最近は競技のクリーン化に対する意欲の高さも見せる。

■ペテル・サガン(スロバキア、ティンコフ・サクソ)

 春のクラシックシーズンになると思い出されるのが、表彰式でのポディウムガールへのヒップタッチ事件。“やんちゃ小僧”のイメージが強かった彼も25歳に。プロキャリア初の移籍は、人間的な成長につながるはずだ。筆者の期待値込みのリストアップ。

今週の爆走ライダー-サム・ベネット(アイルランド、ボーラ・アルゴン18)

「爆走ライダー」とは…

1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。

 スプリンターやクラシックハンターがシーズン初戦に選ぶことの多いツアー・オブ・カタール。首都ドーハにゴールする恒例の最終ステージは、しばしば新鋭が制することもあり、絶好のアピールの場となっている。今年はプロ2年目のベネットが勝利。抜群の切れ味で、シーズン序盤に好調のアンドレア・グアルディーニ(イタリア、アスタナ プロチーム)や、サガンといったビッグネームを撃破した。

ツアー・オブ・カタール第6ステージで有力選手とのスプリントを制したサム・ベネットツアー・オブ・カタール第6ステージで有力選手とのスプリントを制したサム・ベネット

 2013年のツアー・オブ・ブリテン第5ステージで勝利し、一躍脚光を浴びると、すぐにプロチームからのオファーが届いた。彼が選んだのは、当時チーム ネットアップ・エンデューラとして活動していた現チーム。スプリンター獲得を狙っていたチームにとって、願ってもない人材の獲得となった。その期待に応え、昨春は3勝を挙げた。

 カタールでのステージ優勝は、チームにとって新スポンサー獲得後初めてとなるメモリアルな勝利でもあった。そして彼にとっても、チームの出場が決まっているツール・ド・フランスのメンバー入りが、早くも現実味を帯び始めている。

 昨年のツールは出場を熱望したものの、チームの若手育成方針によりメンバー入りが叶わず。活躍の場を欲してきた彼にとって、今回の勝利は何よりのアピール材料となるだろう。

 続くツアー・オブ・オマーンでは勝つことができなかったが、今後はチームの主力としてビッグレースに臨むことも多くなるはずだ。スプリントステージで、黒基調のジャージが弾丸のごとく加速していれば、それはきっと彼に違いない。

 サム・ベネット。2015年ブレイク間違いなしのスプリンターとして、ぜひ覚えておいてほしい。

文 福光俊介・写真 砂田弓弦

福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、気がつけばテレビやインターネットを介して観戦できるロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。2011年、ツール・ド・フランス観戦へ実際に赴いた際の興奮が忘れられず、自身もロードバイク乗りになる。自転車情報のFacebookページ「suke’s cycling world」も充実。本業は「ワイヤーママ徳島版」編集長。

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