【Teamユキヤ通信】アジア選手権個人ロードレース銅メダルの内間康平をアシストした新城幸也 悔しさにじませ「オリンピックにつなげたい」

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 アジア自転車競技選手権大会の個人ロードレース・男子エリートが2月12日、タイのナコンラチャシマ周回コースで行われ、日本ナショナルチームは現日本チャンピオンの佐野淳哉(那須ブラーゼン)をはじめ、アジアのレースで優勝経験のある中島康晴(愛三工業レーシングチーム)、内間康平(ブリヂストンアンカー サイクリングチーム)、そして新城幸也(チームヨーロッパカー)の4人が出場した。 (レポート 飯島美和)

スタートラインに並ぶ日本代表選手たち(左から)佐野淳哉、新城幸也、中島康晴、内間康平 (Photo: Miwa IIJIMA)スタートラインに並ぶ日本代表選手たち(左から)佐野淳哉、新城幸也、中島康晴、内間康平 (Photo: Miwa IIJIMA)

 新城が他チームからマークされることを想定し、日本チームのうち誰かが勝てる展開にすることが最大のポイントだった。レースは市街地に設けられた一周8kmの平坦コースを16周回。真昼の気温の上昇を考慮し夜8時にスタートするナイトレースだ。

 序盤から各国のアタック合戦が展開されるなか、イランのベテラン選手、ホセイン・アスカリが1人で飛び出し、レース前半は独走。すると後続集団から内間らが追走を始め、アスカリに追いつき10人の先頭集団が形成された。

追走集団で連携する新城幸也(左)と中島康晴 ©JCF / 中村賢二追走集団で連携する新城幸也(左)と中島康晴 ©JCF / 中村賢二

 フラットなコースで折り返しも多く、逃げている選手と後続集団はすれ違う形でタイム差を確認できる。そのためメーン集団から新たに追走集団が形成され、その中に新城と中島が入った。残り60kmほどで先頭集団と、新城ら13人の追走集団の差は40秒ほどとなった。

 この時点で新城は積極的に追走しながら、先頭集団の内間に「よく休んで勝ちを狙え」と指示を出していた。先頭10人のうちイラン勢は2人と有利な状況だったが、実力のある新城が追いかけることにより、他チームは逃げるために体力を消耗し、新城の合流を待つ内間は休めるという戦略だ。

先頭集団にブリッジをかける新城幸也 ©JCF / 中村賢二先頭集団にブリッジをかける新城幸也 ©JCF / 中村賢二

 残り3周に入って先頭集団のペースが落ちた隙をついて、新城は単独で先頭に追い付くことを試みてブリッジをかけた。するとUAEのユースフ・ミルザ アルハマディが合流。先頭10人の集団と新城ら2人は15秒差で、最終周回に入った。先頭集団からはアスカリがアタック。再び独走を始めた。

​先頭集団を追う新城 後ろには後続集団も見える (Photo: Miwa IIJIMA) 先頭集団を追う新城 後ろには後続集団も見える (Photo: Miwa IIJIMA)

 追走する新城はアルハマディの協力を得られないまま引き続け、ゴール手前5kmでようやく前の集団に追いついた。しかし、その前を独走していたアスカリが逃げ切って優勝。後続集団のゴールスプリントで2位に入ったのは新城と一緒に追いついたアルハマディで、内間は3位に入った。スプリントで内間をアシストした新城は10位でレースを終えた。新城はレース後、次のように語った。

ゴール後、悔しさがあふれ出す3位の内間康平(左)と新城幸也 (Photo: Miwa IIJIMA)ゴール後、悔しさがあふれ出す3位の内間康平(左)と新城幸也 (Photo: Miwa IIJIMA)

 「もっと早い段階で追いつきたかった。優勝したアスカリは強かったが、自分が引き連れていってしまった選手が2位に入っているのは悔しい。初戦なので、エンジンのかかりが遅かったね。最後は自分が追いつけば内間選手の手伝いができると思って、必死に追いついた。日本チームとしていい形はできていたので、またみんなでがんばって、来年のオリンピックに繋げたい」

 表彰式が終わったのは23時過ぎという、特殊なナイトレースで行われたアジア選手権ロードレース。翌日からは各カテゴリーの個人タイムトライアルが行われるが、新城は出場せず15日に帰国。すぐに渡仏し、ヨーロッパのレースへと向かう。

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