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福光俊介の「週刊サイクルワールド」<95>“Thanks Cadel” 引退レースを終えたカデル・エヴァンスの足跡と功績をたどる

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 南半球を中心に開幕したサイクルロードレースシーズン。ここで1人の名ライダーがキャリアを無事終えることとなりました。カデル・エヴァンス(オーストラリア、BMCレーシングチーム)。世界選手権、ツール・ド・フランスを制したオーストラリア史上最高のライダーは、多くの選手・ファンに称えられ「人生の第1章」を完結させました。そこで今回は、彼の長年のキャリアを振り返りながら、その功績を称えます。

悲願のツール総合優勝を手にしたカデル・エヴァンス(ツール・ド・フランス2011)<砂田弓弦撮影>悲願のツール総合優勝を手にしたカデル・エヴァンス(ツール・ド・フランス2011)<砂田弓弦撮影>

引退レースは大満足の5位

風光明媚なビクトリアン・ロードが舞台となったカデル・エヴァンス グレートオーシャンロードレース ©Tim De Waele風光明媚なビクトリアン・ロードが舞台となったカデル・エヴァンス グレートオーシャンロードレース ©Tim De Waele

 エヴァンスが引退レースに選んだのは、自身の名を冠した「カデル・エヴァンス グレートオーシャンロードレース」(2月1日、174km)。2010年に同国ジーロングで開催された世界選手権ロードレースのコースを一部採用し、さらには彼の自宅近くであるバーロン・ヘッズを通過するなど、オーストラリア大陸南端のビクトリア州の海沿いが舞台のレースとして初開催された。

 コース選定には彼も参加したが、自らが勝つためのレイアウトにはしなかった。上れるスプリンターやパンチャー向けのコースとなり、エヴァンスは優勝候補として同国のハインリヒ・ハウスラー(イアム サイクリング)を指名した。結果、優勝したのはハウスラーと似た脚質で上りに強いスプリンターのジャンニ・メールスマン(ベルギー、エティックス・クイックステップ)。初代王者に輝き、喜びを爆発させた。

チームはオーストラリア国旗をあしらった特別ジャージでレースに臨んだ ©Tim De Waeleチームはオーストラリア国旗をあしらった特別ジャージでレースに臨んだ ©Tim De Waele
カデル・エヴァンス グレートオーシャンロードレースは、ジャンニ・メールスマンが優勝し初代王者に ©Etixx - Quick-Step/Tim De Waeleカデル・エヴァンス グレートオーシャンロードレースは、ジャンニ・メールスマンが優勝し初代王者に ©Etixx - Quick-Step/Tim De Waele
エヴァンスの勝利を目指し、チーム一丸となってアシスト ©Tim De Waeleエヴァンスの勝利を目指し、チーム一丸となってアシスト ©Tim De Waele

 主役のエヴァンスはゴールスプリントに参加し5位。「信じられないほどアグレッシブなレースだった。先頭集団に入ることができて満足。まるで世界選手権のようなレースだった」と、自らがプロデュースするレースに手応えをつかみ、現役生活に終止符を打った。

 このレースへの選手・関係者からの評価はおおむね高いようだ。現在のレースカテゴリーはUCI1.1クラスだが、3年かけてワールドツアーへ昇格させる計画もあるという。何より、目まぐるしく変わる天候や強い横風が大きな魅力だとの選手評も。推計7万5千人がエヴァンスの最後の雄姿を見届けるべく沿道に詰め掛けた。ファンにとっても好印象のレースだったに違いない。

 また、SNSで「#ThanksCadel」のハッシュタグが広まり、ファンはもちろん、ライダー仲間や各チームからもコメントが多数寄せられた。誰もが彼の偉大さと人柄に敬意を表した。

積極的な走りでレースを動かしたエヴァンス ©Tim De Waele積極的な走りでレースを動かしたエヴァンス ©Tim De Waele

MTB界のスターがロード転向 一躍トップライダーに

 エヴァンスのライダーとしてのルーツは、マウンテンバイクにある。ジュニア時代からクロスカントリー種目で世界のトップを走り、1998・1999年にはUCIワールドカップ総合2連覇。地元開催のシドニー五輪(7位)への出場を機に、ロードへの転向を決意する。本格参戦となった2001年にはジャパンカップにも来日し、2位と活躍した。

初出場のジロでマリアローザを着用した(ジロ・デ・イタリア2002)<砂田弓弦撮影>初出場のジロでマリアローザを着用した(ジロ・デ・イタリア2002)<砂田弓弦撮影>

 その名をロードファンに印象付けたのは、マペイ・クイックステップ時代の2002年。初のグランツールとなったジロ・デ・イタリアで快走。大会終盤にマリアローザを着用し、総合優勝争いに加わった。最終的に総合14位と順位こそ下げたが、“未来のツール王者”の礎は、このレースで築かれたと言われる。

 T・モバイルチーム、ダヴィタモン・ロットとビッグチームを渡り歩き、2005年のツール初出場以降4年間の総合成績は8位、4位、2位、2位。特に2008年の総合2位は、頂点を狙える状況にありながらライバルチームの攻撃に屈したもの。これを契機に、“セカンドコレクター”の異名が付くまでになってしまった。また、エヴァンスを支える山岳アシストの手薄さも浮き彫りとなった。

反骨心をモチベーションに 悲願のタイトル獲得

 悲運のライダーとしての見方があったなか、その印象をさらに強めたのは2009年のブエルタ・ア・エスパーニャ。アレハンドロ・バルベルデ(スペイン、当時ケスデパーニュ)、サムエル・サンチェス(スペイン、当時エウスカルテル・エウスカディ)と熾烈な総合首位争いを繰り広げたが、第13ステージの山岳でパンク。ライバル2人から約1分の遅れを喫したことが痛手となり、総合3位に終わった。エヴァンス自身が引退に際し「いま振り返っても一番悔しいレース」として挙げたのが、このブエルタである。

“セカンドコレクター”の名を返上しマイヨアルカンシエルを獲得(世界選手権ロード2009男子エリート)<砂田弓弦撮影>“セカンドコレクター”の名を返上しマイヨアルカンシエルを獲得(世界選手権ロード2009男子エリート)<砂田弓弦撮影>

 しかし、栄光の日々はすぐにやってきた。失意のブエルタ直後に行われた、世界選手権ロードレース。彼がヨーロッパで拠点とするスイス・メンドリシオで開催され、コースを知り尽くしていたことが奏功した。最後の上りで決定的なアタックを成功させ、得意の下りで加速して独走。MTB時代を含めても初のマイヨ・アルカンシエルを獲得した。

渾身のアタックで自ら勝利を手繰り寄せた(世界選手権ロード2009男子エリート)<砂田弓弦撮影>渾身のアタックで自ら勝利を手繰り寄せた(世界選手権ロード2009男子エリート)<砂田弓弦撮影>

 この勝利の裏で、同国代表チーム内ではエヴァンスにアシストとして臨むよう指示が出ていたとのエピソードがある。同年のツールで総合28位と不振に終わった彼に対し、力をつけていたサイモン・ゲランス(当時サーヴェロテストチーム)にエースの座を譲るよう説得がなされていた。エヴァンスはそれに反発。メンバー全員の多数決で決めるべきだと主張したが、エヴァンスをエースに推したのは自身ただ1人。それでも勝利をつかんだのは、自らの得意とするシチュエーションであることを見極めた、ベテランならではの走りにあった。

 翌2010年のシーズンにBMCレーシングチームに移籍。当時はプロコンチネンタルチームだったが、長期的視野に立ったチームビジョンのもと新たなキャリアがスタートした。一方で、長年所属してきたサイレンス・ロット(当時)では山岳アシストが満足に得られないことや、チーム首脳陣との考え方に相違があったことも、後日明らかにしている。

 そして、大願成就のときはやってくる。2011年ツール。序盤のステージから勝利を収めるなど、積極的な走りで終始総合2~3位をキープ。逆転優勝をかけてスタートを切った、グルノーブルでの個人タイムトライアル(第20ステージ)で見せた魂の走りは、世界中のファンが熱狂し涙した名場面となった。山岳では安定感を発揮し、得意の個人TTでアドバンテージを得る、エヴァンスにとっては完璧な勝利だったといえよう。

得意のタイムトライアルでシュレク兄弟を逆転し、総合3位から首位に躍り出た(ツール・ド・フランス2011)<砂田弓弦撮影>得意のタイムトライアルでシュレク兄弟を逆転し、総合3位から首位に躍り出た(ツール・ド・フランス2011)<砂田弓弦撮影>

 このときのチームメートも山岳を考えると手薄だと言われていた。だが、誰1人欠けることなく、キャプテンのジョージ・ヒンカピー(アメリカ)を中心に平坦・上りを問わず全力でアシスト。第2ステージのチームTTで2位になるなど、チーム力の高さも示した。チームにとっては、UCIワールドツアーを主戦場として1年目での快挙でもあった。

 そのほか、2010年フレッシュ・ワロンヌ優勝、2013年ジロ総合3位、ステージレースでのいくつもの優勝など、世界チャンピオンになって以降の活躍は多くのファンが知るところだ。胸のすくようなアタックや、ゴールスプリント参戦など、勝利に執着する姿勢はまさに王者の走りそのものだった。

余力を残しての引退 そしてこれから

 キャリアの終盤は、チームからの世代交代の要請を快諾。若い選手にチャンスを与えた。それでも、昨年のジロでは4日間マリアローザを着用し、総合8位。今年も1月のツアー・ダウンアンダーで総合3位。全盛期を過ぎたとはいえ、十分に戦えるだけの力はあった。長きにわたるキャリアへの満足感と充実感、まもなく38歳を迎えることなどを踏まえ、まだまだ走ることができるうちに引退するあたりは、エヴァンスなりの美学なのだろう。

主催者として「カデル・エヴァンス グレートオーシャンロードレース」優勝のメールスマンを祝福するカデル・エヴァンス ©Tim De Waele主催者として「カデル・エヴァンス グレートオーシャンロードレース」優勝のメールスマンを祝福するカデル・エヴァンス ©Tim De Waele

 気になる今後だが、BMC社のアンバサダーを務めることが決まっている。昨年秋の就任決定時には、同社とチームへの感謝を口にした。選手としてバイク開発に意見してきたが、今後は後輩たちの声をフィードバックさせていく立場となる。また、「カデル・エヴァンス グレートオーシャンロードレース」の発展に向けた取り組みにも注目が集まる。

 現役最後のレースを「人生の第1章が終わった瞬間」と表現したエヴァンス。だが、長く休んでいる暇はなさそうだ。「人生の第2章」も、選手時代と同様に魅力あふれるものとなるに違いない。

今週の爆走ライダー-カデル・エヴァンス(オーストラリア、BMCレーシングチーム)

「爆走ライダー」とは…

1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。

 ここでは、エヴァンスの人柄に触れていきたい。

 今でこそ、彼の代名詞と言える高い声と笑顔がテレビ中継などで伝えられているが、かつてはメディア対応を拒むことや、ジャーナリストとのいさかいなどがしばしばあった。地元オーストラリアでは「職人気質」として好意的に見られていた一方で、気難しさが前面に出てきてしまう場面も多かった。

 それが変化したのは、ツールを制覇した2011年以降だと筆者は感じている。レーススタート前のインタビューにも快く応じ、勝利した際には喜びを派手に表現することも増えた。何より、笑顔をよく見せるようになった。「ツールの勝利はここまで人を変えるのか」と心底感じたものだ。チームメートにも恵まれ、過去にたびたび噂されたチーム内の不和がなくなったことも影響していることだろう。

カンガルーの赤ちゃんを抱き抱えるカデル・エヴァンス。柔和な表情がすっかりお馴染みになった(ツアー・ダウンアンダー2015)<砂田弓弦撮影>カンガルーの赤ちゃんを抱き抱えるカデル・エヴァンス。柔和な表情がすっかりお馴染みになった(ツアー・ダウンアンダー2015)<砂田弓弦撮影>

 彼の人柄を表すエピソードとして、2005年のツールについて質問された時の言葉がある。ドーピング渦に揺れ、正式結果が無効となったこの大会。総合8位となっていた彼は、“クリーンな”選手の中ではトップだったとの声は未だ根強い。なぜドーピングに手を染めなかったのかと聞かれ、「(表面上)勝利を収めていたとしても、その後に何も残らないから」と答えた。

 また2008年の北京五輪では、チベット問題に関して中国政府や各国選手団が厳戒態勢を敷くなか、ジャージの中に「Free Tibet」と書かれたTシャツを着てレースに臨んだ。この行動には賛否両論巻き起こったが、民族の文化を大切にすべきであるとの姿勢は頑なに崩さなかった。

 目先の勝敗だけにとらわれず、レース外の活動にも高い意識を持つ姿勢が、彼の評価を高めた。引退レースを前に述べた、「自分が勝てなくても、それは良い世代交代の機会になる」との言葉は、常に幅広い視野で物事を見てきた彼らしい一言ではないだろうか。

総合優勝を決めたチームメートのローハン・デニスと抱き合うカデル・エヴァンス(ツアー・ダウンアンダー2015)<砂田弓弦撮影>総合優勝を決めたチームメートのローハン・デニスと抱き合うカデル・エヴァンス(ツアー・ダウンアンダー2015)<砂田弓弦撮影>

 いまやロードレース大国となったオーストラリア。その道を切り開いた1人がエヴァンスであることは間違いない。チームの後輩、ローハン・デニスが後継者に名乗り出るなど、その将来は明るい。若い選手が同じ道をたどるだけではなく、さらに一歩、二歩と前進できるよう背中を押すのが、これからの彼の役割となる。

文 福光俊介

福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、気がつけばテレビやインターネットを介して観戦できるロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。2011年、ツール・ド・フランス観戦へ実際に赴いた際の興奮が忘れられず、自身もロードバイク乗りになる。自転車情報のFacebookページ「suke’s cycling world」も充実。本業は「ワイヤーママ徳島版」編集長。

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