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MTBの“シーン”を作る写真家に迫る「大会を楽しみ続けてもらいたい」 ダウンヒルシリーズ発起人の中川裕之さんインタビュー

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 マウンテンバイク(MTB)の新しいシリーズ戦「ダウンヒルシリーズ」(DHシリーズ)を主催する「SLmedia」代表の中川裕之さん(42)は、MTBを専門とする写真家だ。Cyclistでは熊本県御船町の吉無田高原DHコースで12月13、14日に行われたDHシリーズ最終・第6戦で、中川さんにインタビューを敢行。ダウンヒル競技に新しい舞台を築いた立役者は、シリーズ戦の狙いを「いまレースに来てくれるユーザーに『楽しみ続けてもらう』こと」だったと語った。中川さんが撮影した最終戦の写真とともにお伝えします。

(レポート 平澤尚威) 

ダウンヒルシリーズの発起人で、主催者「SL media」代表の中川裕之さん。MTBを深く知る写真家だダウンヒルシリーズの発起人で、主催者「SL media」代表の中川裕之さん。MTBを深く知る写真家だ

ダウンヒルが持つ「かっこよさ」という魅力

 中川さんはMTB専門の写真家だ。他の競技を撮影することもあるが、その割合はかなり少ない。代表を務めるSLmediaは、MTBフォト雑誌「SLm」を刊行している。そして今年、DHシリーズをスタートさせた。

 もともと中川さんはMTBの公式戦「ジャパンシリーズ」(Jシリーズ)に出場する選手だった。ところが7年ほど前、病に伏して一年近くを病院で過ごすことになった。闘病の末にレースに戻ったが、選手として走れる体力や身体機能は残されていなかったという。そこで決断したのが、カメラマンへの転身だった。

九州から全国へ挑戦する浦上太郎(Transition/Cleat)。今年はJシリーズ最終戦で初優勝を遂げた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa九州から全国へ挑戦する浦上太郎(Transition/Cleat)。今年はJシリーズ最終戦で初優勝を遂げた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
昨年オープンしたパンプトラックエリア。この地にMTB シーンを根付かせるべく誕生し、常設されている ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa昨年オープンしたパンプトラックエリア。この地にMTB シーンを根付かせるべく誕生し、常設されている ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

 選手時代から一眼レフカメラを携えてレースを追っていたこともあり、撮影経験は十分だった。やがてJシリーズをはじめ、世界選手権や、年間7戦で争われるワールドカップも転戦するカメラマンとなった。

「選手のよさ」を切り取るためのポイントを探し、じっくりと構える「選手のよさ」を切り取るためのポイントを探し、じっくりと構える

 中川さんは、ダウンヒルの写真で大事なのは「スタイリッシュであること」だと訴える。

 「自分自身、写真を撮るのは好きじゃないかもしれないと思うことがある。でも『どんな写真がかっこいいか』というものが自分のなかにはっきりとあるんです。ダウンヒルには、勝った負けたという結果と違うところにも良さがある」

 ダウンヒルの選手たちをよく知る中川さんは、「選手それぞれのよさ」が写真に表れているかどうかを重要視している。「選手のかっこ悪い写真を出すくらいなら『ありません』ってハッキリ言います」。それほどまで、ダウンヒルライダーにとって「かっこいい」ことは重要であり、選手のことを理解している中川さんも、その思いに応えようとしている。

家族、友人、チームへのお披露目会でもある決勝。選手たちは見守る人たちの前を力強く駆け抜けた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa家族、友人、チームへのお披露目会でもある決勝。選手たちは見守る人たちの前を力強く駆け抜けた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
コース中盤のドロップを攻める野口博司選手(T-BULLITT)。佐賀県から参戦 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaコース中盤のドロップを攻める野口博司選手(T-BULLITT)。佐賀県から参戦 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
ダウンヒルシリーズ最終戦を勝利で飾った井本はじめ(Lovebikes)。今季全戦に参戦し、エリートクラスでの年間ランキング2位を獲得した ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaダウンヒルシリーズ最終戦を勝利で飾った井本はじめ(Lovebikes)。今季全戦に参戦し、エリートクラスでの年間ランキング2位を獲得した ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

競技人口が少なくても「自転車の花形」

コース中盤に設けられた木製キッカーを飛ぶ百島侑彌選手(Team Cleat)。地元九州からの参戦、寒くてもTシャツでライド ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaコース中盤に設けられた木製キッカーを飛ぶ百島侑彌選手(Team Cleat)。地元九州からの参戦、寒くてもTシャツでライド ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

 DHシリーズをスタートさせた理由について聞くと、中川さんはこう答えた。

 「自分はMTBの写真家。仕事を続けるため、『ダウンヒルシーンを作る』ことが目的です。人のため、という高尚なものではなく、個人的な理由なんですよ」

 表向きは現実的なコメントのようだが、その裏には、レース数が減少するなど衰退に直面している日本のダウンヒルシーンへの危機感や、“いま自分が盛り上げなければ”という使命感が込められている。

 中川さんはダウンヒルシーンの窮状の一因として、「日本のレースはいま来てくれるユーザー(選手、観客)すら満足させられていない」と分析する。その上で、自ら立ち上げたDHシリーズについて「底辺拡大のための大会、と言いたいけれど、まずはユーザーを大事にして『楽しみ続けてもらう』『次の1台を買ってもらう』ことが目標です」と語った。

フィニッシュエリアには多くの試乗車が並び、実際にテストバイクでコースを走る参加者も多かった ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaフィニッシュエリアには多くの試乗車が並び、実際にテストバイクでコースを走る参加者も多かった ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

 ダウンヒルの底辺が広がりにくい理由は「はっきりしている」と中川さん。それは、走るためのフィールドが遠く、そこへ行くためには車が必要なこと。そして、競技の世界では本当のトップ選手しかプロとしてやっていけない、いわば“ハイリスク、ノーリターン”といっていいほど厳しい環境であること。また、機材が高価なことや、危険な競技であることも困難に輪をかけているという。

 それでも、バイクブランドはダウンヒル用バイクの開発に力を注ぎ、DHシリーズの会場にはたくさんの試乗車が持ち込まれている。どの国でもダウンヒルの競技人口は少ないが、かっこよくて、自転車の花形だというのが世界の共通認識なのだ。

エリート女子は末政実緒(DIRTFREAK/SARACEN)が優勝。クロカンへシフトした末政だがダウンヒルの切れ味は衰えを見せない ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaエリート女子は末政実緒(DIRTFREAK/SARACEN)が優勝。クロカンへシフトした末政だがダウンヒルの切れ味は衰えを見せない ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

シリーズの各会場が見せた“意地”

 DHシリーズはSLmediaが運営しているとはいえ、「自分たちは旗を振っているだけ」だと中川さんはいう。シリーズ設立にあたりSLmediaは、自力でレースを開催できそうなダウンヒルコース運営者に「草レースの一つをDHシリーズに加えてみませんか」と声をかけていったそうだ。

 会場選びの基準は、レースを運営できるオーガナイザーと人材がいるか、そして“情熱”と歴史があるかどうか。距離や難度といったコースのスペックは問題にしなかった。そしてふたを開けてみたところ、雰囲気も特徴も異なる西日本の6会場が集まった。

コース上部からの眺め。遠く、水俣や天草までが一望できた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaコース上部からの眺め。遠く、水俣や天草までが一望できた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
搬送にはワイヤーケーブルの「恐竜楽ちんリフト」が使われた。他では体験できない乗り味とビジュアル ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa搬送にはワイヤーケーブルの「恐竜楽ちんリフト」が使われた。他では体験できない乗り味とビジュアル ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

 それでも、結果的に「シリーズ戦としての統一感はあった」という。初年度からDHシリーズとしての特色を打ち出せたのは、各会場のオーガナイザーに中川さんがいくつかの要求をしたことが影響しているようだ。

 「ホスピタリティを上げる努力をしてもらいたかった。それぞれの会場に『意地を見せてほしい』ということはしっかり伝えました」

 この言葉に、各会場が奮起した。DHシリーズの誕生は、選手たちがこれまで行ったことのない会場に足を運ぶきっかけになった。しかしそこでは、もう一度そのコースを選手たちが訪れたいと思うかどうか、審判が下される。そうした“競争意識”も、シーンの盛り上げには必要なのだ。

速度は歩く程度だがアップリフトとしては抜群の効果を発揮する。この地ならではの設備を参加者は堪能した ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa速度は歩く程度だがアップリフトとしては抜群の効果を発揮する。この地ならではの設備を参加者は堪能した ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
ヘッドチューブ周りにロープを巻いて引っ張り上げる。メーンワイヤーにはクリップ型の金具で連結されていた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaヘッドチューブ周りにロープを巻いて引っ張り上げる。メーンワイヤーにはクリップ型の金具で連結されていた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
「レース会場ではショップの店主に活躍してもらいたい」と語る中川裕之さん(中央)。福岡のサイクルショップ「クリート」の増永英一さん(左)、「ワイルドウインド」の大里隆行さんと「レース会場ではショップの店主に活躍してもらいたい」と語る中川裕之さん(中央)。福岡のサイクルショップ「クリート」の増永英一さん(左)、「ワイルドウインド」の大里隆行さんと

 もう一つ、中川さんがこだわったのは、サイクルショップやブランド、飲食店の出展ブースが並ぶ「ベース」の作り方だ。これはワールドカップの会場を参考にし、動線を制限する「一極集中型」にしている。ブースを拡散させるのではなく近くに集め、人の流れをコントロールすることで、会場をスマートに見せ、盛り上がりを演出している。

 今年、シリーズに参加した全ての会場が「来年もやりたい」と希望しているそうだ。中川さん自身も、さまざまな場面で「DHシリーズどうですか?」と聞かれる機会が増え、注目度の高さを実感しているという。「やってみると面白かった。いいコンテンツを作ったという自負はある」と胸を張った。

ブースエリアにはメーカーと飲食店が並び、イベントに華を添えた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaブースエリアにはメーカーと飲食店が並び、イベントに華を添えた ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
ベースから見上げたコース。舞台は木の生えていない草原で、日本とは思えないような景色だった ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaベースから見上げたコース。舞台は木の生えていない草原で、日本とは思えないような景色だった ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
草原を刈り取った路面の吉無田ではマッドタイヤがデフォルトとなっていた。ドライ路面でも土を巻き上げて疾走する ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa草原を刈り取った路面の吉無田ではマッドタイヤがデフォルトとなっていた。ドライ路面でも土を巻き上げて疾走する ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

年齢制限が子供の夢を奪う

エリート男子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaエリート男子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

 中川さんはレース運営において“全プロ構想”を軸に置いている。賞金を出して、プロライダーに“プロ”として走ってもらう。表彰台のバックボードなどもプロに頼む。タイム計測もJシリーズを担当しているプロに任せる。

 何万人も集まって大きな盛り上がりを見せるワールドカップのように、Dhシリーズも会場作り、MC、売店など全てをプロが担うレースに近づけようと取り組んでいる。そうして大会のクオリティを高め、良いイメージを作ることが、後々の盛り上がり結びつくと信じているからだ。

 参加者やショップから「DHシリーズに出るためにバイクを1台組みました」という声がいくつか聞かれたという。これが10台、100台と続いていけば競技も拡大していく。

井本はじめ決勝のラン。良きライバルである清水一輝(MADISON SARACEN)とはコンマ4 秒差の決着となった ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa井本はじめ決勝のラン。良きライバルである清水一輝(MADISON SARACEN)とはコンマ4 秒差の決着となった ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
末政実緒がタイムドセッションで使用したのは会場スタッフが持ち込んだトレックのファットバイクFARLEY。通常のレースではありえない珍しいショット ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa末政実緒がタイムドセッションで使用したのは会場スタッフが持ち込んだトレックのファットバイクFARLEY。通常のレースではありえない珍しいショット ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

 DHシリーズには子供向けのルール、カテゴリーはないが、6戦全てに出場した小学生もいる。ダウンヒルは危険が付きまとう競技だが「年齢制限のあるレースが、子供の夢を奪う」という考えから、面談を条件に出場を認めている。そこには「5、6年後のトップライダーになってくれよ」という期待も込められている。

ファーストタイマー男子表彰式 。4位、5位は小学生©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaファーストタイマー男子表彰式 。4位、5位は小学生©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
エリート女子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaエリート女子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
ファーストタイマー女子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaファーストタイマー女子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
チャレンジ男子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaチャレンジ男子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa
チャレンジ女子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawaチャレンジ女子表彰式 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

「志磨子に引き継ぎたい」

(右から)SL mediaの平野志磨子さん、中川裕之さん、山村優介さん、第6戦吉無田DHコースのオーガナイザーの高野欽司さん(右から)SL mediaの平野志磨子さん、中川裕之さん、山村優介さん、第6戦吉無田DHコースのオーガナイザーの高野欽司さん

 SLmediaは写真家の中川さんと映像担当の山村優介さんのタッグでスタートし、そこに広報などを担当する平野志磨子さんが加わって3人の組織になった。今年、平野さんが運営に関わると決まってから、DHシリーズが本格的に動き出した。「人当たりのいい彼女が参加してくれたことが、シリーズ発足の決め手になった」と中川さんは語る。

 「最終的にはDHシリーズの運営は志磨子に引き継ぎたい。DHシリーズは彼女が運営し、自分は写真を撮ってSLmを発行する」。中川さんはDHシーンを盛り上げた後に、運営を離れ、写真家に専念するつもりだ。

参加したライダーや観客たちの集合写真 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa参加したライダーや観客たちの集合写真 ©DOWNHILL SERIES / Hiroyuki Nakagawa

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