来日特別インタビュー“マウンテンバイクの父” ゲーリー・フィッシャーに聞いたMTBの歴史と自転車の未来

by 中村浩一郎 / Koichiro NAKAMURA
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 今から50年ほど前、この世にマウンテンバイク(MTB)という遊び・競技を創った一人であり、そして世界中に広めていった男。それがゲーリー・フィッシャーだ。長髪をなびかせて米カリフォルニア州の山野を駆け巡っていた青年時代から、チョビ髭を跳ね上げた風貌の現在に至るまで、彼の自由な精神と常識を超越する創造力、ひるむことのないバイタリティーは変わらない。そんなフィッシャーが、フラリと東京に現れた。

(聞き手・中村浩一郎、写真・平澤尚威) 

トレックのバイクを手に撮影に応じるゲーリー・フィッシャートレックのバイクを手に撮影に応じるゲーリー・フィッシャー

マウンテンバイクの“神様”

 ゲーリー・フィッシャーは、突然日本にやってきた。

 「フィリピンで休暇を過ごそうと思っていたんだけど、台風が直撃したんだ。ビーチはどこ、太陽はどこ? ということで、帰りにトランジットする予定だった東京に、ひと足早く来ることにしたんだ」

特徴的なファッションのゲーリー・フィッシャー特徴的なファッションのゲーリー・フィッシャー

 そんな風にさらりと言ってのけるフィッシャーは、MTBの生みの親として知られている。現在のMTBの主流である29インチホイール、通称「29er」のコンセプトで、初めて市販MTBを作った男でもある。

 とにかく、斬新なアイディアを口にしては、人々を「え? ほんとに?」と思わせる。しかもそれを実現させ、成功させてしまう。フィッシャー自らも「マウンテンバイク・ビジネスで最も成功した男」との呼び名を決して否定しない。先月はハワイ、来月はヨーロッパと、世界を駆け回り続けている64歳だ。

 フィッシャーは、おしゃべりな人でもある。一つの話題から、さまざまな話題へと移っていく。世界中の誰に聞いても「一緒にいると、楽しい人だね」という評判ばかりで、今回のインタビューも実際にその通りだった。笑いが止まらない。興味深い話題から、とても公にはできないような“裏エピソード”まで、そのテーマは自転車、芸能界、そして政治へと幅広い。たまに信じられないような話も、普通に語る。だからこそ、“稀代の変人”だったり、“マウンテンバイクの神様”だったりと、さまざまな呼び名が付けられ、それを受け止める度量もある。「僕のしゃべりは、天からの贈り物だと思うんだ」と本人。

カメラを向けると色々な表情やポーズを見せてくれるゲーリー・フィッシャーカメラを向けると色々な表情やポーズを見せてくれるゲーリー・フィッシャー

 しゃべりだけではなく、人柄も面白い。MTBの「父」になるまでのストーリーは、トレックのブランドブック「STORIES 2」(トレック販売店で入手できる)に詳しい記事が載っているので、そちらを参照していただくとして、今回のインタビューでは、彼の生い立ちや来歴を、本人の前で確認をとりながら追っていった。そして、フィッシャーが見てきたMTBの歴史、さらには自転車の未来まで、じっくりと語ってもらった。

 ウソかマコトか、話が大きすぎるキライもないわけではないが、そこは“マウンテンバイクの神様”が言うことだ。なにせ、これまで彼の言ってきたことは大抵、言ったそのままの形で、実現してきたのである。

初めてのレース後、僕らは取材を受けまくった

――1960年代にアメリカ・カリフォルニア州で、長髪だったためにロードレースへの出場停止を受けた

 「そうだね。髪が長かったという理由でレース出場できなくなったんだからね。あれは今振り返ると刺激的な出来事だった」

Cyclistのインタビューに応じた“マウンテンバイクの父”ゲーリー・フィッシャー。帽子とサングラス、特徴的なひげは彼のトレードマークだCyclistのインタビューに応じた“マウンテンバイクの父”ゲーリー・フィッシャー。帽子とサングラス、特徴的なひげは彼のトレードマークだ

――その後、自転車から離れて60年代当時のヒッピーカルチャーにズッポリとハマった

 「僕が(ロックバンドの)グレートフルデッドとつるんでいた時期だね。当時の最先端だったよ。いろいろ勉強させてもらった」

――70年代に、MTBが生まれた場所にいた

 「違うな、よくそう言われるけど、僕はMTBを『作った』んじゃなく、『マウンテンバイクという名前を作った』だけだ。MTBそのものは自然発生的に、よく言われるサンフランシスコの北のタマルパイアス山周辺で生まれた。そこで仲間たちと走っていた。のちに一緒に組んで会社を立ち上げるチャーリー・ケリーも、フレームビルダーのジョー・ブリーズ(初めてオフロード用フレームを作ったビルダー)も、トム・リッチー(クロモリフレームビルダー)も。楽しかったぜ、自転車でオフロードを走る、という行為そのものが、ものすごい刺激だったんだ。いまでいう『REPACK』(※)だな」

※REPACK=リパック。当時自転車で山を下ると、ハブやブレーキからグリスが溶け落ちたので、それを詰め直す(リパックする)ことが必要だったことから、この山下り遊び自体が「リパック」と呼ばれた

 「そして初めての下りレースが開催された。それも『リパック』という名前だったんだけど、その模様が、アメリカ全国で7分の番組として放送された。それが、MTBというスポーツを大きくしたんだな。それから僕らは取材を受けまくったんだから」

僕の役目は、それを欲しがる人を増やすこと

MTBの歴史や、自転車の未来像について語るゲーリー・フィッシャーMTBの歴史や、自転車の未来像について語るフィッシャー

――70年代後半、MTBでビジネスを始めた

 「フレームを作るビルダーは、確かに美しいフレームを作っていた。ただそれを年間10本しか作れず、売れなかったというのが問題だった。僕はそれを、もっと売れるようにマーケティングとセールスをがんばったんだ」

 「他のビルダーが年間10本程度しか作れず、売れなかったフレームを、僕らは1年で1000本売ったんだ。これにはからくりがある」

 「僕は、プレスリリースの書き方を知っていた。写真の撮り方も知っていた。全部親が教えてくれたんだね。父は広告会社で働いていた。母も同じ業界にいた。だから僕に、自転車専門誌ではなく、一般の雑誌やファッション誌にプレスリリースを送れ、って教えてくれた。だから、これだけ成功できたんだな」

 「いまもそうだけれど、僕の役目は、それを欲しがる人々の数を増やすことだ。自分のやり方を見つけてね」

ゲーリー・フィッシャーゲーリー・フィッシャー

――ゲーリー・フィッシャーバイクとして、カンパニョーロの規格を採用し、事業は拡大していった

 「カンパニョーロのパーツに合わせた規格で自転車を出したら、これがヨーロッパでも受け入れられた。これも僕のやり方の一つだよ」

 「1983年に、僕とチャーリーは、とても素晴らしいプレゼンをしたんだ。今でも覚えているよ。バイクショーで、シマノ、サンツアー、ニットーといった日本の名だたる自転車パーツブランドの社長を前に、MTBがどれだけ未来を持っているか、ということを目一杯プレゼンしたんだ」

 「当時、ルーカスフィルムに勤めてるやつとつるんでいてさ、彼がルーカスフィルムの映写室を使わせてくれたんだ。そこで繰り返しプレゼンの練習をしてさ」

 「そしたら、それが響いたんだな。結局、最終的に出資してくれたのは、どこだと思う? メーカーじゃないぜ、日本の国の機関が出資してくれたんだ。多分『これだけ日本のメーカーが肩入れするんだから、いいに違いない』って思ったんだろうね」

――1996年のアトランタ五輪。盛り上がりきったMTBブームの中で、フィッシャーバイクは金メダルを獲得した。しかも2000年シドニー五輪も含めて2度も金に輝いた

 「おいおい、もう1996年かよ、その間にもっといろんなことがあったんだぜ。まぁいいや。とにかくこの年はパオラ(・ペッツォ、当時の女性トップMTBレーサー)の金メダルフィーバーで、マウンテンバイクがまたすごいことになった」

――フィッシャーバイクのブランドがトレックに買収され、フィッシャーはトレックの傘下となった

 「そうだね、2003年(※)のことだったね」

※筆者追記:フィッシャーバイクのトレックへの買収年次につき、取材時にフィッシャー氏に確認し、2003年だと示された旨を記載しましたが、その後、買収はすでに1993年に行われていたことがわかりました。

話す時も聞く時も表情豊かなゲーリー・フィッシャー話す時も聞く時も表情豊かなゲーリー・フィッシャー

――そして、現在のマウンテンバイクの主流とも言える大径、29erのコンセプトを生み出した。

 「そうじゃない。マウンテンバイクそのものと一緒だ。僕は29erを生み出したわけじゃない。それまでにも大径ホイールはあったんだ。ただ僕は、29erを『成功させただけ』だ」

 「ただ、それでも大変だったんだぜ。まずUCI(国際自転車競技連合)の規則を変えなくちゃならなかった。当時は『26インチ以上のホイール径は、レースでは使えない』っていう規則があってさ。それを変えさせたんだ。なにより29インチ、大径ホイールは『安全』だ。ライダーを安全に走らせることができる。これは事実だ。明らかに安全な機材をライダーに使わせないのはおかしいだろう。その一点で、UCIの規則を変えたんだ」

自分の思うことをしていいんだ

――ブランドがトレックに吸収されてから、あなたは世界中を駆け回っている。マウンテンバイクの父であるあなたは、いま何をしているのですか?

 「僕はいま、3つの仕事をしている。一つはトレックのデザイン、というかアイディアを与える仕事をしているね。デザイナーに、いろんなことを言って、気がつかせるんだ。はっきり言ってさ、トレックのあるウィスコンシンは、自転車に乗るのに良い環境だとは思うけど、都会じゃないだろ? だから都会や、別の業界で起こっていることを的確に判断して、伝えることだ」

インタビュー中でも自然体で、時にジョークを交えながら話すインタビュー中でも自然体で、時にジョークを交えながら話す

 「そして二つ目は、ムーブ・ザ・ニードル(針を動かす)。自転車がどんなに健康になれて、クルマに代わる素晴らしい乗り物なのかを伝えること。世界中に行っていて、この間はブラジル・サンパウロの市長とも会った。アメリカではヒューストン、もちろん僕が住んでいるサンフランシスコの市長とも会った。10年前は『自転車? そんなのクルマの代わりになるわけない』と変人扱いされたものだけど、今や『自転車の人』として、どこに行っても意見を聞こうと呼び出されるのさ」

 「僕はずっと寂しかった。ひとりで自転車に乗っていて、ひとりで唱え続けていて、ひとりでやってきた。でもここにきて、人々がイエスと言い始めている。僕には世界中に友達がいて、すべての人が、今の世界を次のレベルに持ちあげたいと思っている。トップの連中、力を持っている人々がね。政治家や、政治家を養っている人が『これまでの自分の考えがおかしかった』とね」

 「そして三つ目。すべての人に『自分の思うことをしていいんだ』という気持ちを抱くことを『許可する』仕事だ。僕は実際に思うようにやってきて、今の僕がある。僕は心からそう思っているし、僕が会うすべてのひとの、心の扉を開いてあげたいと思っている」

ひげはゲーリー・フィッシャーのトレードマークの一つ。口ひげはきれいに上を向いているひげはゲーリー・フィッシャーのトレードマークの一つ。口ひげはきれいに上を向いている

街を、子供のために取り戻したい

――あなたが見ている、自転車の未来のビジョンについて教えてください。

 「今はいろんなものが進化しているだろう。これからのテーマは『エレクトロニカ』だ。自転車に付くいろんなものが、電気機器によって大幅に便利になっていくだろう」

最新の自転車情報にも精通するゲーリー・フィッシャー。子供たちのためによりよい自転車環境を作りたいと語った最新の自転車情報にも精通するゲーリー・フィッシャー。子供たちのためによりよい自転車環境を作りたいと語った

 「知ってるか? 例えばハンドルバーに横一杯に付くライトが開発されている。これは普通にライトにもなるし、ウィンカーにもなる。自分からも見えるし、周りを走る車からも見えやすい」

 「それに、振動するグリップがあるのを知ってるか? スマホでナビをしてるだろう。グリップをBLUETOOTHでスマホにつなぐ。すると、背中にあるスマホの指示でグリップが『右に曲がります(ブルブル)』って震えて、どちらに行くべきか教えてくれるのさ。スマホを見る必要もない。背中に入れておけば、雨で濡れることもないし、自転車から離れる時に忘れることもない。盗まれることもない。これは単純なことだけど、画期的で、人々が望んでいるものなんだ」

 「自転車に目がついて、耳がついて、GPSがついて、仮に盗まれても、どこにあるかわかるし、盗人の顔すら映ってしまうかもしれない。そういう将来が、すぐそこに待っているんだ」

 「そして、街を子供のために取り戻すことだ。昔、僕らが子供だった頃は、街は僕らの遊び場だった。でも今はどうだろう。街はクルマのために存在していて、子供はみんな、郊外に出ていくのが幸せだと考えられている。どれだけ流行に敏感な人でも、子供ができると、街から出ていくのさ」

 「でも、僕らは街が好きだ。街は刺激的で、とても楽しい。子供にだって楽しい。そんな街を『クルマが危ないから』と子供から奪ってしまうのは、僕は良くないと思う。だからこそ、子供のために街を取り戻したいんだ」

「イェー」「ハハハ」と声を出しながら次々とポーズを繰り出すゲーリー・フィッシャー「イェー」「ハハハ」と声を出しながら次々とポーズを繰り出すゲーリー・フィッシャー

 「子供? 僕には29歳の娘がいて、彼女はこの間結婚したけど、実はまた来年2月、僕に子供が生まれるんだ。これは楽しみだ。彼(たぶんね)のためにも、街を子供のために、取り戻さなきゃいけない。街をパラダイスにするんだ。町をクルマから取り戻して、子供が、そして人間が生きやすい場所に戻さなきゃいけないんだ。僕らが育ってきた環境のようにね」

(敬称略)

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