“自転車革命都市”ロンドン便り<12>「これ以上の犠牲はたくさん!」交通事故撲滅を訴えデモ行進 “生還者”スピーチも
バグパイプの枯れた音が奏でる旋律に、ショッピングや観光で賑わうオックスフォード・ストリートを行く人たちがキョロキョロとし始めると、黒装束の馭者が2頭の漆黒の馬に引かせる霊柩車がヌッと登場。ガラスの馬車の中に花で飾られたお棺が見えます。
「お葬式?」「お棺の中にいるのは誰?」と喜んでいたはずの観光客も当惑顔。とそこへ、「交通事故で亡くなったすべての人のためのお葬式」というデモのタイトルが目に飛び込んできます。そう、棺の中は今回は幸いにして空っぽ。歩行者や自転車の交通事故での犠牲を減らそうと11月、行政などに対応を求めたデモでのことでした。
※絶え間なくつづくデモの列はこちらの動画(フルレングス)でご覧ください。
交通事故はまだまだ減らすことができる
霊柩車とその後ろに続く大勢のデモ参加者たちは、オックスフォード・サーカス(東京でいえばハチ公前か明治神宮前の交差点のようなところ)で2分間停止。黒山のひとだかり(人種のるつぼのロンドンなので髪の色はさまざまですが)の中、「もうこれ以上の犠牲はたくさん! クルマ中心の道路行政を見直そう」とアピールしました。その後はマーブルアーチ広場で交通事故犠牲者を思わせるダイ・イン。犠牲をイメージしやすいように、路面に寝転がるデモンストレーションです。そのほかゲストスピーチなどが行われました。
その場で紹介された、過去10年の間にイギリスで交通事故で亡くなったサイクリストは1233人、歩行者は5787人、クルマやオートバイなど1万9293人、呼吸障害など大気汚染で亡くなった人5万人(NHS調べ)という人数。ふだんならわたし自身もただの残念な統計として一瞥しただけで終わってしまっていたと思います。「クルマを使う以上ある程度は仕方ないよね」といったあの「あきらめ」。

けれど、登壇した犠牲者の家族の話、事故から奇跡的に生還した人たちの話などを聞き、事故で大切な人をなくしたのか悲痛な表情で空の棺に花を手向ける人たちを見ていて、ようやく交通事故の悲惨さが実感になり、思わず涙が。自分や自分の大切の人のような、仕事があり趣味があり、家族や友人であった人が消えるというリアルな感覚。
同時に、交通事故はまだまだ減らすことができるのに、あのあきらめのせいで市民も行政も思考停止していること、社会がクルマの使い方を包括的に見直すべき時期に来ていることなどの考えが頭の中をグルグルと猛烈なスピードで回り始めたのでした。
あらためて、どうして必要以上のスピードが出せるクルマがわが物顔で暴走し、歩行者や自転車にとって凶器となる度合いが高いSUVが憧れの商品として演出され、それでいて道路行政ではこんなにもクルマが優先されているのか…。そもそもクルマに乗車中の死亡事故もまだ多すぎるのではないか。
事故から生還した大学生「市民のQOLを優先事項に」
壇上にレーパンのまま登場した、オックスフォード大生のバート・チャンさんのスピーチ内容は日本にもそのまま当てはまると思うので、かいつまんでも少々長いですが、ご紹介します。バートさんは今年の5月、ロンドン中心部で自転車に乗っていて、進路変更してきたトラックに巻き込まれて大怪我を負いました。
「一度はあきらめかけた命を取りとめたとき、人生の意味とは何だろうと考えるのは自然なことなのでしょう。私の場合、考えれば考えるほど、人間がこの地球上にいるのはお金を稼いで資産を増やし束の間の快楽を得るためなんかではなく、他の人や命に親切で共感できる存在であり、こわれやすい自然のバランスを大切にするためだと思えてきました」
「私たちはみな、自分より運に恵まれていなかったり弱かったりする人を助けるため、自分の体や心をよくしてベストを発揮する責任を持っています。けれど、私たちの政府や社会の一部は、私たちのこの意志を共有していないようです。私たちも便利さや目先の快楽を売り込まれてうつつを抜かし、利己的な欲望がいかに他の人を傷つけるかに無頓着です。
「(中略)今日のデモは、単に政府に(歩行者や自転車といった)交通弱者を守る義務を果たせ、きちんと練った政策と交通インフラを提供しろと要求するだけのものではありません。このデモは、権力や影響力のある地位にいる人々に、より健康的な街と市民のクオリティ・オブ・ライフという豊かさをおまけでなく優先事項にすることを呼びかけるものです」
「(中略)自転車のシンプルさは、この汚染された地球や破産寸前の健康保険制度をなんとかする手段として、ひとつのシンボルだと思います。私が今ここにあるのも、医師や看護士のみなさんのすばらしい仕事のおかげです。私はこの健康保険制度は破綻から全力で守る価値があると思います」

「突き詰めれば闘う相手などいないのです。自分にとっては自分自身が、市民としてなら国家が闘う相手であり、いかに怠惰から抜けだし、もっともっとと強欲にならないかなのです。そうすることで、幸せな人生を送るためにもっとも大切なこと――健康を守れるのです」
「(中略)さあ、まずは私たちから平和を創る人に変化しようではありませんか。恐怖や怒りや憎しみといったマイナスの感情で戦争状態になっている道路を、共感と譲り合いや同情で取り戻そうではありませんか。権力にある人たちに、私たちが社会全体の幸せを願っていて、人類の健康と幸せのために協働できることを示そうではありませんか。そして私たちの代表として選ばれた人たちに、人間の命を守ることは至上の義務であり、1人の命は世界中のダイヤや金よりも価値があることを思い出させましょう」
「まさに人間の献身や他者への愛によって生かされた1人として、私はみなさんに、まず自分自身が、自分の見たい変化になってほしいのです。混沌の中でバランスのとれる位置を見つけ、本当の自分を知れば、この都市、国、世界の中で、世の中を変える人間になる道が必ず見つかると思います。ありがとうございました。自由に、幸せにライドしていきましょう!」
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事故で失った皮膚の移植跡もなまなましいまま、まさに自分から世の中を変える人になっていたバートさん。日本で自転車に乗っている読者のみなさんも、多かれ少なかれバートさんと同じようなことに思いを巡らせることはあるのではないでしょうか。日本ではこのようなショッキングなデモはなじまないかもしれませんが、参考になると思い、ご紹介しました。

ロンドン在住フリー編集者・ジャーナリスト。自動車専門誌「NAVI」、女性ファッション誌などを経て独立起業、日本の女性サイトの草分けである「cafeglobe.com」を創設し、編集長をつとめた。拠点とするロンドンで、「運転好きだけれど気候変動が心配」という動機から1999年に自転車通勤以来のスポーツ自転車をスタート。現在11台の自転車を所有する。ブログ「Blue Room」を更新中。