山下晃和の「ツーリングの達人」・アジア編<2>飛行機やバスを乗り継ぎ標高差3000mのダウンヒルへ ワイルドなネパールの道を行く
ネパール、インド、バングラディシュ3カ国の自転車旅は、いよいよネパールの首都カトマンズからツーリングへ出発です。航空地図で見るネパールは自然が多く、「自転車で走りやすい国」だと想像していましたが、実際はそうではありませんでした。カトマンズからポカラまではクルマが多く、慎重に走らないといけません。とくに、バスやトラックなどの大型車が猛スピードで駆け抜けていきます。そして、クラクションを必ず鳴らす…「危険だよ」と教えてくれているのでしょうが、そもそも轟音で近づいてくるので、すぐ後ろにいることは歴然としているのに!

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大自然の中の1本道の国道
ネパールは面積が北海道の2倍に満たない小国ですが、“高さ”が自慢。北部には標高7000mから8000mのヒマラヤ山脈が連なっています。その中で最も高い山が8848mのエベレスト。チベット語では「チョモランマ」と呼ばれます。地殻変動などでその数値は上下していると考えられますが、地球上でいちばん天空に近い場所です。


この頂を求めて世界中からアルピニストが集まるため、ネパールにおいて観光業は重要な収入源。それと同時に、このような過酷な自然環境が耕作可能範囲を狭め、ネパールの経済成長のスピードを大幅に遅らせているとも言えるのです。

カトマンズから20kmくらい走った頃の山道は渋滞がすごくて、なかなか前に進めませんでした。まるで行楽シーズンを迎えた箱根の渋滞のよう。同行の沖本真くんとともに自転車を降りて、慎重にすり抜けながら進みました。てっきり「なにか事故が原因かな」と思っていましたが、チャイ屋のオヤジに聞くと、毎日これなのだそう。
クルマと一緒に自転車で一日走って宿に入ると、排気ガスのせいで顔が真っ黒になっていることに気がつきました。道路の周りには山や川など緑がいっぱいあるのに、質の悪いガソリンのせいで空気を汚しているのは、大幅なマイナス要素。かつての日本がそうだったように、経済成長の過程では仕方ないことかもしれません。

宿賃交渉の達人、沖本くん
ネパールの道路は日本と同じく左側通行。路肩はダートで、時折、側溝が現れます。落ちたらケガをしてしまうので、焦らないようにと自分に言い聞かせて走りました。渋滞に巻き込まれ、悪路に苦労し…そうこうしているうちに雲行きが怪しくなり、たちまち冷たい雨粒が落ちてきたときには、切なくなってしまいました。

それでも、ネパールの自転車旅は楽しい。最大の魅力は人の良さにあります。とにかく皆が親切だということ。お金を多く取ったり、外国人だからといって意地悪をしたりする人は一人もいませんでした。
お店や食堂の前に自転車を停めると、「どこから来た?」なんて気軽に話しかけてくれました。道を聞けば、いやな顔せず丁寧に教えてくれるし、食堂の場所を尋ねると、そのお店の前まで連れていってくれます。彼らの行動や対話の一つひとつに感動し、次はどんな出会いが待っているのだろうという期待が、自転車を漕ぎ進める原動力にもなっていきました。
ネパールの宿泊事情も、旅の魅力を高めたポイントです。値段は、観光地で1人あたり1泊500ルピーから1000ルピー(日本円で580円から1180円)、観光地以外であればさらに安く、200ルピー(230円)程度からありました。室内は比較的清潔で、簡易的なベッドのほかにホットシャワー付き、あるいはタオルや石けんが置いてある宿もありました。



部屋はそれほど広くないので自転車は外に停めましたが、そんなときも自転車を柵の中に入れてくれたので、鍵をかけていれば盗まれることはなさそうでした。

宿賃その都度、飛び込みで交渉し、部屋を見せてもらってから決めます。僕は英語で「Could I see the room?」などと聞くのですが、これではなかなか通じません。「ダメダメ、そんな英語じゃ通じないから」と交渉役を買って出た沖本くん。
「Room? OK?」――沖本くんのこの2言で部屋へ招き入れられ、最初は「1200ルピーで」と言っていた店主も「ダンニャバード(ネパール語で、ありがとう)」なんて笑いあうようになり、最終的には1人500ルピーにまでまけてくれました。そう、沖本くんはとても交渉上手だったのです。おかげで、どんどん“地元価格”に近づいていきました。
ダウンヒルポイントまで飛行機輪行

ネパールで一番印象的で、かつ大変だったのは、標高3800mのムクティナートから標高817mのベニまでのジープロードダウンヒルです。ムクティナートまでは飛行機輪行を利用しました。ポカラの旅行代理店でアンナプルナの入山許可証と、ムクティナートへアクセスするための拠点・ジョムソンまでの片道航空券を予約。合わせて1万6000円ほどでした。
航空会社「Tara Air」での飛行機輪行には、段ボール箱も袋も必要ありません。空港のカウンターまで乗りつけたあとは、前後ともタイヤの空気を抜き、ホイールを外しておきました。なぜか、当初の時間の飛行機に乗せてもらえず、仕方なく空港2階のカフェでお茶をしていると、こんどはいきなり呼ばれました。
「お前たちはラッキーだ。2本目で乗れたからね」と言うスタッフに、僕は「アンラッキーの間違いじゃないのか」と思ったのですが…どうやら10月のトレッキングシーズンには観光客が多く訪れ、希望の便にはなかなか乗れないということらしいのです。さらに、雨が降ったり、霧が多かったりすると飛ばないこともあるそうです。

僕は「日本では時間通りの飛行機に乗れるんだよ」と言いかけた言葉を飲み込みました。こんな風に、ネパールでは「なんでやねん」と突っ込みたくなるようなことが多々ありました。
離陸後30分ほどでジョムソンに到着。スタッフは当たり前のように自転車のフレームもホイールも出て運んでくれました。裸のままのディレイラー(変速機)が心配でしたが、2台とも無キズ。自転車をこれほど簡単に載せられるのであれば、海外ツーリングももっとラクになるでしょうね。
飛行場は小さくて、まるで日本の鉄道の無人駅のようでした。外に出ると、カラッとした空気と冷たい風が肌を冷やし、気候が高地らしく変わったことに気づきました。振り返ると、白い雪を冠したアンナプルナ連峰が見えました。それはあまりにも美しく、いつまでも見とれてしまいました。

バス車内で突然始まった太鼓と歌
ジョムソンからしばらく自転車で走ると、ツーリストポリスのポイントが現れ、入山許可証を見せました。そこから橋を渡ってしばらく進むと、ジープスタンドに到着。そこでジープに乗る予定が、ローカルバスになってしまいました。屋根の上のキャリアに自転車をくくりつけ、しっかりと固定。この先の道が険しいことも分かっていたので、入念に。


ローカルバスの車内に観光客は1人もおらず、ほとんどがチベット系ネパール人。ガタガタのオフロードを、ボロボロのバスがゆっくりと進んでいきました。森林限界を越えているので、緑はほとんどなく、ベージュ色の荒涼とした山岳風景が広がっていました。
日本では見ることができないその景色を、脳の奥までしっかりと焼きつけておこうと思い、僕は窓の外ボーッと眺めて過ごしました。ジープロードには、おでこに布をかけて大きなバックパックを運ぶシェルパが多く見られました。細い身体でも、屈強な筋肉を持ち、巨大な荷物を運んでくれるので、ガイドとして雇う観光客も多いようです。見上げると空は澄み渡っていて、絵に描いたような水色でした。

「ポン!」と急に小気味のいい音が車内に響き渡ると、おじいさんが太鼓をたたき出し、おかあさんたちが歌い始めました。山岳エリアに来ているという高揚感にあおられます。隣に座っていた沖本くんは「感動して涙が出そう」と言ってました。1時間ほどでムクティナートに到着です。
ムクティナートでは、集落の奥にある「ボブ・マーリー ゲストハウス」という安直なネーミングの山小屋に投宿しました。食事は外国人向けにマイルドな味付けになっていて、おいしくいただきました。ここに自転車を置かせてもらい、トレッキングを2日間楽しんだ後、いよいよ自転車でのダウンヒルへ。

クタクタになるまで、地球と遊ぶ

ダウンヒルの始まりはそこそこハードな道で、MTB経験者でないと下りられないでしょう。29インチのアドベンチャーバイクSalsaの「Fargo」を駆る沖本くんは、キャッキャ言って楽しそうでしたが、26インチのキャンピング車であるRevolve「Traveler」の僕は、前傾がきつくて、何度か前転しそうになりました。それでも「こえ~っ!」と笑い、叫びながら走るほどに楽しい道でした。
崖崩れにも遭遇し、自転車を抱えて登山道のような崖を登ったり、吊り橋に迂回したりと、まさにアドベンチャー。雨季の終わりのため、道が水溜りになっているどころか川になっているところも多く、ツーリング仕様のカンチレバー式ブレーキはズルズル滑るし、前輪がパンクするし…と、一筋縄にはいきません。地元のクルマが立ち往生するところも何度か見かけました。そう思うと、自転車の方が良かったのかもしれません。
1日目は、日本人が栽培を手伝ったと言われるリンゴの木が名物の村マルファ(標高2670m)、2日目は、川沿いに天然の温泉があるタトパニ(標高1190m)、そして次の日に、アンナプルナサーキットの拠点となるベニ(817m)まで下り、やがて舗装路になりました。


ダート走行はスピードは出せませんが、人馬一体となって自転車を操る感覚が楽しく、毎日クタクタになるまで地球と遊ぶことができます。2人で力を合わせた山ライドでは、1度も転倒することなく無事に下山。パンクは1回だけで済みました。
ネパールはこういった山岳エリアが観光地となっていて、南のタライ平原の情報がほとんどありませんでした。観光客も大体インドに抜けてしまうようです。しかし、約500km東のインド国境まで行けば、観光地化していない本当のネパールに出会えるかもしれないと思っていました。
そして、その予想は見事に的中したのです。
<つづく>

タイクーンモデルエージェンシー所属。雑誌、広告、WEB、CMなどのモデルをメインに、トラベルライターとしても活動する。「GARRRV」(実業之日本社)などで連載ページを持つ。日本アドベンチャーサイクリストクラブ(JACC)評議員でもあり、東南アジア8カ国、中南米11カ国を自転車で駆けた旅サイクリスト。その旅日記をもとにした著書『自転車ロングツーリング入門』(実業之日本社)がある。趣味は、登山、オートバイ、インドカレーの食べ歩き。ウェブサイトはwww.akikazoo.net。