日本を代表するスプリンター宮澤崇史が引退を表明 2014ジャパンカップが最後のレースに

by 上野嘉之 / Yoshiyuki KOZUKE
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 プロ・ロードレーサーで元全日本ロードチャンピオンの宮澤崇史(ヴィーニファンティーニ・NIPPO・デローザ)が引退を表明した。10月19日午前、宇都宮市で開催されるジャパンカップサイクルロードレースの選手紹介のステージで、ファンに向かって自ら明らかにした。この日のジャパンカップが、プロ選手として最後のレースとなる。

現役引退を表明した後、Cyclistのインタビューに応じる宮澤崇史 =2014年10月19日、宇都宮森林公園特設会場(米山一輝撮影)現役引退を表明した後、Cyclistのインタビューに応じる宮澤崇史 =2014年10月19日午前、宇都宮森林公園特設会場(米山一輝撮影)

 宮澤はCyclistの取材に対し、「頭でイメージする自分の走りと、体の動きがイコールにならなくなってきた。上を目指す走りができなくなってきた」と引退の理由を語った。引退は10月に入って決めたという。

 宮澤は1978年長野県生まれの36歳。高校卒業後にイタリアへ留学した後、日本と欧州のロードレースチームを行き来しながらトップクラスで競技を続けた。2007年にアジア選手権ロードで優勝、2010年には全日本選手権ロードを制するなど、日本を代表するスプリンターとして活躍。2012、13年にはUCIプロチームのサクソバンク(13年はサクソ―ティンコフ)に加入し、世界のトップクラスの選手たちと競った。

2012年のジャパンカップの終盤、集団でペテル・サガンらを牽引する宮澤崇史2012年のジャパンカップの終盤、集団でペテル・サガンらを牽引する宮澤崇史(砂田弓弦撮影)
10月18日の「2014ジャパンカップクリテリウム」で日本人最高位の8位に入り、インタビューを受ける宮澤崇史2014年10月18日のジャパンカップクリテリウムで日本人最高位の8位に入り、インタビューを受ける宮澤崇史

 今シーズンは恩師の大門宏監督が率いる現所属チームで、ベテラン選手として後進を育てつつレースを続けていた。10月18日のジャパンカップクリテリウムでは日本人最高位の8位に入った

2013年末、Cyclistのインタビューに答える宮澤崇史(田中苑子撮影)2013年末、Cyclistのインタビューに答える宮澤崇史(田中苑子撮影)
2014年3月、Cyclistの取材を受け、自宅で妻の花菜子さんの手料理を食べる宮澤崇史2014年3月、Cyclistの取材を受け、自宅で妻の花菜子さんの手料理を食べる宮澤崇史
トレーニングで走る宮澤崇史(田中苑子撮影)トレーニングで走る宮澤崇史(田中苑子撮影)

 一方、2001年に母親に肝臓の一部を生体移植で提供したことで知られている。臓器のドナーになった後に、トップ選手として競技に復帰したことでも称賛を集めた。

 宮澤は最後のレースとなるジャパンカップで「自分らしい走りを見せたい」と決意し、スタートラインへ向かった。

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