MSN産経ニュースwest【車椅子バスケの魅力】より体操の池谷兄弟から刺激「オリンピック出たいな」 車椅子バスケ・網本麻里さん<3>

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 車椅子バスケットボール女子日本代表のポイントゲッター、網本麻里さん(25)。2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックでの活躍が期待される“浪速っ娘”だ。まず2年後のリオデジャネイロ・パラリンピック出場が目標だが、アジア・オセアニアゾーン予選で強豪オーストラリアと中国が立ちはだかる。 (聞き手・産経新聞大阪編集局 野瀬吉信)

◇         ◇

シュートを打つ時は「フォームのことしか考えない」

オフィシャルブログを開設している網本麻里さん。「昨日は、オーストラリアで買ってきたアイスワインの赤飲みました!!飲み過ぎ危険です( ̄▽ ̄)笑」などと茶目っ気たっぷりに書き込む“浪速っ娘”だオフィシャルブログを開設している網本麻里さん。「昨日は、オーストラリアで買ってきたアイスワインの赤飲みました!!飲み過ぎ危険です( ̄▽ ̄)笑」などと茶目っ気たっぷりに書き込む“浪速っ娘”だ

――高校(阪南大高校)ではバスケットボール部に入った

 マネジャーでとりあえず所属したらと先生にいわれた。体育館も「半分空いていたら練習に使っていいから」っていってもらったんで、マネジャーで登録して、横で車椅子乗って練習していました。1人で。もう1人マネジャーがいたんですが、その子が時間あるときはリバウンドの練習をしてくれたり。基本的には車椅子バスケのチームの練習が夜だったんで、ほとんど高校の練習には行けなかったんですけど、行けるときはなるべく行きました。

――高1でいきなり日本代表に選ばれた

 そうですね。1年生の3月くらいです。簡単になれるもんじゃないんですけど。

――ポジションはFWで、ポイントゲッター

 はい。

――当時、どれくらい車椅子バスケに熱中を

 熱中度は今よりなかったですね。でも、バスケが好きだからやっていたみたいな感じです。日本代表にはなれたらいいなぁくらい。子供の頃、体操をやっていたのは池谷兄弟(幸雄さん、直樹さん)が所属していたクラブで、そういう人たちを見て「あぁ、オリンピック出たいな」って思ってた。バスケに変わったけど、ミニバスのときもバスケの選手でオリンピックに出たいなって思って。車椅子バスケで、「頑張ったら日本代表になれるかもしれへんよ」っていわれたときに、「ほんじゃ、オリンピック出られるかも」って思ったんです。

――オリンピックの発想は池谷兄弟の影響か

 池谷兄弟が体操クラブに来てくれたことがあって、そのときに、「そういう舞台ってすごいんや。出てみたいなー」って思ったんです。

――初めての国際試合は

 2005年の世界ジュニア選手権です。06年の世界選手権が初めての大きな試合です。ジュニア選手権は男女混合なんですよ。女子の選手が私ともう1人。メンバー12人のうちの12が男子でもいいんですけど、女子も交ざってもいい。体力的には差があります。でも女子は障害の程度で決まる持ち点がマイナス1点で出られる。私は4.5だけど3.5。成績は銀メダルでした。06年の世界選手権は6位でした。

――その後の国際大会の経験と成績を

U25女子世界選手権のメンバーとポーズをとる網本麻里さん(中段右から2人目)。1試合51得点と大活躍だった =2011年7月、カナダ(網本麻里さん提供)U25女子世界選手権のメンバーとポーズをとる網本麻里さん(中段右から2人目)。1試合51得点と大活躍だった =2011年7月、カナダ(網本麻里さん提供)

 07年の親善試合でオーストラリアへ行ったんですけど、1試合38点取った。そのあと、08年に北京パラリンピック出て、4位だったんですね。大会の得点王にもなった。7試合で133点でした。10年の世界選手権(英国)に出て、7位。11年のU25女子世界選手権(カナダ)で5位になって、その中のメキシコ戦で1試合51点。これが今の世界記録です。6月の世界選手権(カナダ)では9位でした。

――シュートは得意だった

 もともとシュートを打つ役割。シューティングガードっていうんですけど、ボールを運んで味方にパスしつつ、自分もシュートを打つのが仕事。シュートのコツは自分が思い描いているフォームで打てるかどうか。すごく意識します。「こんだけ練習してきたんやから外すわけないやろ」みたいに考えると外すんですよ。だから、なるべく無になれるように何も考えない。自分のシュートフォームしか考えない。それ以外は何も考えない。

→<4>へつづく

網本麻里(あみもと・まり)

 1988(昭和63)年、大阪市出身。小3でバスケットボールを始めるが先天性内反足という右足首の病気のため断念。2004(平成16)年の高校1年時から車椅子バスケットボールを始め、翌年日本代表入り。08年の北京パラリンピックは4位だったが7試合133点をマークして得点王。11年のU25世界選手権メキシコ戦では51得点し、1試合得点の女子世界記録を樹立した。

MSN産経ニュースwestより)

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