MSN産経ニュースwest【車椅子バスケの魅力】より2回目の手術で諦めかけたとき「世界」を見た 車椅子バスケ女子日本代表・網本麻里さん<1>

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 車椅子バスケットボール女子日本代表のポイントゲッター、網本麻里さん(25)は元気あふれる“浪速っ娘”だ。2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックでの活躍が期待されるが、当面の目標は2年後のリオデジャネイロ・パラリンピック出場だという。しかし、アジア・オセアニアゾーン予選では強豪オーストラリアと中国が立ちはだかる。そんな現状やこれまでの経験を通じて、車椅子バスケットボールの魅力について熱く語ってくれた。 (聞き手・産経新聞大阪運動部 野瀬吉信)

◇         ◇

親の方針は「障害あるからこそ運動させよう」

「バスケが大好き」という網本麻里さん。2度目の手術後は車椅子バスケにのめり込んだ(甘利慈撮影)「バスケが大好き」という網本麻里さん。2度目の手術後は車椅子バスケにのめり込んだ(甘利慈撮影)

――車椅子バスケットボールを始めたきっかけは

 右足首に生まれつき障害があって歩けなかったんです。内反足(ないはんそく)という骨の病気。1歳10カ月で手術して、2歳ちょっとで器械体操を始めた。親は「障害を持っている子やから何もさせてあげやんとこ」じゃなく、「障害を持っているからこそ何か運動をさせてあげよ」。その後、小学3年のときに友達に「麻里ちゃん、ミニバスやろ」といわれて、「いいよ」って。その友達に誘われたのがバスケに出合ったきっかけです。

――ミニバスとは

 小学生のバスケットボールです。普通に走って、みんなと一緒にやってた。小学5、6年のころ医師から「中学2年生になれば手術しよ」といわれていた。

――2回目の手術をと

 成長につれて骨の形も変わるし、体重も増えるじゃないですか。骨が固まるのが中学2年くらいだから、骨を切る手術をした。それまで、本当はバスケをやったらあかんかったんです。でも、すごくバスケが好きで、体育館にこもるくらいバスケが好きで、やってたんです。

――車椅子バスケは

 母親に後から聞いたのですが、「娘がバスケをしている姿をずっと見ていたい」と思っていて、長居の障がい者スポーツセンター(大阪市東住吉区長居公園)で車椅子バスケをやってると聞き、見に行った。それが、車椅子バスケとの出合いです。小学6年で初めて見に行ったのですが、「バスケやってんな」ぐらいにしか思ってなかった。中1のときに手術日や入院など具体的に決まり始め、「本当に手術するんや。バスケできひんにゃ」って思って、「あっ、車椅子バスケってあったな」と思った。

――それで本格的に車椅子バスケを

 まだ、思ってなかった。高校に入学して間もなく、19歳以下で誰でも参加できる車椅子バスケのオーストラリア遠征があったんです。アメリカ、日本から来て試合をする。そのとき、同行者が「(参加した)この人たちは各国の代表選手になっていく人たち。真剣にやりたいと思うのならチームに入って一生懸命やれば日本代表になれるよ」っていわれた。「それじゃ、代表になろうかな」って思って、今の「カクテル」という関西のクラブチームに入ったんです。

<2>へつづく

網本麻里(あみもと・まり)

 1988(昭和63)年、大阪市出身。小3でバスケットボールを始めるが先天性内反足という右足首の病気のため断念。2004(平成16)年の高校1年時から車椅子バスケットボールを始め、翌年日本代表入り。08年の北京パラリンピックは4位だったが7試合133点をマークして得点王。11年のU25世界選手権メキシコ戦では51得点し、1試合得点の女子世界記録を樹立した。

MSN産経ニュースwestより)

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