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つれづれイタリア~ノ<33>静かな王者・ニバリが愛される理由 イタリア人の求める新ヒーロー像がここにある

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 2014年のツール・ド・フランスはヴィンチェンツォ・ニバリ(アスタナ プロチーム)が総合優勝を手にしました。イタリア人選手としては16年ぶりの快挙で、イタリア中がニバリ・フィーバーに湧いています。

 テレビニュース、新聞、雑誌などニバリがあらゆるメディアに登場し、キオスクへ行けば王者のシンボルである「マイヨジョーヌ」の黄色一色です。ツールが終わって約2週間が経ちましたが、ニバリがもたらした喜びは留まることを知りません。次から次へとニバリを題材にした何かが出てきます。

ヴィンチェンツォ・ニバリを特集したガゼッタ・デッロ・スポルト紙の別冊付録ヴィンチェンツォ・ニバリを特集したガゼッタ・デッロ・スポルト紙の別冊付録

 8月1日発行のスポーツ紙、ガゼッタ・デッロ・スポルトの付録として「NIBALI E L’ITALIA DEL TOUR(ニバリとツール・ド・フランスにおけるイタリア)」という別冊が発売されました。ガゼッタ紙が誇るジャーナリストたちが188ページに渡って2014年のツールを分析し、ニバリの栄光の軌跡をたどっています。さらに過去のイタリア人王者も紹介。

ニバリがカトリックの公式雑誌「ファミリア・クリスティアーナ」の表紙を飾ったニバリがカトリックの公式雑誌「ファミリア・クリスティアーナ」の表紙を飾った

 カトリックの公式雑誌「ファミリア・クリスティアーナ(クリスチャン家族)」もニバリの特集に踏み切りました。非常に保守的な雑誌だけあって、スポーツ選手が登場するということ自体が異例中の異例。さらに国営テレビでは、8月2日にニバリ特集番組が放映されました。

 さて、なぜここまで彼の人気が出ているのでしょう。1998年にジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスのダブル優勝に輝いたマルコ・パンターニと同じ盛り上がりを見せています。しかし、マルコ・パンターニと比べて、ニバリの優勝はまた別の魅力を持っています。静と動でいえば、動のパンターニに対してニバリは静の選手という印象です。

王者誕生のルーツは“父親の肥満解消”!?

 ニバリが国際的に注目されはじめたのは2008年。ステージレースのジロ・デル・トレンティーノで総合優勝したのです。そして彼の存在を強く印象付けたのが、2010年のジロ・デ・イタリアでした。

 当時リクイガス・ドイモに所属していたニバリは、キャプテンだったイヴァン・バッソ(イタリア)をアシストしながらも第4ステージからマリアローザを獲得していました。しかし、第6ステージでバッソが遅れて、キャプテンをアシストするためにマリアローザを脱ぐことになりました。マリアローザを脱ぎ捨てるという行為はイタリアのジャーナリストから厳しく批判されましたが、最終的にバッソは総合優勝し、ニバリも第14ステージで優勝を飾りました。リクイガス黄金時代でした。

マリアローザのヴィンチェンツォ・ニバリが、エースのイヴァン・バッソを牽引(ジロ・デ・イタリア2010)マリアローザのヴィンチェンツォ・ニバリが、エースのイヴァン・バッソを牽引(ジロ・デ・イタリア2010)

 この年からニバリの才能が一気に開花。ブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝(2010)、ジロ・デ・イタリア総合優勝(2013)を飾ると、これに今年のツール総合優勝を加え、真のチャンピオンの座に上りつめました。ニバリ以前に3大ツールすべてを制したのはたったの5人。ニバリはジャック・アンクティル(フランス)、フェリーチェ・ジモンディ(イタリア)、エディ・メルクス(ベルギー)、ベルナール・イノー(フランス)、アルベルト・コンタドール(スペイン)に続いて史上6人目の偉業を達成したのです。

 ヴィンチェンツォ・ニバリの自転車への愛は、3歳で始まりました。ロードバイクとの出会いは9歳の時、中古のピナレロ製でした。買った理由は単純。お父さんのサルヴァトーレさんはアマチュアサイクリストで、少し肥満気味でした。そこで、やせるために息子と一緒に走ろうと考えました。たったこれだけの話。

 しかし、それまで乗っていた子供用の重い自転車との違いに驚いたヴィンチェンツォくんは、ますます自転車にハマりました。地元シチリアのチームに入ったもののシチリアではレースが少なく、2002年に自らの自転車競技人生のため親元を離れトスカーナに留学。実は、同じシチリア出身のジョヴァンニ・ヴィスコンティも、ふるさとを離れイタリア北部ピエモンテ州に渡った選手です。

謙虚で地道、そしてシチリア出身

 なぜイタリアがニバリ・フィーバーに湧いているかというと、イタリア人が求める「新しいイタリア人像」をニバリがもっているからです。ジュニア時代から「lo Squalo dello stretto(メッシーナ海峡のサメ)」または「Cannibale(人食い人間)」と呼ばれていますが、性格的には正反対です。

大雪でステージが休止になり、穏やかに1日を過ごすヴィンチェンツォ・ニバリ(ジロ・デ・イタリア2013)大雪でステージが休止になり、穏やかに1日を過ごすヴィンチェンツォ・ニバリ(ジロ・デ・イタリア2013)

 ニバリは実に控えめであまり目立たない人。謙虚で家族思いな男なのです。トスカーナ州の伊達男、マリオ・チポッリーニというよりも、イヴァン・バッソの遺伝子を引き継いだ選手といっていいでしょう。

 なぜイタリア人は男らしいイメージの選手よりも静かな選手を愛しているのでしょうか。それは自信満々で嘘ばかりをつく政治家やタレントさんにうんざりしているからです。2004年にユーロが導入されました。その当時のベルルスコーニ政権は悪質な便乗値上げ行為を放置し、イタリア人の購買力が一気に下がりました。しかしベルルスコーニ首相はこれを問題視せず、「イタリア人は豊かになった」と嘘のメッセージを送り続けました。

 さらに2008年にリーマン・ブラザースの倒産で始まった世界的規模の経済危機はイタリア市民を苦しませ、消費税などの増税で、国民の負担ばかりが大きくなりました。政治家たちは知らん顔で、スキャンダルや賄賂が横行。イタリア人は、軽い口約束をする政治家たちや一晩のテレビ出演で何万ユーロを稼ぐタレントよりも、家族のもとを離れ毎日の地道な努力の積み重ねで成功していく人間のほうが現実的で身近な存在であると分かりました。

 ニバリが愛されているもう一つの理由は、南イタリア、シチリアの出身だからです。イタリア人の多くが南イタリア出身者に対し大きな偏見を抱いています。努力しないし、働かない。ニバリはこれを覆しました。努力すれば、誰でも成功できるというメッセージをイタリア人に強く伝えたのです。

イタリアではビンタが見直されている?

 お母さんの話によれば、小さい頃のヴィンチェンツォくんはとても頑固な子供でした。三輪車が大好きで、無謀な運転ばかりしていた結果、何回も転んでしまい、何回も病院にお世話になったそうです。小さい頃のニバリは体が弱くて心拍数が安定せず、さらに脚は曲がっていて左右の長さが違っていました。医師からは「自転車競技向きの体ではない」と告げられました。それでもニバリは自転車を離れることはありませんでした。

 年頃になった14歳のニバリは、初めて自転車をやめたいとお父さんに告げました。しかし、お父さんの思いがけない返事はビンタでした。結果として、自転車をやめることはなかったそうです。(コッリエーレ・デッラ・セーラ紙のインタビューより)

 イタリアでも少子化の影響で過保護な親が増えています。一方で、子供のしつけが見直され昔ながらのルールを重んずる傾向があります。ニバリのお父さんの行為に対しては「子どもへの正しい体罰も必要な教育の一環」という点で、多くの人が共感したようです。

イタリア自転車界の明るい未来

ジロ・デ・イタリアで総合3位に入ったファビオ・アール。イタリアの期待を背負う有望株だ(ジロ・デ・イタリア2014)ジロ・デ・イタリアで総合3位に入ったファビオ・アール。イタリアの期待を背負う有望株だ(ジロ・デ・イタリア2014)

 ニバリだけでなく、今年のジロではファビオ・アール(アスタナ プロチーム)が総合3位に入る活躍。30代のバッソ、ダミアーノ・クネゴ(ランプレ・メリダ)に代わって20代の新星の才能が開花しつつあります。国際化していくサイクルロードレースにおいて、イタリアには新たな風が吹いていると期待され、国内の自転車競技は例年にない盛り上がりを見せています。週末に出かければ、老若男女、みんな自転車に乗っています。

ヴィンチェンツォ・ニバリ
生年月日1984年11月14日
身長:180cm
体重:64kg
所属チーム:
2003~2004年 GSマストロマルコ(U23)
2005年 ファッサボルトロ
2006~2012年 リクイガス
2013年~ アスタナ プロチーム
公式サイト:http://vincenzonibali.it/(イタリア語)

ニバリの好きなもの

【チームメート】
ツール・ド・フランス中にニバリは監督のパオロ・スロンゴ(41)に自分のクレジット・カードを渡し、10数人のチームメートらにディナーをおごった。
【鍼治療】
ニバリは鍼治療が大好き。その影響で多くのチームメートもやりはじめた。
【挑戦】
「挑戦以上に楽しいことはない」

ニバリの嫌いなもの

【バナナ】
ニバリはバナナが大嫌いなようで、見たくもないそうです。その代わりに酸っぱいフルーツタルト(ベリー、イチゴ味)に目がない。
【新しいジャージ】
新しいジャージはあまり好まない。なるべく同じジャージを洗い、翌日にまた使いたい。
【乾燥機】
ジャージを痛めるので、乾燥機は大嫌い。天日干しを求める。
【レース前のマッサージ】
ニバリはレース前に絶対マッサージしないそうです。どんなに寒くてもしない。
【ソーシャルネットワーク】
「世界に向けてつぶやくよりも、仲のいい友だちとメールをした方がいい」とニバリは言います。

文 マルコ・ファヴァロ

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

イタリア語講師。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会で、自転車にまつわるイタリア語講座「In Bici」(インビーチ)を担当する。サイクルジャージブランド「カペルミュール」のモデルや、Jスポーツへ「ジロ・デ・イタリア」の情報提供なども行なう。東京都在住。ブログ「チクリスタ・イン・ジャッポーネ

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