病気で闘う仲間のために、支えてくれた仲間のために骨肉腫と闘う大宮アルディージャの塚本泰史さんがさいたま~仙台342kmを走破

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 サッカーJリーグ・大宮アルディージャの主力選手として活躍しながら、2010年に右大たい骨の骨肉腫と診断され戦列を離れた塚本泰史(たいし)さん(29)。その後、腫瘍のある大たい骨の一部を切除して人工関節に置換し、現在は大宮アルディージャのアンバサダーとしてさまざまなスポーツに挑戦して、病気と闘う仲間を励ましています。そんな塚本さんが7月31日から8月2日にかけて、さいたま市から仙台市までの341kmを自転車で走破。近い将来、トライアスロンへの挑戦も目標に掲げています。塚本さんの自転車チャレンジについて、大宮アルディージャの協力により、クラブのウェブサイトに掲載されたレポートをCyclistでもお伝えします。

仙台へゴール! サポーターの皆さんと一緒に記念撮影仙台へゴール! サポーターの皆さんと一緒に記念撮影

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 塚本さんはこれまで「同じ病気で戦っている人たちを勇気づけたい」「これまで支えてきてくれた人たちに、自分が頑張っている姿を見せることで、少しでも恩返しをしたい」という想いをもって、2012年に東京マラソンを完走、2013年には富士山の“0合目”にあたる登山口からの山頂への登頂を達成しました。そして今年の目標に掲げたのは、8月2日にユアテックスタジアム仙台で開催されたベガルタ仙台-大宮アルディージャ戦の応援に自転車で向かうことでした。

 以前から「トライアスロンに挑戦したい」という目標を掲げてきた塚本さん。自転車のトレーニングを始めるにあたり、ベルギーの老舗メーカー「THOMPSON」(トンプソン)の日本総代理店であるHAMASHOによるサポートが決まり、トレーニングの一環として今回のライドが設定されました。

たくさんの応援に支えられて

 7月31日の早朝、さいたま市内の氷川神社で安全祈願を行って、出発地のNACK5スタジアム大宮へ。スタート地点には20人のファン・サポーターや塚本さんの家族らが見送りに集まりました。塚本さんは、一緒に走りながらサポートする兄の浩史さんとともに、午前6時半に仙台に向かってスタートしました。

氷川神社で安全祈願氷川神社で安全祈願
スタート地点にはたくさんのファン・サポーターが駆けつけたスタート地点にはたくさんのファン・サポーターが駆けつけた

 まずはさいたま市内を抜け、県道を走って国道4号線へ。スタートから2時間ほどで利根川を渡り、茨城県古河市に入りました。徐々に日が高くなり、塚本さんの身体に容赦なく太陽の光が照りつけるなか、黙々とペダルをこぎ、午前11時半には栃木県の宇都宮市に到着。この休憩ポイントに家族が激励に駆け付けました。本人には全く知らされていないサプライズで、塚本さんはたくさんのパワーをもらい、しっかりと休息をとってから再び出発しました。

一人ひとりと握手をしてスタートしました一人ひとりと握手をしてスタートしました
暑い日差しの中を着実に前進暑い日差しの中を着実に前進
宇都宮市に入ります宇都宮市に入ります

 午後は日差しが強くなり、さらに高低差のある道によって体力は少しずつ、そして確実に奪われていきます。それでも、非常に整備された道に助けられ、2人は順調に距離を伸ばしていきました。午後5時半に1日目の宿泊地である栃木県黒磯市に到着。大宮からの走行距離は138kmに達していました。

上り坂も懸命にこぎます上り坂も懸命にこぎます
1日目完走!1日目完走!

日差しと上り坂に苦しむライド

 2日目の8月1日は、午前5時半にホテルを出発。涼しい時間帯に距離を稼ぐ作戦ですが、黒磯から福島県白河までは長い上り坂が2人を待ち受けていました。

2日目は朝5時半に出発2日目は朝5時半に出発
上り坂を駆け上ります上り坂を駆け上ります

 それでも、塚本さんは前日の疲れをものともせず強い推進力で前へと進んでいきます。午前9時には郡山市に到着。二本松市から福島市へ向かう途中にも、再び長い上り坂があり、塚本さんは時折厳しい表情を見せるものの、足を止めることなく前進しました。

 2日目の昼休憩ポイントである福島駅に着いたのは午後1時頃。ここでも塚本さんの家族が激励に訪れました。上り坂で疲れていた塚本さんの表情も、家族からの激励によっていつもの明るく勇気に満ちた表情に戻っていきました。

休憩ポイントではしっかりとストレッチ休憩ポイントではしっかりとストレッチ
安全走行のために自転車の点検・メンテナンスもしっかりと安全走行のために自転車の点検・メンテナンスもしっかりと

 休憩所に入った瞬間に空模様が急変し、雷雨に見舞われましたが、予定の休憩時間が過ぎて外に出てみると雨は止んでおり、天気も塚本さんの味方をしているようでした。午後はアスファルトが雨で濡れているため、より一層の注意を払って走っていきます。宮城県に入り、阿武隈川と並行する国道349号線の長い下り坂を通って2日目の宿泊地、角田市に到着。2日目は150kmを走り、大宮から288kmの地点まで辿り着きました。

2日目も残りわずか2日目も残りわずか
2日目も無事完走2日目も無事完走

被災地で、思いを新たに

 最終日の8月2日は前日までの疲労を取るため、ゆっくりとした朝を迎えました。この日も強い日差しを感じながら、スタート地点の角田市から沿岸部に向かいました。2012年にアルディージャが復興支援活動を行った亘理町を通り、沿岸部を北上。東日本大震災に被災した地域を自らの足で進み、自らの目で見ることで、塚本さんの表情は一層引き締まりました。少しずつ復興が進んでいる地域もあれば、3年前から時が止まってしまっているような場所もあり、塚本さんは「自分に何かできることがあれば、やらないといけない」という思いを強くしました。

最終日のスタート最終日のスタート
被災地の現状を目にする塚本さん被災地の現状を目にする塚本さん

 沿岸部を抜け、多賀城市に入ったあたりから、旅はラストスパートへ。仙台市街地を抜けるために交通量が増えてきたものの、残された体力と気力を振り絞り、細心の注意を払いながらゴールを目指しました。

 そして午後4時。仙台戦をともに闘うたくさんのファン・サポーター、そして両親に迎えられ、塚本さんはついにユアテックスタジアム仙台に到着しました。盛大な拍手と歓声を受ける塚本さんの姿からは、3日間のライドによる疲労のなかにも、チャレンジを達成した充実感があふれ出ていました。

無事に完走しました!!無事に完走しました!!
たくさんのサポーターの皆さんに迎えていただきましたたくさんのサポーターの皆さんに迎えていただきました

骨肉腫で亡くなった梅崎少年のご両親も出迎え

 さらにゴール地点には、もう1つのサプライズが塚本さんを出迎えました。2001年に骨肉腫で亡くなった梅崎太助さんの両親の姿があったのです。

 梅崎さんは佐賀県小城市に生まれ、子供のころからサッカー少年団でボールを追いかける日々を送っていました。しかし中学生の頃に足に骨肉種を発症、「サッカーを続けたい」という思いで、足を切断しないで治療を続けましたが、残念ながら14歳の夏に亡くなられました。

 梅崎さん夫妻は、さまざまなご縁があって、塚本さんと一昨年から交流を重ねてきました。そして今年5月にお会いした際、塚本さんから今回のチャレンジの話を聞き、ぜひゴール地点で彼を迎えたいと、塚本さんに内緒で佐賀県から仙台まで来られたのです。

 たくさんの方々に支えられながら、自らの足で前進を続け、総移動距離341.7kmを走りきり、3日間のチャレンジは終了しました。

暑い日差しを浴びながら前へ、前へと進んだ自転車旅暑い日差しを浴びながら前へ、前へと進んだ自転車旅
人生で初めて、自分の脚で旅した走行記録人生で初めて、自分の脚で旅した走行記録
積算走行距離表示は341. 7kmを示していた積算走行距離表示は341. 7kmを示していた

 塚本泰史アンバサダーは、次のように話しています。

 「約350kmという長い道程でしたが、クラブスタッフをはじめ、家族、サポーター、自転車をサポートいただいたHAMASHO様、サイクルコンピューターをご提供いただいたキャットアイ様、そして応援してくださる全ての皆さんのおかげで無事に走破することができました。長い上り坂は本当にきつかったですが、上り切った後の充実感、下り坂の爽快感は人生とも通じるものだと思いました。これからも厳しい道程ではあると思いますが、一歩一歩前に進んで夢の実現に向けてチャレンジしていきたいと思います。本当にありがとうございました」

(文・写真 大宮アルディージャ)

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