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“自転車革命都市”ロンドン便り<3>3つのパワーが重なって弾みがついたロンドンの自転車革命 15年前から現在まで進行中

by 青木陽子 / Yoko AOKI
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ロンドンの自転車シーンはこれまで男性中心で、女性ユーザーを増やすことが課題だったが、この数年変わりつつあるロンドンの自転車シーンはこれまで男性中心で、女性ユーザーを増やすことが課題だったが、この数年変わりつつある

 昼間の暑さが残る金曜の夜、ロンドンでいま人気上昇中の中東料理レストランで、通りに面したテーブルに座って前菜をつまんでいると、不意の夕立に。大きな日傘の下で、隣の席のカップルと一緒になったので会話をすると、ふたりともいま自転車に夢中だとのことでした。わたしがロンドンに頻繁に来るようになっておよそ15年、連載の第1回でも触れたように、当時はロンドンをはじめイギリス全体が自転車のとても少ない国でした。いまやロンドン市長自ら「自転車革命都市」と名乗るほどのこの劇的な変化はなぜ起きたのでしょうか?

イギリス人の3人に1人は自転車に乗れなかった

自転車通勤を呼びかける、ロンドンで最も発行部数の多い無料日刊紙の記事。2009年に行われていた無料の自転車通勤レッスンを紹介している自転車通勤を呼びかける、ロンドンで最も発行部数の多い無料日刊紙の記事。2009年に行われていた無料の自転車通勤レッスンを紹介している

 15年前にちらほら見かけたのは、ロンドン都心のメッセンジャーたち、それに気合いと年季の入った元ヒッピー風のサイクリストたち。路上に自転車の存在感がなさすぎて、これはロンドンでは自転車は怖いなぁと残念に思ったものでした。

 取材を兼ねて、自転車の安全な乗り方レッスンを受けたこともありました。その際、コーチをしてくれた自転車NGOの人が、イギリスは階級社会の名残りで「自転車は貧乏人のもの」というイメージが根強いこと、イギリス人の3人に1人はそもそも自転車に乗れないという統計があることなど、苦々しい顔で話してくれたのでした。

 それが、冒頭のカップルの男性は先月ベルギーへサイクリングホリデーに行ってきたと言うし、女性もロードバイクを買ってこの日が3回めのライドで「80kmを走り切れた!」とうれしそう。まさに今のロンドンの自転車事情を体現しているアラフォーらしきふたりと言えます。

見逃せない「政治主導」

 かれこれ十数年。今回掲載した動画に見られるように、いまや朝晩の通勤時間帯のロンドン都心は「ここはコペンハーゲン?」と思うほど自転車だらけです。急増する自転車に道路インフラが追いつかず、自転車専用レーンと専用信号がある場所では、信号待ちの自転車が1回の青信号で渡りきれない事態が発生しているほどです。クルマの交通量よりも自転車の交通量のほうが多い通りも出てきました。

 何が変化を引き起こしたのか、起きたことで社会がどう変わりつつあるのか、問題なくスムーズにいっているのか…。まず、ロンドンのこの自転車革命を動かした要素を見わたすと、大きく分けて次の3つの要素があったと言えます。

(1)政治行政のイニシアチブ
(2)マスコミのイニシアチブ
(3)(市民、サイクリストによる)自転車NGOのイニシアチブ

 政治行政の観点からは、成人の3人に1人が肥満で多くの人が日常的な運動の必要性を感じていたり、自動車による大気汚染や気候変動への対策が叫ばれ、その答えのひとつとして、おもに北ヨーロッパ各国で自転車が推進され効果を上げていていたという背景があります。そこに解決策を見たケン・リヴィングストン前市長が、自転車NGOが地道に築き上げてきたサイクリングに適したルートを作る動きと協働したのです。

自転車や歩行者に危険なジャイロ(大型ロータリー)を減らす政策の1つとして、有名なトラファルガー広場も改修された。これは2003年の様子自転車や歩行者に危険なジャイロ(大型ロータリー)を減らす政策の1つとして、有名なトラファルガー広場も改修された。これは2003年の様子
2003年に賛否両論で轟々の世論の中、前市長(労働党)のほぼ独断で導入された混雑税。現市長(保守党)になって課金される地域が縮小されたがいまも続いている2003年に賛否両論で轟々の世論の中、前市長(労働党)のほぼ独断で導入された混雑税。現市長(保守党)になって課金される地域が縮小されたがいまも続いている

 そのひとつ、都心を移動する車両に料金を課す「混雑税」は、ユニークな試みとして当時日本でも報じられていたと思います。自転車用地図を市が配布したり、自転車講習会や自転車通勤体験が市の補助で無料で受けられたりした期間もありました。

 そしてパリに先を越されつつも、イギリスに公共自転車「バークレー・サイクルハイヤー」が登場しました。また、自転車通勤のためのスーパー自転車レーンは、いま現在敷設が進んでいます。通勤自転車を買うと減税になるという国の政策も効果が出ています。

東京で言えば国道1号線や246号線のような大きな道路を自転車だけ横切らせる特殊な交差点。自転車レーン整備のためのこういった工夫が増えた東京で言えば国道1号線や246号線のような大きな道路を自転車だけ横切らせる特殊な交差点。自転車レーン整備のためのこういった工夫が増えた
水色のロゴが目立つロンドンの公共自転車「バークレー・サイクルハイヤー」は2010年夏にスタート。これを通勤の足として毎日使っている人はかなり多い水色のロゴが目立つロンドンの公共自転車「バークレー・サイクルハイヤー」は2010年夏にスタート。これを通勤の足として毎日使っている人はかなり多い
自転車ユーザーのための案内。この数字は距離だが、敢えて所要時間を書いて「自転車だとけっこう早く着く」と示す試みも見かける自転車ユーザーのための案内。この数字は距離だが、敢えて所要時間を書いて「自転車だとけっこう早く着く」と示す試みも見かける

市民が中心となった自転車推進NGO

 主要マスコミも自転車利用促進の姿勢で、自転車利用と健康増進についてや、自転車での旅行などを積極的に扱ってきています。ロンドン市長選挙のときには、市長候補たちに聞く「誰がいちばん自転車に積極的? 自転車政策比較」といった記事も見かけました。自転車推進が票になるとわかれば、もちろん政治家は自転車シンパになるわけです。

2014年5月の地方選直前に開かれた、自転車NGOによる「自転車にもっとスペースを!」という自転車デモ。こういったアクションに万人単位の人が参加する2014年5月の地方選直前に開かれた、自転車NGOによる「自転車にもっとスペースを!」という自転車デモ。こういったアクションに万人単位の人が参加する
「市長のボリスのように自転車で」とキャッチのついた、自転車ニーズが急増していることを紹介する週刊誌の記事。写真はボリス・ジョンソン市長自身「市長のボリスのように自転車で」とキャッチのついた、自転車ニーズが急増していることを紹介する週刊誌の記事。写真はボリス・ジョンソン市長自身

 そしてこれらの政治家やマスコミが自転車の活用を持ち上げる背景に、自転車推進NGOの長年の活動や、自転車や交通に関するノウハウの蓄積があったことが見逃せません。たとえばいまロンドンでは、区ごとに制限速度を時速20マイル(時速32km)に引き下げる動きが広がっているのですが、これもヨーロッパでの先例をNGOが中心となって取材し、資料にまとめて政治や行政に働きかけてきた結果。言うまでもなく、NGOに寄付をして動かしているのはひとりひとりの市民です。

 とはいえ、ロンドンでもたくさんの自転車に関する問題が発生しています。自転車の普及や、安全な自転車環境の整備は、人々の「常識」を変えることになるので、どこの国でもほんとうに、ほんとうに難しいと思います。クルマ大国のイギリスは、日本よりもいっそう抵抗勢力は強いと感じます。

 それでもイギリスでは、社会全体のためにも自転車利用の拡大が必要であるという大きな合意がほぼとれたと言えるでしょう。インフラも少しずつ、試行錯誤だらけだけれど進んでいます。「あともう少し」と、かなりアツい議論が重ねられながら、自転車革命が今も進んでいるのです。

(文・写真 青木陽子 / Yoko Aoki )

青木陽子青木陽子(あおき・ようこ)

ロンドン在住フリー編集者・ジャーナリスト。自動車専門誌「NAVI」、女性ファッション誌などを経て独立起業、日本の女性サイトの草分けである「cafeglobe.com」を創設し、編集長をつとめた。拠点とするロンドンで、「運転好きだけれど気候変動が心配」という動機から1999年に自転車通勤以来のスポーツ自転車をスタート。現在11台の自転車を所有する。

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