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福光俊介の「週刊サイクルワールド」<69>“ニバリ時代”の幕開けとフランス自転車界の復権 ツール・ド・フランス2014を総括

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 大熱狂のイギリスをスタートしたツール・ド・フランス2014は、波乱のフランス北部、サバイバルとなったアルプス、そして勝負のピレネーを経て、パリ・シャンゼリゼへと到達しました。今回は164選手が完走。選手・関係者はもちろんのこと、戦いを最後まで見届けたファンも含め、ツールに関わったすべての人が“勇者”となった3週間でした。大会が閉幕して一息ついているところですが、次なる戦いも見据えつつ、ツールで中心となった選手たちの戦いぶりを振り返ります。

長い戦いを経てたどり着いた、パリ・シャンゼリゼを駆けるプロトン(第21ステージ)長い戦いを経てたどり着いた、パリ・シャンゼリゼを駆けるプロトン(第21ステージ)

「クラッシュや体調不良もレースのうち」との考えが浸透

 今回のツールは、例年以上に落車や体調不良に陥った有力選手がクローズアップされる大会だった。以前からその向きはあったが、今年は特に総合優勝最有力と見られていたクリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ)、アルベルト・コンタドール(スペイン、ティンコフ・サクソ)の2人がそろって姿を消したことも大きな要素だ。

 レースを観る者としては、つい「フルームがいれば…」「コンタドールが落車していなければ…」などと思ってしまうところであるが、実際に最前線で戦う選手たちや、レース現場で働く関係者たちには、そのような考えは通用しない。

3大ツール制覇を達成したヴィンチェンツォ・ニバリ(第21ステージ)3大ツール制覇を達成したヴィンチェンツォ・ニバリ(第21ステージ)

 総合優勝を果たしたヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、アスタナ プロチーム)は、有力選手たちの大会離脱に同情と悲しみを表しながらも、「クラッシュもレースのうち」と主張し続けてきた。これは初のグランツール制覇となった2010年ブエルタ・ア・エスパーニャや、圧倒的な強さで頂点に立った2013年ジロ・デ・イタリアのときと同様のスタンスだ。

 今回のニバリの走りからは、ライバルと目された2人から決して後れを取っているような印象は見受けられなかった。今シーズンは主だったリザルトはなく、ビッグレースでアタックしても失速するケースが目立ち、これほどの強さを発揮すると予想していた人はそう多くはないはずだ。

イタリアチャンピオンジャージを着て勝利を飾ったヴィンチェンツォ・ニバリが(第2ステージ)イタリアチャンピオンジャージを着て勝利を飾ったヴィンチェンツォ・ニバリが(第2ステージ)

 初優勝を果たした6月下旬のイタリア選手権に前後して、「キャリア最高のコンディションでツールを迎えられる」とイタリアメディアに語っていたようだが、まさにその言葉通りの戦いぶりだった。第2ステージでの鮮やかなアタックはもとより、第5ステージのパヴェ(石畳)での激走は、今後のニバリを語るうえで欠かせないレースとなりそうだ。その後のアルプス、ピレネーでの強さについては説明は不要だろう。

 アルプスとピレネーでライバルとのタイム差を大きく広げたことからも、第5ステージだけが勝因と捉えるべきではないだろう。ただ、第2ステージと合わせ、序盤で勢いに乗ったことは間違いない。

アルベルト・コンタドール(右)のアタックに対応するヴィンチェンツォ・ニバリ(第8ステージ)アルベルト・コンタドール(右)のアタックに対応するヴィンチェンツォ・ニバリ(第8ステージ)

 ナンセンスではあるが、ここで少しばかり“ファン目線”で「もしコンタドールが落車リタイアしていなければ」という話をしたい。第5ステージでついた2人の差は2分37秒。正直なところ、ヴォージュ山塊やアルプス、ピレネーで見せたニバリの強さからすると、この差をコンタドールが逆転できたとは想像できない。ただし、ニバリの戦い方がまったく違うものになっていたかもしれない、ということは考えられる。何度となく成功させたアタックからの独走は、コンタドールがいればそう簡単にはできなかったことだろう。

 いずれにせよ、大きな取りこぼしがなく、クラッシュや体調不良にも見舞われず、最初から最後までアグレッシブな姿勢を崩さなかった選手はニバリしか存在しない。また、ニバリがマイヨジョーヌを着用した第3ステージ以降、最後までレースをコントロール(一旦マイヨジョーヌを手放した第10ステージでもレースの主導権は譲らなかった)したアシスト陣の強力さも見過ごせない。ストーブリーグ(移籍期間)にアシスト候補を次々とそろえ、冬の段階で大方のメンバーを固めていたチーム首脳陣の計画性も光った。

 このツールの総合争いで最も強く、頂点にふさわしい男は、ヴィンチェンツォ・ニバリしかいなかったのだ。

“エリートクラブ”入りを果たしたニバリ 次なる野望は?

 もう少しニバリについて触れておくと、この勝利によって、3つのグランツールを制した6人目のライダーとなった。ジャック・アンクティル(フランス)、フェリーチェ・ジモンディ(イタリア)、エディ・メルクス(ベルギー)、ベルナール・イノー(フランス)、アルベルト・コンタドール(スペイン)と並び、“エリートクラブ”の一員となった。グランツールを1度制するのも特別な選手しかなせない業であるにもかかわらず、29歳にしてそのすべてを制覇したのだ。

すべてのグランツールを制し“エリートクラブ”入りしたヴィンチェンツォ・ニバリ(第21ステージ)すべてのグランツールを制し“エリートクラブ”入りしたヴィンチェンツォ・ニバリ(第21ステージ)

 記憶と記録に名を刻んだ偉大なライダーとなったニバリだが、モチベーションは失っていない。未だ勝利していないクラシック、そして世界選手権を獲りたいと意気込んでいる。

 今シーズンの残りスケジュールは、ヨーロッパ各地で開催されるポストツールクリテ(ツール出場選手を中心としたクリテリウム巡業)を経て、カナダで開催されるグランプリシクリステ・ケベック(9月12日)とグランプリシクリステ・モントリオール(9月14日)で戦線復帰。同月下旬にスペイン・ポンフェラーダで開催される世界選手権では、マイヨアルカンシエルの有力候補となることだろう。そして、10月5日のイル・ロンバルディアでは、ビッグクラシック初優勝に挑戦する。

結果を冷静に受け止めるペロー、トップとの差を着実に縮めると誓ったピノ

 1984年以来、30年ぶりに2人が総合表彰台に上がったフランス勢。総合優勝こそ逃したが、同国自転車界が復権へと動き出した成果によって、低迷の時期を乗り越えた。なお、30年前はローラン・フィニョン、ベルナール・イノーがワン・ツーフィニッシュを飾っている。

終盤の活躍で総合2位まで順位をあげた37歳のジャンクリストフ・ペロー(第21ステージ)終盤の活躍で総合2位まで順位をあげた37歳のジャンクリストフ・ペロー(第21ステージ)

 37歳のジャンクリストフ・ペロー(アージェードゥーゼール ラモンディアル)は、マウンテンバイクから転向し、実質ロード5シーズン目で総合2位の快挙。

 最も苦しんだステージは、オタカムの頂上ゴールだった第18ステージだったという。とはいえ、第17ステージ最後に登場した超級山岳サン・ラリー・プラ・ダデでは唯一ニバリに対応するなど、大会後半に強さを発揮。総合6位となったチームメートのロマン・バルデ(フランス)との関係性が疑問視される向きもあったが、チームはこの2人をダブルエースとして上手く共存させることに成功した。

 第20ステージの個人タイムトライアルを7位とまとめ、総合2位を確定させた瞬間は涙を流した。昨年のツールでは、同じ個人TTだった第17ステージにおいて、家族が見守るなかで落車リタイア。悲劇を乗り越えた先の結果だけに、胸に迫るものがあったのだろう。それでも、冷静さを取り戻した彼は「フルームやコンタドールがいれば、この結果は難しかったと思う」と分析。また、マウンテンバイク時代には2008年北京五輪で銀メダルを獲得しているが、ツールの結果と比較して「五輪のメダルに勝るものはない」とキッパリ。

 「これでもう引退できる」などとジョークを飛ばした彼だが、「あと2年はキャリアを続けたい」と意欲的。ジロ・デ・イタリアを次なる目標に据えたいとしている。

新王者ヴィンチェンツォ・ニバリ(右)と、“未来の王者”として期待されるティボー・ピノ(第21ステージ)新王者ヴィンチェンツォ・ニバリ(右)と、“未来の王者”として期待されるティボー・ピノ(第21ステージ)

 総合3位のティボー・ピノ(エフデジ ポワン エフエル)は、新人賞のマイヨブランも同時受賞。こちらは24歳と若く、フランス国内では“将来のツール王者”との期待も膨らんでいるようだ。

 本人は「ニバリとの総合タイム差(8分15秒)にかなりの違いがある。勝利を考える立場になるには長い道のりが待っている」と受け止めている。それでも、山岳での安定感やアタック時のパンチ力は、すでにライバルに脅威を与えるレベルだ。上位でまとめられるTT能力もあり、今後グランツールライダーとして大化けする可能性は十分。苦手のダウンヒルは、今回のように致命的なミスさえなければ問題なさそうだ。

“プランB”前向きに戦ったチーム アタック翌日に苦しんだ選手たち

 今回のツールでは“プランB”というフレーズがあちこちから聞かれた。これは、エースを失ったチームが残るステージを戦ううえでの「次の一手」を意味する。

TT世界王者の貫録を見せ、ステージ2勝目を挙げたトニー・マルティン(第20ステージ)TT世界王者の貫録を見せ、ステージ2勝目を挙げたトニー・マルティン(第20ステージ)

 第1ステージでマーク・カヴェンディッシュ(イギリス)を失ったオメガファルマ・クイックステップ、第10ステージでコンタドールを失ったティンコフ・サクソは、大きなショックを乗り越えポジティブに戦ったチームだ。

 オメガファルマ・クイックステップは、第7ステージでマッテーオ・トレンティン(イタリア)がスプリント勝利。第9ステージではトニー・マルティン(ドイツ)の大逃げが成功。第20ステージでのマルティンの個人TT勝利を合わせ、3勝を挙げた。

 ティンコフ・サクソは、アルプスとピレネーで躍動。ラファウ・マイカ(ポーランド)が頂上ゴールで2勝すると、マイケル・ロジャース(オーストラリア)も第16ステージで下りでの駆け引きを制してトップでゴールへ。チームとして3勝を挙げると同時に、開幕直前に急遽メンバー入りしたマイカが山岳賞まで獲得。

終盤ステージの上りで強さを発揮し、山岳賞を獲得したラファウ・マイカ(第18ステージ)終盤ステージの上りで強さを発揮し、山岳賞を獲得したラファウ・マイカ(第18ステージ)
ツール初勝利を挙げたベテランのマイケル・ロジャース(第16ステージ)ツール初勝利を挙げたベテランのマイケル・ロジャース(第16ステージ)

 両チームとも、勝利したのは絶対的エースを支えるはずだったアシスト選手たち。彼らの戦いぶりは、1人のライダーとしての能力はもちろん、チーム力の高さを改めて証明した。そして何より、主軸を失い、新たな戦いを強いられるなかで選手間の団結が強まった結果なのだ。

 一方で、落車負傷や体調不良で後退した有力選手が、総合順位のジャンプアップを目論み逃げ集団に加わったものの、そのダメージが翌日に響くケースが多く見られた。

 第16ステージで逃げたミハウ・クフィアトコフスキー(ポーランド、オメガファルマ・クイックステップ)は、優勝こそ逃したものの36秒差の7位とまとめ、この時点で総合9位に浮上。一度は大きく遅れた総合で、再度上位を狙える位置に戻した。しかし、翌日には25分59秒遅れと大ブレーキ。アシストに付き添われながらゴールし、戦線から完全に姿を消した。

総合順位アップを狙って逃げにのったユルヘン・ヴァンデンブロック(第17ステージ)総合順位アップを狙って逃げにのったユルヘン・ヴァンデンブロック(第17ステージ)

 同様に、第17ステージで積極的な走りを見せていたユルヘン・ヴァンデンブロック(ベルギー、ロット・ベリソル)も、続くステージで失速。総合トップ10圏内への復帰を果たすことができなかった。

 このように実績のある選手たちでさえ、体調や天候、コースレイアウト、アクシデントなどに屈してしまう。それがツール・ド・フランスなのである。

今週の爆走ライダー-ティボー・ピノ(フランス、エフデジ ポワン エフエル)

「爆走ライダー」とは…

1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。

 2012年のツール・ド・フランス第10ステージ、当時プロ3年目で初出場を果たした若者が見せた逃走劇は、その名を知らしめるには十分すぎるインパクトを与えた。総合10位。誰もが「未来のツール王者」と期待した。

新人賞を獲得したティボー・ピノ。フランス国内からの期待は大きい(第18ステージ)新人賞を獲得したティボー・ピノ。フランス国内からの期待は大きい(第18ステージ)

 レースに出場すれば期待される立場となった2013年。ツール・ド・スイスの山岳ステージ、ゴールまでのダウンヒルで突如優勝争いから消えた。極度の「ダウンヒル恐怖症」だった。その後のツールも下りで失速。体調不良もあり大会を去ったが、期待を裏切ったとの向きは拭えなかった。

 だが、転んでもただでは起きないのが彼の強みだ。同年のブエルタ・ア・エスパーニャを総合7位で終えると、その冬はスキーやラリーカーでスピード感を養うなど、一見ユニークなトレーニング法を次々と取り入れた。

 復活をアピールすると同時に、次世代のグランツールライダーであることを証明した今年のツール。第20ステージの個人TTでは、観衆の大声援に「54kmのレース中40kmは鳥肌が立ちっぱなしだった」。無線が故障しチームからの情報が得られない一方で、ファンが自分を見捨てていなかったことを再認識できたのだという。

上りでの積極的なアタックが魅力のティボー・ピノ(第16ステージ)上りでの積極的なアタックが魅力のティボー・ピノ(第16ステージ)

 今後は、1985年のベルナール・イノー以来のフランス選手によるツール総合制覇へのチャレンジが始まる。持ち前の積極性は自らを鼓舞し、これまで幾度となく見せてきた意外性はファンを魅了する。フランスが生んだ才能に、世界中の期待が膨らんでいる。

文 福光俊介・写真 砂田弓弦

福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、気がつけばテレビやインターネットを介して観戦できるロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。2011年、ツール・ド・フランス観戦へ実際に赴いた際の興奮が忘れられず、自身もロードバイク乗りになる。自転車情報のFacebookページ「suke’s cycling world」も充実。本業は「ワイヤーママ徳島版」編集長。

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