寺尾真紀の「ツールの誘惑」<7>ハンプステンを彷彿させるヴァンガードレン 自然や風景に喜びを感じる知的なレーサー

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 今ツール2回目の休息日となった7月21日、各チームはフランス南部のラングドッグ地方に散らばった。カルカソンヌのシテ(城塞都市)の内側に滞在したチームもあれば、ブドウ畑に囲まれたシャトーに滞在したチームもあった。一方、地中海に近いナルボンヌの町外れにある味気ないホテルが当たってしまったチームもある。悲喜こもごもではあるが、会見のために様々なホテルをはしごする取材陣が一番のホテル事情“通”であるかもしれない。

 朝にはまず、チーム ジャイアント・シマノとベルキン・プロサイクリングが来季のスポンサーを確保できそうだというグッド・ニュースが飛び込んできた。まだ契約締結前の最終段階ということだが、チーム首脳の表情は明るい。

休養日の夕方、ホテルで記者会見に応じる新城幸也<飯島美和撮影>休養日の夕方、ホテルで記者会見に応じる新城幸也<飯島美和撮影>

 選手たちの過ごし方もさまざまだ。スカイは1時間ちょっとのライドに出かけたが、ベルキンはライドを30分に抑え、その後選手たちはローラーを回した。チーム ヨーロッパカーの新城幸也は、チームメートと40kmを共にしたあとに、さらに40kmほど走ってしっかり汗を流したという(休息日会見でのコメントより)。ランチとディナーには各チームでハンバーガーやピザ、バーベキューといった人気メニューが供され、選手たちを喜ばせた。

 高速道路を使わず、会見から会見へと移動してみた。D道路(県道)沿いでは、少し赤みを帯びた土と、濃い緑色のブドウ畑。遠くの丘では昔の城塞の跡が日差しを浴びている。さらに遠くには大きな白い鳥のような姿の風力発電機が並び、この風の強さは日常茶飯事なのだということを知らせてくれている。品質を保証されたAOC製品のワインで知られる、コルビエール村のあたりをのんびり走り抜けると、先日までいたアルプスの風景とのコントラストに、不思議な気持ちになる。いよいよスペイン、ピレネーに近づいてきたのだ。

カヴェンディッシュが仲間を激励

「彼が来てるよ」とチームカーの後ろを指差す「彼が来てるよ」とチームカーの後ろを指差す
テレビのインタビューに答えるカヴェンディッシュテレビのインタビューに答えるカヴェンディッシュ

 今大会は例年より30分ほど遅いスケジュールが組まれているが、それでもチームの朝は早い。例えば休息日の翌日となった7月22日、ピレネー3連戦初日の第16ステージは、レーススタート(仮スタート)が午前10時45分。その1時間半前に現地に到着できるよう逆算してチームはホテルを出発する。選手たちは仮スタートの3時間前に食事をとるので、各々それに間に合うように起床する。

 ホテルの駐車場でモーターがブーンと唸り始めたのは6時過ぎ。8時には、メカニックによってすべてのバイクがチームカーの天井にセットされ、選手たちの大きなスーツケースはソワニエ(マッサー)によってチームバスに積み込まれている。バスの運転手たちは、ルートブックを片手に目的地をGPSにインプット。補給食とレース後の食べものもバスに積み込まれる。あとは、選手たちがキャスター付きキャリーケースを転がしながら玄関を出てくるのを待つのみだ。

 そうやって無事にホテルを発ったチームバスとチームカーの連隊は、9時過ぎにはカルカソンヌのバルべス大通りに姿を現した。準備を済ませた選手たちはドゴール将軍広場でサインインを行い、スタートラインに並んだ。早々に並ぶ選手もいれば、スタートの号砲を聞きながら、チームカーの隊列脇を走り抜けていく選手もいる。平均すれば5分から10分くらいがスタートの待機時間だろう。その間、手持ち無沙汰にバイクにもたれ、ぼんやりしている選手もいれば、顔なじみの選手を見つけて声をかける選手もいる。話の内容はわからないまでも、スタートを待つ選手たちを眺めていると、さまざまなつながりを垣間見ることができて面白い。

 カウントダウンが始まると、うずくまっていた動物が伸びをするように、選手たちが一斉に背を起こし、ペダルを踏んで走り出していく。今ツール最長、237.5kmのステージがスタートした。

 ここでのステージ優勝を虎視眈々と狙うトマ・ヴォクレール(フランス、チーム ヨーロッパカー)はパワーバーのカウンターでかなり長いストップを行っていた。また、第1ステージの落車で早々にレースを去ったマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、オメガファルマ・クイックステップ)が、休息日にマン島からひとっ飛びしてきてチームカーの後部座席に乗り込み、チームメートの激励に出発していった。

 バニエール・オ・リュションのゴールでは、マイケル・ロジャース(オーストラリア、ティンコフ・サクソ)が鮮やかな逃げ切りを見せた。序盤からカギとなる逃げに乗り、数で優位だったヨーロッパカーをねじ伏せた。「アルベルト(・コンタドール)を勝たせる」ためにツールに乗り込んできた副官が、エース不在のなか、チームにとって今大会2つ目、そして自身にとってのツール初勝利を挙げた。ロジャースを祝福するためポディウム裏へと入っていったビャルヌ・リース監督は「トレ・コンタン(とっても満足だよ)」と笑顔でコメントした。普段は「フランス語では話さない」と言うことが多い彼からすると、大変珍しいことだ。

 総合3位に浮上したエフデジ ポワン エフエルのティボー・ピノ(フランス)、そして彼を支えたジェレミー・ロワ、アルノルド・ジャヌソンらフランス人選手たちの周囲にはフランスメディアが幾重にも取り巻いた。

 レース後、特別に封鎖されたポティロン峠(翌日の第17ステージのコースにも登場)を通り、チームや関係者の多くはスペインに移動した。

全力を出し切ってゴールしたジェレミー・ロワ全力を出し切ってゴールしたジェレミー・ロワ
上りで強力アシスト、アルノルド・ジャヌソン上りで強力アシスト、アルノルド・ジャヌソン
この日の敢闘賞を獲得したシリル・ゴティエこの日の敢闘賞を獲得したシリル・ゴティエ
ロマン・バルデは新人賞ジャージを手放すことにロマン・バルデは新人賞ジャージを手放すことに

青いトンボが飛んできた

 7月23日、スペインの宿の温かいもてなしをゆっくり楽しむ間もなく(しかしオムレツはしっかりといただきました)、国道230号・125号をサン・ゴダンス(フランス)に向け、北へ。この道のりは、ピレネーの山岳を舞台とする第17ステージでコースの一部となり、午前10時30分には封鎖されてしまう。

 そのため宿の出発もスタート地点への到着もかなり早くなった。スタートのレイアウトを確認したあと(チームバスからサインイン、スタートラインといった選手の動線の確認)、ゆっくり街を散策する時間さえあった。カメラマンも、モトに乗ってコースの警備にあたる警察官たちも、比較的のんびりと過ごしている様子。のどかさを象徴するように、どこからか青いトンボが飛んできて、ゲストの帽子に止まった。

 そんな穏やかな空気も、チームバスの到着まで。短いが厳しい山岳ステージでの爆発的なアタックを予期するかのように、総合順位や区間優勝に絡んでくるチームはピリピリとしたムードを漂わせている。スプリンターたちにとっては、ピレネーの山岳でタイムカットによる失格を回避することが至上命題となる厳しい1日。この日を含め山岳3連戦を乗り切れば、あとは平坦ステージとTTだけだ。

「このツールで彼は本当に成長した」

レース前にもローラーで汗を流すヴァンガードレンレース前にもローラーで汗を流すヴァンガードレン

 前日のステージでかなり苦しんだティージェイ・ヴァンガードレン(アメリカ、BMC レーシングチーム)は、スタート前にウォームアップを行った。上りからスタートするステージでは多くの選手がこれを行うが、今日のコースプロフィールはいきなり上りではない。チームのトレーナーであるマックス・テスタに尋ねると、心理的な要素が大きく、ヴァンガードレンは山岳ステージのスタートでよくウォームアップを行っているとのこと。

 「TTの時はまさにウォームアップのためだし、レース後は乳酸を分解するため。でもこれには、レースのスタートにいきなり乗り始めるより、その前に集中する、リズムをつかんでおく、という目的がある」

 取材する側からするとなんとなく人柄がつかみにくい印象があるヴァンガードレンについて、マックス・テスタに聞いてみた。すると、1988年のジロを制し、1992年のツールではラルプデュエズのステージで優勝したアンドリュー・ハムステン(アンドリュー・ハンプステン Andrew Hampsten)を彷彿させるとのこと。ガヴィア峠で、降りしきる雪を頭や体に積もらせながら走っている写真が有名な、米国人選手である。

1992年のジロ・デ・イタリアを走るアンドリュー・ハンプステン(アメリカ、モトローラ)<砂田弓弦撮影>1992年のジロ・デ・イタリアを走るアンドリュー・ハンプステン(アメリカ、モトローラ)<砂田弓弦撮影>
1992年のツール・ド・フランス第14ステージ、ラルプデュエズの峠を上るハンプステン。このステージを制した<砂田弓弦撮影>1992年のツール・ド・フランス第14ステージ、ラルプデュエズの峠を上るハンプステン。このステージを制した<砂田弓弦撮影>

 「彼自身に伝えたことはないけれど、接しているとアンドリューといるみたいだと感じることがよくあるんだ。知的なタイプで、自転車の競技的な側面だけではなくて、自転車に乗っているときに遭遇する自然や風景などに大きな喜びを感じるところとかが彼を思い出させるね」

最後の峠のふもとの町で車を停める最後の峠のふもとの町で車を停める

 「落車もあったし、昨日のような日もある(大きく遅れ総合順位を下げた)けれど、このツールで彼は本当に成長したと思うよ」

 このステージ最後の峠のふもとにある町、サン=ラリーへの移動は1時間弱。今ツールでは最短のステージだった。街にはチームバスが整列し、多くの関係者も車をここに停め、スキー・テレキャビン(ゴンドラ)で山頂に上がった。

 最終峠の超級(HC)プラ=ダデでは、ラファウ・マイカ(ポーランド、ティンコフ・サクソ)が今ツール2勝目、チームにとっての3勝目を挙げ、山岳賞争いでのリードも広げた。前回のゴールではジャージの前をはだけたままのゴールで他チームの広報担当者たちに声にならない悲鳴を上げさせたマイカだったが、この日はポルカドットのジャージをきっちりと着こんでのガッツポーズだった。

ソワニエのバッグの中に、優勝したマイカの名前を見つけた。ゴール後に使う装備が入っているソワニエのバッグの中に、優勝したマイカの名前を見つけた。ゴール後に使う装備が入っている
マイカと山岳賞を争うホアキン・ロドリゲスのバッグマイカと山岳賞を争うホアキン・ロドリゲスのバッグ
オリカ・グリーンエッジは各自のサコッシュに詰め、ゴール地点の柵にくくり付けていたオリカ・グリーンエッジは各自のサコッシュに詰め、ゴール地点の柵にくくり付けていた

選手と一緒にダウンヒル

ゴールした選手が、観客に交じって峠を下っていくゴールした選手が、観客に交じって峠を下っていく

 バイクに乗ってきたファンにとって、山頂ゴールのお楽しみは、選手とのダウンヒル。峠の下にいると、下ってくる選手たちと一緒に、たくさんのロードレーサーたちが下ってくる。たくさん引き連れて戻ってくる選手もいれば、誰も後ろにつけずに帰ってくる選手もいる。仲間の選手と下ってくる選手は話しながらゆっくり下ってくるので、一大連隊を引き連れていることが多い。前日にピノとの争いで一歩後退してしまったロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール ラモンディアル)は、念のためかチームスタッフをお供につけての下山だった。

 昨日のレース後、新城やスヴェイン・タフト(カナダ、オリカ・グリーンエッジ)がファンにさっとビドン(ウォーターボトル)を渡しているところを見かけたが、ビドンをねだられることを好まない選手もいる(勝手にホルダーからむしりとろうとするお客さんも時にはいるから、もしかしたら嫌気がさしてしまったのかもしれない…)。そんなところにも、それぞれの個性、それぞれのやり方があるのだ。

(文・写真 寺尾真紀)

寺尾真紀寺尾 真紀(てらお・まき)

東京生まれ。オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジ卒業。実験心理学専攻。デンマーク大使館在籍中、2010年春のティレーノ・アドリアティコからロードレースの取材をスタートした。ツールはこれまで4回取材を行っている。UCI選手代理人資格取得。趣味は読書。ツイッター @makiterao

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