寺尾真紀の「ツールの誘惑」<6>-150℃の冷却療法 真夏のツール・ド・フランスは体を冷やす戦い

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ツール・ド・フランス2013の第13ステージ、終盤でトップに躍り出るヴィンチェンツォ・ニバリ(アスタナ プロチーム)<砂田弓弦撮影>ツール・ド・フランス2013の第13ステージ、終盤でトップに躍り出るヴィンチェンツォ・ニバリ(アスタナ プロチーム)<砂田弓弦撮影>

 7月18日の第13ステージで、今ツール初の超級山頂ゴールの舞台となったシャンルッス・スキーステーション。ハイキングのように斜面を上ってたどり着いたゴール脇のプレススペースでは、終盤にアタックして先行グループを捉えたヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、アスタナ プロチーム)の猛追と、そこから先の独走に、取材陣がさまざまな反応を見せた。

 「今年のツールは決まったね」
「そんなの、いま初めてわかったことでもないだろう」
「いや、あれはシニョーレ(紳士)じゃない」
「マイヨジョーヌで勝利を挙げたいと言っていた、その言葉通りじゃないか」

 ひとしきりの掛け合いののち、お目当ての選手や監督からコメントをもらうため、ICレコーダーを片手にコース脇に出ていく。

超級山岳でのドーピング検査

 「あれ、なんで誰もこっちに来ないんだ?」
「今日は1位から10位までが検査に当たっているから」

ステージ1位から10位の選手がドーピング検査の対象であることを示す掲示ステージ1位から10位の選手がドーピング検査の対象であることを示す掲示
大会公式スポンサーでもあるヴィッテルのミネラルウオーターは、選手にも大会関係者にも供給される大会公式スポンサーでもあるヴィッテルのミネラルウオーターは、選手にも大会関係者にも供給される

 コース脇にはヴィッテルのテントがあり、チームのマッサーたちはそこで選手たちのミネラルウォーターやソフトドリンクを確保することができる(水ならばレース関係者も受け取ることができる)。レースの最終局面になると、UCI(国際自転車競技連合)の係員がやってきて、そのテントの軒先に、レース後のドーピング検査対象者のリストを貼り出す。この日は初の超級山頂ゴールということもあり、トップから10位までが検査の対象に指定されていた。そのため、上位入賞した選手がなかなかやってこなかったのだ。

 「…チームバスのところで待とうかな」
「じゃあ、こっちは(ヤコブ・)フルサング(デンマーク、アスタナ プロチーム)のけがの具合を聞いてくる」

 大きなメディアは、手分けをしてコメントを取ることができる。ゴールラインを越えて走ってくる選手に接触しないよう気をつけながら、記者たちは早足でチームバスのパーキングを目指していく。

プレステント前は、いつも大勢の取材陣でごったがえし、情報収集と情報交換が行われるプレステント前は、いつも大勢の取材陣でごったがえし、情報収集と情報交換が行われる

氷風呂から液体窒素まで

 アルプスでの1日目。山頂ということで、吹く風は涼しいが日差しはじりじりと照りつけてくる。ゴールしてくる選手たちはソワニエ(マッサー)からドリンクを受け取って喉を潤し、さらにミネラルウォーターを受け取って、口に含んだり、頭からかけたり。休息日を境に天候ががらりと変わった。あれほどまで降り続いていた雨が止み、その後に選手を苦しめるのは容赦ない太陽になったのだ。

レース後、ミネラルウオーターで暑さを癒す新城幸也レース後、ミネラルウオーターで暑さを癒す新城幸也
チーム ジャイアントシマノが持ち込んだ保冷剤入りの冷却ベストチーム ジャイアントシマノが持ち込んだ保冷剤入りの冷却ベスト

 いくつかのチームは、暑さ対策を本格化させた。クールダウンの最中、選手たちにアイス・ベスト(保冷剤が入ったベスト型の冷却ウェア)を着用させるチームもあれば、ホテルに帰ったあと、古き良き『氷風呂』を選手たちに勧めるチームもある。

 「ただ、氷風呂は苦手な選手が多いんだ」

 ロット・ベリソルのドクターによれば、ツールメンバーではマルセル・ジーベルグとアンドレ・グライペルだけが氷風呂を好むということ。

 「まあ、チームバスは冷房が効いているから…」

エフデジ が導入した『冷却療法』のためのトレーラーエフデジ が導入した『冷却療法』のためのトレーラー

 そして導入以来、さまざまなメディアが取材に訪れ、広く知られるようになったエフデジ ポワン エフエルの『冷却療法』は、今年も健在である。これは暑さ対策というよりはリカバリ促進の意味の方が大きいが、それでも暑いときの方が選手たちも嬉しそうに入るという。チームスタッフもすっかり取材慣れしている。

 「今ツールも、療法用のトレイラーがチームに帯同していますよ。よかったら写真を撮りに来ますか?」

 ということで、レースからの帰り道、チームホテルに立ち寄った。

いよいよトレーラーに潜入いよいよトレーラーに潜入

 すでに何人かの選手たちがトレーラー内に入っているらしく、タラップの前には脱いだクツと、取っ手付きの小型スーツケースが並んでいる。トレーラーの扉が少し開き、カメラを持って入ってくるように促された。

 冷却装置の中には、ティボー・ピノ(フランス)選手が入っていた。同じフランス人選手のロマン・バルデ(アージェードゥーゼール ラモンディアル)と表彰台を巡る争いを繰り広げている彼の表情は明るい。液体窒素による-150℃の冷却はすでに始まっていて、ドライアイスのような白い煙が装置の上から溢れている。

『冷却療法』中に白い煙をモクモクさせて笑いと誘うティボー・ピノ『冷却療法』中に白い煙をモクモクさせて笑いと誘うティボー・ピノ
カメラに向かってポーズをとってくれたミカエル・ドゥラージュカメラに向かってポーズをとってくれたミカエル・ドゥラージュ

 カメラを構えると、ピノはふざけて白煙をモクモクさせ、イスに腰掛けてその様子を眺めているチームメートはそのたびにドッと笑い転げた。続くミカエル・ドゥラージュ(フランス)は、少し恥ずかしそうにポーズをとってくれた。

 「昔はきっかり3分だったけれど、最近はさっと1分半で終わらせることも多い。ツール中はレース前とレース後、1日2回の日課だよ」

オレグ・ティンコフ氏の涙

 7月19日の第14ステージ。ロータレ峠、超級イゾアール峠を越え、初登場のリズール峠山頂でフィニッシュするアルプス2日目は、気温はそれほど上がらなかったものの、選手たちにとってはかなりタフな一日になった。早めに到着した関係者がポディウムの裏で働く爆発物探知犬を眺めている間にも、チームバスが続々と峠を上ってくる。

 スカイをはじめとするいくつかのチームは、木製のバルコニーと窓枠が可愛らしい山頂のスキーホテルに宿泊するらしく、それぞれのホテルの前の駐車場にバスを停め、そこでゴールしてくる選手を迎えるための準備を始めた。

ラファウ・マイカの優勝に涙を見せて喜んだティンコフ・サクソのチームオーナー、オレグ・ティンコフ氏(右)ラファウ・マイカの優勝に涙を見せて喜んだティンコフ・サクソのチームオーナー、オレグ・ティンコフ氏(右)

 空には雲が多いが、ときおり淡い青空がのぞき、彼方には山の稜線が幾重にも連なっているのが見えた。前日、この上ない落胆を見せたラファウ・マイカ(ポーランド、ティンコフ・サクソ)が一番に山頂にたどり着くと、チームの名物オーナーであるロシア人実業家、オレグ・ティンコフ氏は誰しもの予想を裏切った。喜びに声を震わせ、涙を拭い、エモーショナルな一面を見せたのだ。

 ニバリの背中に張り付いて勇敢な走りを見せたジャンクリストフ・ペロー(フランス、アージェードゥーゼール ラモンディアル)は、ゴールを越えた先で力尽き、座り込んだ。レースで選手たちはどのくらい消耗するのか―その問いに答えるため、フランスのテレビ局は体重計まで持ち出したようだった。

集団を牽引し続け、最後はマイヨジョーヌのニバリと競り合って疲れきった様子のジャンクリストフ・ペロー集団を牽引し続け、最後はマイヨジョーヌのニバリと競り合って疲れきった様子のジャンクリストフ・ペロー
フランスのテレビ局は、選手がレースでどれくらい消耗するかを紹介するため体重計を持ち出したフランスのテレビ局は、選手がレースでどれくらい消耗するかを紹介するため体重計を持ち出した

雨のカーテン

 7月20日、2回目の休息日を翌日に控えた第15ステージが、果樹園に囲まれたギャップの小型飛行場からスタート。残り少ない勝利のチャンスを狙うスプリンターたちと、イチかバチかの逃げ切りを狙う2人の選手とが拮抗した。

コースの先が雨のカーテンに覆われているコースの先が雨のカーテンに覆われている

 あいまいな空模様だが、チーム関係者たちは一様に「雨になる」と声をそろえ、温かめのドリンクを用意するソワニエの姿もあった。昨年のツールで、風を利用した分断作戦を遂行したベルキン プロサイクリングチームとオメガファルマ・クイックステップをはじめとするチームは、吹き荒れる横風に期待をかける。レースコース外の高速道路を走行していると、空がいよいよ暗くなり、割れるような雷鳴が轟いた。北の方に目をやると、コースの上空と思しきあたりが、雨のカーテンに覆われている。

 しかし不思議なもので、ゴールのニームに到着するころには太陽が輝き、街路樹の緑は水滴にきらめいていた。ゴールラインの数十m手前でジャック・バウアー(オーストラリア、ガーミン・シャープ)の夢は破れた。

222kmを逃げ続け、ゴール手前数十mで集団に捉えられ金星を逃して涙するジャック・バウアー(ガーミン・シャープ)<砂田弓弦撮影>222kmを逃げ続け、ゴール手前数十mで集団に捉えられ金星を逃して涙するジャック・バウアー(ガーミン・シャープ)<砂田弓弦撮影>

 マルセル・キッテル(ドイツ、ジャイアント・シマノ)は誰にも話しかけられないようにかなりのスピードでチームバスに直行し、危険なほどの至近距離に近づこうとした観客を大きな声で威嚇した。ただ1つの勝利を求め続けるぺテル・サガン(スロバキア、キャノンデール)も、伏し目がちに通り過ぎた。灼熱と豪雨という2つのステージを制したアレクサンドル・クリツォフ(ノルウェー、チーム カチューシャ)を讃えて、ノルウェー・ファンたちは意気揚々とニームの町を練り歩いていた。

 ステージ終了後、各チームはカルカッソンヌ、ナルボンヌなどのホテルへ急ぎ、そこで最後の休息日を過ごす。パリまで、残すところ6ステージである。

(文 寺尾真紀/写真 砂田弓弦・寺尾真紀)

寺尾真紀寺尾 真紀(てらお・まき)

東京生まれ。オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジ卒業。実験心理学専攻。デンマーク大使館在籍中、2010年春のティレーノ・アドリアティコからロードレースの取材をスタートした。ツールはこれまで4回取材を行っている。UCI選手代理人資格取得。趣味は読書。ツイッター @makiterao

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