ツール・ド・フランス2014 現地レポートツールを取材して四半世紀、「ゆったり感を報道したい」 山口和幸さんインタビュー

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タイムボードの女性スタッフと山口和幸さんタイムボードの女性スタッフと山口和幸さん

 Cyclistのツール・ド・フランス人気コラム「ツールに乾杯!」を執筆する山口和幸さん(51)は、ツールの取材を始めてから四半世紀というベテランのジャーナリストだ。ツール新米記者の筆者が右往左往している時でも、穏やかな表情で淡々と仕事をこなし、「やぁ」と欠かさずあいさつをしてくれる。山口さんにとってのツール・ド・フランスとは何なのか、毎年、1カ月近くの過酷な取材に臨む理由は…教えを乞うような気持ちで話を聞いた。(グルノーブル 柄沢亜希)

「フランスの大地が大好き」

 期間中、トータルで300本の原稿を執筆するという山口さんは、「実のところ寝てる時と運転している時以外は、食事中も原稿を書いている」と筆者に告白。原稿の分量はさまざまで、「10分で書き終える原稿が多い」とはいうものの、「毎日1本はかなりボリュームのある原稿があって、それを書くための時間を確保しなければならない」と“本当は”とても忙しかったのだ。

プレスセンターでの仕事風景プレスセンターでの仕事風景

 また山口さんの目から見たツール・ド・フランスは、「スポーツ5割、文化5割」。特に近年は文化の側面を重視しているそうだ。数年前にテレビなどで観戦を始めた筆者も、競技ではない部分の“ツール・ド・フランス文化”がこれほどまで成熟していることに驚いた。その文化的側面を知るために、山口さんの報道記事やコラム、書籍にずいぶんと助けられた。「テレビに映らないところを報道したいと思っている。沿道を外れた場所にある、ゆったり感をね」

 山口さんは大学でフランス語を勉強したものの、「自転車媒体、ましてやツール・ド・フランス取材にこれほどまで関わることになろうとは思ってもいなかった」と笑う。ツール・ド・フランスの何がそれほどまで山口さんを惹きつけるのかを尋ねたところ、毎日、クルマで少なくとも300~400kmの走行距離を移動しながらレースを追いかける点を挙げ、「1日運転していると地球の丸さがわかる。ぼくはそんなフランスの大地が大好きなんだ」と語った。これまで巡ってきたフランスの都市はのべ800、総走行距離は「とっくに地球を一周しているはず」という。

ツール初仕事でグレッグ・レモンの大逆転劇を目撃

 最初にツールを訪れたのは1988年。自転車雑誌「サイクルスポーツ」の編集部に所属しており、遊びでフランスへ来たついでにパリ・シャンゼリゼでのゴールシーンに立ち寄った。その当時は、女性版ツール・ド・フランスが、日程や走行距離を縮小して同時期に開催されていた。ゴール地点を合わせるのは最終ステージでも同様で、山口さんはまずは女性ライダーたちの走りを観戦して楽しんでいたという。

1989年のツール・ド・フランスのプロローグで、空気抵抗を低減するティアドロップ型のヘルメットとアイウェアを身に着けてスタートするグレッグ・レモン(ADR ボッテキア)<砂田弓弦撮影>1989年のツール・ド・フランスのプロローグで、空気抵抗を低減するティアドロップ型のヘルメットとアイウェアを身に着けてスタートするグレッグ・レモン(ADR ボッテキア)<砂田弓弦撮影>

 その時間帯は観客もまばらだったので、「ツールが到着するまでコーヒーでも飲もうとその場を離れた」という山口さん。「戻ってきて驚いた。空いてたはずのフェンス前に7重もの人垣ができていた。その年の優勝者ペドロ・デルガド(スペイン)の姿は全然見えなかったよ…」と遠くを見やった。

 翌1989年には、取材でアルプスから最終ステージまでを追いかけた。そこで目にしたのは、「最終ステージで総合首位が入れ替わったまれに見る展開」だった。

 「ローラン・フィニョン(フランス、スーパーU)から個人総合で50秒遅れて2位につけていたグレッグ・レモン(アメリカ、ADR ボッテキア)が、最後のタイムトライアルで逆転し、8秒のアドバンテージを奪って優勝したんだ。まだヘルメットをつけない選手もいた中で、ティアドロップ型のヘルメットをかぶり、DHバーを握るレモンの姿は印象的だったな」

1989年のツール・ド・フランス第10ステージで、山岳コースを走るローラン・フィニョン(前、スーパーU)とグレッグ・レモン(ADR ボッテキア)<砂田弓弦撮影>1989年のツール・ド・フランス第10ステージで、山岳コースを走るローラン・フィニョン(前、スーパーU)とグレッグ・レモン(ADR ボッテキア)<砂田弓弦撮影>

ツール以外の11カ月間は体力づくり

 今年の取材でもっとも楽しみにしていることはなにかという問いには、「標高2115mのツールマレー峠を見下ろす天文台に泊まるんだ!」と弾んだ声が返ってきた。山口さんはこれまでの取材活動を通じて、在日フランス観光開発機構との関係も深く、同機構の公式ツイッター公式フェイスブックページなどでもトピックスを配信してきている。そんな中、ピック・デュ・ミディ天文台を紹介されたのだという。

 価格はひとり1泊フルコースの食事付きで300ユーロと高価だが、「標高1877mの360度ビューの中で、おそらく世界で初めてそこからツール・ド・フランスの原稿を送る」ということに意味があるのだそうだ。(※編注 山口さんは7月22日、実際に天文台に宿泊されました)

サンテティエンヌのプレスセンター前のモニュメント横に立つ山口和幸さんサンテティエンヌのプレスセンター前のモニュメント横に立つ山口和幸さん
山口和幸さん山口和幸さん
ツール・ド・フランスのコースを示す黄色の矢印。観客がこぞって持ち帰る“おみやげ”となるツール・ド・フランスのコースを示す黄色の矢印。観客がこぞって持ち帰る“おみやげ”となる

 タフな取材をこなすため、1年のうちツール・ド・フランス以外の11カ月間は、トレイルランニングなどに励みながらひたすら体力づくりに努めるという。

 「ツール・ド・フランスへ行っているおかげで、そのほかの11カ月がまわる。体力が23日間(21ステージ+休息日2日)持たないなぁと感じたら、そこがぼくの“定年”。その時には、コースを示す黄色の矢印を記念に持ち帰りたいと思っているんだ」

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