寺尾真紀の「ツールの誘惑」<3>トラブルも勝利もうたかたに過ぎ去る “立ち止まらない”ツールは続く

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 ツールは立ち止まらない。あの泥だらけの石畳も、昨ツール覇者のリタイヤも、車窓からの景色のように、すべて猛スピードで過ぎ去っていく。

第6ステージ、雨が降るアラスをスタートするプロトン<寺尾真紀撮影>第6ステージ、雨が降るアラスをスタートするプロトン<寺尾真紀撮影>

若きリーダーの成長

 「あの石畳は…我々のチームにとってみれば、決してグレートではなかったね。ツールのステージに適切だったかどうか? それもわからない。それを決めるのは我々ではない。落車があった、タイムを失った…確かにその通り。でもその一つ一つを今振り返る時間はないんだ。反省会はツールの全日程が終了してから。それまでは、現状を確認して、先に進んでいくだけ。それでもこの1週間をよく乗り切ったと言えると思う」

今ツール序盤戦、幾度かの落車に祟られてしまったヴァンガードレンだが、第7ステージを終えた段階で総合18位と、何とか踏みとどまっている<砂田弓弦撮影>今ツール序盤戦、幾度かの落車に祟られてしまったヴァンガードレンだが、第7ステージを終えた段階で総合18位と、何とか踏みとどまっている<砂田弓弦撮影>

 ツール7日目の朝、エペルネーのチームバス駐車場では、BMCのジム・オショウィッツGMがこれまでの日程をそう評した。エヴァンスからヴァンガードレンへとツールのリーダーが代替わり。これまでのツールでは、エヴァンスとオショウィッツがレース前後に言葉を交わす姿を頻繁に見かけた。ツールで初めてチームを率いる若きエースを、オショウィッツはどのように見ているのだろう。

 「リーダーシップは、生来の気性と学習していく部分とが合わさったもの。ティージェイはチームを引っ張っていこうと努力しているよ。レースの中での走りや戦略だけでなく、ツールのメンバーのセレクションにも積極的に意見を言ったし、レース以外でのチームメートとの関わり方でも、リーダーとしての自覚を持って振舞おうとしているのがわかる」

 「昔も今も、カデルは素晴らしい選手であることに変わりはない。けれど、我々は若いリーダーを育てていきたい。この3週間が終わったとき、ティージェイがどんなふうに成長しているか、楽しみにしているんだ。何位で終わるか、ということだけで、成功は測れないからね」

プランB(not ブラッドリー)

チームバスの前で取材を受けるスカイのデイブ・ブレイルズフォード<寺尾真紀撮影>チームバスの前で取材を受けるスカイのデイブ・ブレイルズフォード<寺尾真紀撮影>

 「去年も今年も、リッチー(・ポート)は我々の“プランB”だった。もちろんプランBを使わずに済むならそれに越したことはない。けれどツールはツール、避けがたい何かが起こることもある。数日前、まさにそれが起こった。起こったことはいまさら何を言ってもしょうがない。サポート役に徹してきた選手に、チャンスが巡ってくる番だ。新しい状況に素早く適応して、前に進むだけ。リッチーは準備万端だ。我々も、心の準備はできている」

 数日前、エースのフルーム棄権という大きなハプニングに見舞われたチーム スカイのバスの前では、何人かのメディアがチーム・プリンシパルのデイブ・ブレイルズフォードにマイクを差し出していた。“平常運転”を強調するそのポーカーフェイスからは、ブラッドリー・ウィギンスの不在をどう受け止めているか、推し量ることはできない。

プランB発動で、急遽エースの座についたポート。ここまで落ち着いたレースぶりを見せている<寺尾真紀撮影>プランB発動で、急遽エースの座についたポート。ここまで落ち着いたレースぶりを見せている<寺尾真紀撮影>

 チームのスタッフに、もしウィギンスがここにいたら、と尋ねてみた。名前は明らかにしない条件で、彼はこう答えた。

 「それを冷戦と呼ぶかどうかはわからないけれど、チームのダイナミクスは大きく違ったと思う。ブラッドリーには圧倒的なカリスマがある。黙っていても人を従わせるような凄味があるんだ。レースでの走りで強さを示し、チームメートを率いるクリスやリッチーとは違う。ブラッドリーのカリスマは、レース中は大きな武器になる。けれど、いったん彼の気分が落ちてしまうと、チーム全体が暗く、ピリピリしたムードになる。3週間のグランツールというストレスの中で、チームにブラッドリーがいる、という状況は、もしかすると少しトゥーマッチだったかもしれない」

ストーン・ローゼス

チーム スカイの写真撮影を担当する、スコット・ミッチェル<寺尾真紀撮影>チーム スカイの写真撮影を担当する、スコット・ミッチェル<寺尾真紀撮影>

 「仲のいい友達がここにいなくて寂しいなと、そういう残念さはあるよ」

 ウィギンスとの個人的な親交(行きつけのパブで、ヴェスパについて雑談したことがきっかけだったという)からスカイの写真撮影を担当することになったスコット・ミッチェルは、肩をすくめて見せた。

 母国イギリスでの開幕だったのに、なぜか「ムードがつかめなかった」が、フランスに上陸した第4ステージでやっとリズムをつかみ、いい感じで1週間を終えるところだという。

 「ああ、これだ、と感じる瞬間があったんだね。いったんリズムをつかんでしまえば、バンドの撮影と良く似ている。みんなでバスに乗って、移動するところなんか特に」

 「今年のツールはストーン・ローゼスの音楽みたいだと思うんだ。そう思わない? それとも、ホテルに戻ったあと、彼らの音楽を聴きながら過ごしているからそう思うのかな?」

 エペルネーのスタートはあいにくの空模様だったが、それでも選手たちはファンのリクエストに笑顔で応え、アスタナのバスからはライオンが散歩に出た。オリカ・グリーンエッジのバスは相変わらずカンガルー1匹で、監督は“ブリング”・マシューズ(トレーニング中に左手を負傷し、ツール不出場となったマイケル・マシューズのあだ名)の不在をひっそりと嘆いた。

第2ステージからマイヨジョーヌをキープするアスタナは、表彰式で貰うライオンがもうこんなに沢山<寺尾真紀撮影>第2ステージからマイヨジョーヌをキープするアスタナは、表彰式で貰うライオンがもうこんなに沢山<寺尾真紀撮影>
この日はライオンが一匹、スタート前の散歩に出た<寺尾真紀撮影>この日はライオンが一匹、スタート前の散歩に出た<寺尾真紀撮影>
ティンコフ・サクソのチームカー横で談笑する、ビャルネ・リースとブライアン・ナイガード<寺尾真紀撮影>ティンコフ・サクソのチームカー横で談笑する、ビャルネ・リースとブライアン・ナイガード<寺尾真紀撮影>

 6年間前に同じチームで働いた2人のデンマーク人(ティンコフ・サクソ総監督のビャルネ・リースと、現オリカ・グリーンエッジ広報のブライアン・ナイガード)は、笑顔で近況を報告しあった。

「ずっと追い続けてきた夢」を実現

第5ステージで勝利を飾ったボーム<寺尾真紀撮影>第5ステージで勝利を飾ったボーム<寺尾真紀撮影>

 “立ち止まらない”ツールで、いつまでも勝利の余韻に浸っている訳にはいかないが、それでもラルス・ボーム(ベルキン プロサイクリングチーム)の表情はかなり柔らかくなった。

 「…これまで人相が悪かったということ!?」

 心外そうに聞き返して見せてから、少し真面目に続ける。

 「何が変わったのかうまく説明できないけれど、思い返すと、こう、ここ(胸のあたりを指さして)のあたりがあったかくなる感じがする」

 「4年間(ツール出場4回目、年数としては5年間)、ずっと追い続けてきた夢を、一番望んでいた舞台で実現できた。あのステージは、雨が降ればいい、雨が降ればいいと願い続けていたんだ。雨のアランベールで初優勝なんてね」

 「でもこのツール、これで終わりじゃないよ! チーム一丸となってバウケ(・モレマ)を盛り立てていくという何よりも大切な目標があるし、もしチャンスがあれば、自分自身でも、また何かやってのけたいな」

 ブドウ畑の柔らかな緑が丘陵を覆い、はちみつ色の石造りのカーブが立ち並ぶシャンパーニュ地方を走り抜け、ロレーヌ地方へ。週末のヴォージュ山脈に向けてステージが次第に南下する中、今日はツール初のヒマワリ畑にも遭遇した。それがおまじないになったのか、ゴール地、ナンシーでは数日ぶりの青空が広がった。

ヒマワリ畑の横を通過するプロトン<砂田弓弦撮影>ヒマワリ畑の横を通過するプロトン<砂田弓弦撮影>

ツールは続く 若きスターの成長

第7ステージの勝利の後、インタビューに答えるトレンティン<寺尾真紀撮影>第7ステージの勝利の後、インタビューに答えるトレンティン<寺尾真紀撮影>

 ハプニング続きの1週間を象徴するように、今日のゴールでも落車が多発した。BMCはエースのヴァンガードレンも巻き込まれた落車でホンダーウィン・アタプマを失い、ガーミンのアンドリュー・タランスキーはスプリント中にバランスを失い、地面に叩きつけられた。イアム サイクリングのマティアス・フランクはゴールのレオポルド広場から、救急車で病院に搬送された。

 数センチでペテル・サガンを抑えたマッテーオ・トレンティン(オメガファルマ・クイックステップ)は、「可能な限り、質問は英語で行ってほしい」というイタリア人選手らしからぬリクエストで、優勝者会見をスタート。イタリア人記者たちも、多少戸惑いながらそれに従う。

 「6日間、チーム全員であらゆることをトライし続けてきたけれど、うまくいかなかった。それがやっと実を結んだ」

 なんとなく「若い衆」のような、血の気の多い印象があるが、言葉を選びつつ、かつ雄弁に、記者たちからの質問に答えきった。カヴェンディッシュ不在のスプリントでも、勝利を投げ出す訳にはいかない。誰かがムードメーカーになって、チームを引っ張っていかなくてはならない。そんな若い矜持が見えた。

寺尾真紀寺尾 真紀(てらお・まき)

東京生まれ。オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジ卒業。実験心理学専攻。デンマーク大使館在籍中、2010年春のティレーノ・アドリアティコからロードレースの取材をスタートした。ツールはこれまで4回取材を行っている。UCI選手代理人資格取得。趣味は読書。ツイッター @makiterao

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