寺尾真紀の「ツールの誘惑」<2>憧れの選手を夢中で追いかける少年たち 欧州のロードレース人気の秘訣

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 午前0時を過ぎたら解けてしまう魔法のように、英国での3日間もとうとう終わりを迎えた。

第3ステージでビッグ・ベンの前を駆け抜けるプロトン<砂田弓弦撮影>第3ステージでビッグ・ベンの前を駆け抜けるプロトン<砂田弓弦撮影>
第3ステージ、ザ・マルのフィニッシュラインに向けて突き進むプロトン<砂田弓弦撮影>第3ステージ、ザ・マルのフィニッシュラインに向けて突き進むプロトン<砂田弓弦撮影>
ファッションデザイナーのポール・スミス氏もロンドンでツールを観戦した<砂田弓弦撮影>ファッションデザイナーのポール・スミス氏もロンドンでツールを観戦した<砂田弓弦撮影>

 7月7日、第3ステージが幕を閉じ、少し駆け足の表彰式が終わるか終らないかのうちに、ザ・マルのゴールラインではフェンスが撤去され始め、そのわずか数百メートル先では、大急ぎでシャワーを浴びた選手たちが、せっけんのいいにおいをさせながら空港行きバスのタラップを上っていく。間違ったバスに乗り込もうとする選手を制止し、正しいバスにせっせと誘導するのは…ベルナール・イノー氏。『番人』の異名はだてではないのだ。

 選手たちの顔にも、スタッフの顔にも、この3日間の余韻はもうない。おとぎ話の時間は終わり。これから“本当の”ツールが始まるのだ。

過酷な移動…これぞツール

 選手をはじめ関係者すべてがツールを実感する瞬間。それは、忍耐と体力の限界を超えた移動の時間だ。今大会では、早くもその洗礼を受けることに。電源故障により、英仏間を結ぶユーロトンネルが不通になってしまったのだ。多くの関係者が旅程の変更を余儀なくされ、ドーヴァーのフェリー港はツール関係車両でパンク寸前になった。

 午前3時、やっとのことでベッドにもぐりこんだ誰もが、深い眠りに誘(いざな)われながらこうつぶやいたに違いない。「ああ、とうとうツールが始まった…」

オメガファルマ・クイックステップのチームカー<寺尾真紀撮影>オメガファルマ・クイックステップのチームカー<寺尾真紀撮影>

 7月8日朝、今ツール初のフランス・ステージは、ル・トゥケ・パリ・プラージュ始動した。茅葺き屋根のコテージが並び、カラマツが木陰を作る美しい別荘地だ。海沿いのプロムナードに出現したヴィラージュでは、どこか“ツール慣れ”した雰囲気のゲストたちが、グレートブリテン島で過ごした昨日までとはまた少し違う、華やいだ落ち着きを醸し出した

少年たちもフランスびいき

 ヨーク大聖堂前の人波とは比べるべくもないが、ル・トゥケにもツール到来を祝福する多くの観客たちが集まった。選手たちがサイン台に向かう途中に小さなメリーゴーラウンドがあり、その前では幼なじみの2人の少年が、精いっぱいの大声を張り上げてサイン集めに精を出していた。

「(ジャンクリストフ・)ペーーーーーーローーーーーーーーー!!!!!」
「クリストーーーーーーーフ(・リブロン)!!!!!」

サインに応じるジャンクリストフ・ペロー(アージェードゥーゼール ラモンディアル)<寺尾真紀撮影>サインに応じるジャンクリストフ・ペロー(アージェードゥーゼール ラモンディアル)<寺尾真紀撮影>
サインに応じるクリストフ・リブロン(アージェードゥーゼール ラモンディアル)<寺尾真紀撮影>サインに応じるクリストフ・リブロン(アージェードゥーゼール ラモンディアル)<寺尾真紀撮影>

 近くまで来たペテル・サガン(キャノンデール)に見とれているうちに、世界チャンピオンのルイ・コスタ(ランプレ・メリダ)は通り過ぎてしまったが、そこには彼らなりの厳しい選択眼があるらしい。赤いゼッケンをつけたヤン・バルタ(チーム ネットアップ・エンデューラ)が目の前を通り過ぎるが、ぎゅっと唇を結んだままの2人。

 「彼は、昨日の敢闘賞だけど?」
「…いいんだ」

 パリ~ルーベ優勝者の大ベテラン、ヨハン・ヴァンスーメレン(ガーミン・シャープ)だって同じ。興味ないのだ。ファビアン・カンチェッラーラ(トレック ファクトリーレーシング)を素通りさせたのは、サインを欲しくなかったのではなく、気後れして大きい声が出せなかったから。

サインに応じるティボー・ピノ(エフデジ ポワン エフエル)<寺尾真紀撮影>サインに応じるティボー・ピノ(エフデジ ポワン エフエル)<寺尾真紀撮影>

 基本的にはフランス人リスペクトのようだが、フランス人だったら誰でもいいというわけでもないらしい。たとえば、ティボー・ピノ(エフデジ ポワン エフエル)には代わる代わる20回くらい呼びかけてサインをもらったが、アルチュール・ヴィショ(同)の背中は静かに見送った。

ヴィラージュのショップを訪れたロードレースファンの少年<寺尾真紀撮影>ヴィラージュのショップを訪れたロードレースファンの少年<寺尾真紀撮影>
子供たちにサインをするクリストファー・ホーナー(ランプレ・メリダ)<寺尾真紀撮影>子供たちにサインをするクリストファー・ホーナー(ランプレ・メリダ)<寺尾真紀撮影>
レース後、リラックスするヨハン・ヴァンスーメレン(右、ガーミン・シャープ)<寺尾真紀撮影>レース後、リラックスするヨハン・ヴァンスーメレン(右、ガーミン・シャープ)<寺尾真紀撮影>

「フルームって、どんな人?」

ティボー・ピノのサインをGETした少年<寺尾真紀撮影>ティボー・ピノのサインをGETした少年<寺尾真紀撮影>

 選手の流れが途切れると、せっせとサイン帳の整理だ。後でわからなくならないように、一つ一つに選手の名前を併記していく。判別不能のニョロニョロ線には『ティボー・ピノ』。

 何か聞きたそうにこちらをチラチラ見るので、なあに、と聞いてみると、「(クリストファー・)フルーム(チーム スカイ)って、話したことある? どんな人?」

 「個人的に良くは知らないけれど、言葉遣いが丁寧で、礼儀正しい人だと思ったよ」

 2人が嬉しそうに顔を見合わせる。

 「(マルセル・)キッテル(チーム ジャイアント・シマノ)は?」

 「うーん、よくわからないけど、お父さんをとっても尊敬しているみたいだったな」

 2人はこの上なく満足そうにうなずくと、サイン帳を胸にしっかり抱えて、スタートラインの前方へと移動していった。

 フランスでの、あるいは欧州でのロードレースの人気が、何によって支えられてきたかを垣間見たような気がした。

石畳ステージは「何があっても前方にいること」

 第4ステージがリール・メトロポールでゴールした後、各チームは大急ぎで撤収の作業を行った。翌日の難関パヴェ(石畳)ステージに備えるためだ。

 メカニックがルーフトップにバイクを上げるのを眺めながら、何人かの関係者と言葉を交わした。

 雨の予報について水を向けると、ティンコフ・サクソのフィリップ・モデュイ監督は首を振ってみせた。

ティンコフ・サクソのチームカー<寺尾真紀撮影>ティンコフ・サクソのチームカー<寺尾真紀撮影>

 「雨が降っても降らなくても、戦略は変わらない。何があっても前方にいること、ただそれだけ。マッテーオ・トザットと、ダニエーレ・ベンナーティにすべてを委ねている。責任は重大だよ。彼らが、アルベルト(・コンタドール)のポジションを守り続けなくてはならない訳だから」

 「何よりも、集団には、石畳のレースを走ったこともないような選手がたくさんいる。彼らが大惨事を引き起こす可能性もある」

 「トラブルなく走り切れれば本望だと言いながら、ライバルにタイムを失わせるチャンスがあれば、GC(総合優勝)狙いのチームが手をこまねいているわけがない」

ステージ優勝を狙うトレック、エースを守るガーミン・シャープ

 雨が降らなければかなりコンサバティブ(保守的)なレースになり、北のクラシックほどセレクティブなレースにはならないのではないか、と考えるのはトレック ファクトリーレーシングのルーカ・グエルチレーナGMだ。

騎馬に乗った警察官に手を振る少年<寺尾真紀撮影>騎馬に乗った警察官に手を振る少年<寺尾真紀撮影>

 「このステージはファビアン(・カンチェッラーラ)で狙うよ。ファビアン1本だ。フランク(・シュレク)を特別にプロテクトすることは考えていない。自分で自分を守ってもらうしかない。違うやり方もあるだろうけれど、少なくともそれが僕の考え方だ」

 パリ・ルーベ覇者のヴァンスーメレン、北のクラシック巧者のセバスティアン・ラングフェルドを擁するガーミン・シャープでは、チャールズ・ウェゲリウス監督がきっぱり首を振った。

 「明日、チームの全メンバーは(アンドルー・)タランスキーのために走るよ。スミー(ヴァンスーメレン)もセバスチャンも、そのために召集されたということをちゃんと理解している」

偉大なる戦いの始まり

グレッヒ・ヴァンアーヴェルマート(BMCレーシングチーム)<寺尾真紀撮影>グレッヒ・ヴァンアーヴェルマート(BMCレーシングチーム)<寺尾真紀撮影>

 転倒やドラブルのリスクを理解しながらも、ステージ優勝と総合エースの保護という二兎を追う可能性があるのがBMCレーシングだ。アラン・パイパー監督は、深く考えながら唇をかんだ。

 「まず何よりも重要なのは、ティージェイ・ヴァンガードレンにタイムを失わせないこと。無事にゴールまでたどり着かせること」

 「けれどグレッグ(グレッヒ・ヴァンアーヴェルマート)にチャンスがあったら…難しい判断になるね」

 キャノンデールのステファノ・ザナッタ監督は、相変わらずの落ち着きぶり。

サインに応じるペテル・サガン(キャノンデール)<寺尾真紀撮影>サインに応じるペテル・サガン(キャノンデール)<寺尾真紀撮影>

 「明日はピーター(ペテル・サガン)のためのステージだよ。けれど、いつもの面々との争いだけでなく、マイヨジョーヌ着用のチャンスがあるチームはかなり無理してでも押してくるはずだ。要注意はオメガファルマ・クイックステップの(ミハウ・)クフィアトコフスキーだ」

 最後に、ニヤリとして、こんな言葉を続けた。

「Let the Grand Bataille begin(偉大なる戦いを始めようじゃないか)」

寺尾真紀寺尾 真紀(てらお・まき)

東京生まれ。オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジ卒業。実験心理学専攻。デンマーク大使館在籍中、2010年春のティレーノ・アドリアティコからロードレースの取材をスタートした。ツールはこれまで4回取材を行っている。UCI選手代理人資格取得。趣味は読書。ツイッター @makiterao

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