寺尾真紀の「ツールの誘惑」<1>ツールがヨークシャーにやって来た! 押し寄せる英国大観衆の熱狂と選手たちの戸惑い

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 7月1日午前7時、レンタカーで小雨模様のシャルル・ド・ゴール空港を出発した。ドーバー海峡に面した港町カレーに向かい、フェリーで英国へ、そして西ヨークシャーへと向かった。

 M1(高速道路)を北上しながらラジオをつけると、ケンブリッジ訛りのアナウンスが耳に飛び込んできた。

 「今週土曜日、ツール・ド・フランスがリーズで開幕…」

 そう、そうなのだ。今年のツール・ド・フランスはイングランド北部の都市、リーズが開幕の地となる。ツールが英国を訪れるのは4回目、グラン・デパールの開催は2007年のロンドンに次いで2回目となる。しかし、イギリスで生活していた2007年当時はツールの存在さえ知らなかった身からすると、過去と現在が不意に出会ってしまったような、何とも言えない不思議な感覚がある。そして、イギリスでツールに立ち会えるうれしさが、ゆっくりとこみあげてきた。

イングランド北部の都市、リーズで開幕した第101回ツール・ド・フランスイングランド北部の都市、リーズで開幕した第101回ツール・ド・フランス

キッテルからデゲンコルプへ“イエロー”を

 この時点でツール開幕までまだ4日あり、選手が到着していないチームも多かったが、チーム ジャイアント・シマノは早々にヨークシャー入りし、チームプレゼンテーションと地元ファンとのライドを行った。第1~3ステージを渡英前にビデオで研究してきた、というマルセル・キッテル(ドイツ)は決意の表情。

チーム ジャイアント・シマノの選手たちチーム ジャイアント・シマノの選手たち

 「まず何よりも初日が楽しみ。今ツール初のイエロー(ジャージ)を着ることができる、ただ1回のチャンスだから」

 スペークンブリンクGMも、言葉を選びながらチームの理想の展開を描く。

 「初日にマルセル、そしてその翌日にジョン(・デゲンコルプ)とイエローを引き継ぐことができたら、チームとしては言うことないね」

 ファンと15kmのツイッター・ライドを終えた9人の選手たちは、その意気込みを示すかのように、一息入れる間もなく練習走行に飛び出していった。

王者フルーム「去年は去年、今年は今年」

 2日午後には、他チームの選手たちも続々とニューキャッスル空港に降り立った。チームカーでハロゲート郊外のホテルに到着したクリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ)は、少人数の記者たちを集めたラウンドテーブル形式のインタビューを行った。クリテリウム・ドゥ・ドーフィネでの落車の影響で、昨年ほどは走り込めないままツールのスタートラインに並ぶことが、彼にとっての“不確定要素”だ。

 「3週間という期間を考えると、去年よりフレッシュな状態で開幕を迎えるのは、決して悪いことではないと思う。ぼくは最有力候補の1人ではあるけれど、ダントツの優勝候補ではない。とにかく何があっても、第20ステージの個人タイムトライアルでひっくり返せるタイム差にいること」

 前大会の覇者として、マイヨ・ジョーヌを着用してグラン・デパールに並ぶことになるかどうか聞かれ、彼は目を丸くして首を振った。

 「知らないよ。それはもう廃止されたんじゃなかった? もしぼくに選ぶ権利があるなら、普通のチームジャージでスタートするな。去年は去年、今年は今年。目盛りはゼロに戻って、誰もが同じスタートラインに並ぶ、ぼくはそう思っているから」

 リーズの西端には、白いテントで形作られた巨大なツール村「ヴィラージュ」が出現し、大会事務局とプレスセンターがオープンした。駐車場にはさまざまな国籍の車が次々に到着し、受付登録は長蛇の列。私はプレスセンターで、白いクロスがかかったガタつくテーブルにロードブックを広げ、PCを立ち上げる。ミーティングに到着した監督を、ボイスレコーダーを手にした記者が追いかけていく。近況報告と情報交換。噂話。エスプレッソのサービススタンド。ミネラルウォーターが入った大きな冷蔵庫。

 3日午後にはニック・クレッグ副首相の視察というサプライズがあったが、それでもツールの日常が戻ってきた。アリーナでは華やかなチームプレゼンテーションが催され、リーズの開幕ムードを盛り上げる。あとは、土曜を待つだけだ。

大観衆にヒヤリ!

リーズはツール・ド・フランス歓迎ムードリーズはツール・ド・フランス歓迎ムード

 7月5日、土曜日。ツール第101回大会開幕の朝。明け方の雨は、嘘のような青空に変わっていた。

 「ツールには幸運の神様がついているのかもしれないね」

 A.S.O.のアモリ社長はツール招致の中心となったヨークシャー観光企業「ウェルカム・トゥ・ヨークシャー」の関係者に囲まれながら、ヴィラージュで顔をほころばせた。

 3週間の旅をスタートする選手たちを一目見ようと、リーズ中心地には推定23万人(主催者発表)の観客が押し寄せた。その歓声に見送られ、198人の選手たちは長いパレード走行へ。リーズ北部のヘアウッド・ハウスでケンブリッジ公(王太子)夫妻、ハリー王子の祝福と激励を受け、190.5kmのステージが正式にスタートした。

リーズ市街地の至る所に観客の姿が見られたリーズ市街地の至る所に観客の姿が見られた

 100万人(主催者推定)が沿道で観戦したツール第1ステージは、レースを終始コントロールしたチーム ジャイアント・シマノに1枚目のマイヨ・ジョーヌがもたらされた。キッテルにとっては2年連続の初日マイヨジョーヌ着用となる。

 「本当に本当にうれしいよ。アップダウンが多く、きついステージだった。それに、ものすごいプレッシャーだったんだ。これで肩の荷が下りた」

 キッテルが「これまで見たことがないほどの数」と評した沿道のファンたちは、その熱気で選手たちを後押しし、そして少しヒヤリともさせた。

 「最後のバタータブスの上りの応援もものすごかった。ただ、ファンがコースにどんどん溢れてきて『危ない』『クラッシュするかもしれない』と思う瞬間が何度かあった」

 警察の推定では、200万人の観客が沿道に並び、バタータブスの丘には1万人が詰めかけた、という。

リーズには23万人が集まり、コース沿道では100万人が観戦したリーズには23万人が集まり、コース沿道では100万人が観戦した

 メカニカルトラブルで遅れたものの、集団と同タイムになりホッとしたアンドルー・タランスキーは、ゴールラインを越えた先で肝を冷やした。急に目の前を横切ったファンと衝突し、落車しかけたのだ。

 「おい、気をつけろよ!」

 こぶしを振り上げて猛然と抗議したが、相手は人ごみの中に忽然と姿を消してしまった。

 レース中盤に集団から遅れ、スプリントトレインに姿がなかったアレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、オメガファルマ・クイックステップ)は、コースになだれ込んできたファンに阻まれてゴール前でさらに4~5分をロスしたという。ブラマーティ監督が、ポディウム横の芝生の上で怒りにまかせた地団太を踏んだ。

 「コミッセールはどこだ!? こんないい加減なことがあるか!」

 サイモン・ゲランス(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)とともに激しく落車したマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、オメガファルマ・クイックステップ)は救急車で搬送はされず、いったん自走でチームバスに戻った。ロイヤル・ボックスで観戦していたカヴェンディッシュの母親は余りの心配にいてもたってもいられず席を立った。病院での精密検査の結果は、骨折ではなく肩の脱臼。周辺の靭帯を損傷していることも判明した。

 ツール1日目が選手たちの明暗を分けるなかで、ツール初出場の21歳英国人サイモン・イェーツは、数多くのマイクを向けられながら、頬を上気させた。

 「きょう起こったことを考えれば考えるほど、まるで夢をみているような気持ち」

 ポディウム正面に陣取ったヨークシャー・サイクリングクラブのメンバーも、まったく同じ言葉を口にしていた。

 「きょう起こったことを考えれば考えるほど、夢を見ているような気分。ヨークシャーにツールが来るなんて!」

(文・写真 寺尾真紀)

◇            ◇

 「Cyclist」ではツール・ド・フランス2014の期間中、現地で取材するジャーナリストの山口和幸さん、寺尾真紀さんに随時、コラム寄稿していただき、現地の熱気やレースの裏話、ツールの舞台となるフランス、イギリスなど各国の風土、文化、グルメ情報などをお伝えしていきます。

寺尾真紀寺尾 真紀(てらお・まき)

東京生まれ。オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジ卒業。実験心理学専攻。デンマーク大使館在籍中、2010年春のティレーノ・アドリアティコからロードレースの取材をスタートした。ツールはこれまで4回取材を行っている。UCI選手代理人資格取得。趣味は読書。ツイッター @makiterao

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