日向涼子のサイクリングTalk<6>限界で解き放たれる“本当の私” 悔し涙を嬉し涙に変えたMt.富士ヒルクライム
「富士山を自転車で駆け上がろう!」

そんな話を聞いたら、あなたはどう思いますか? 「面白そう」「やってみたい」という前向きな反応もあれば、「そんな疲れることはしたくない」という否定的な意見もあるでしょう。それ以前に、スポーツ自転車に乗らない方には、「物好き?」「そんなこと出来るの?」「そもそも何のために?」と、怪訝な顔をされるかもしれません。
実は、そんな物好きが6000人以上も集まるイベントがあります。
『Mt.富士ヒルクライム』
通称“富士ヒル”と呼ばれるこの大会は、山梨県富士吉田市から有料道路「富士スバルライン」を自転車で上って標高2305mの富士山五合目を目指す、日本最大級のヒルクライムレースです。距離25km、スタートからゴールまでの標高差は1270mに及びます。
6月1日、雲一つない快晴のもとで11回目の富士ヒルが開催され、6,165人ものサイクリストが富士スバルラインを駆け上りました。
初心者や女性にも優しい富士スバルライン
レースと聞くと敷居が高く感じるかもしれませんが、富士スバルラインは勾配が緩やかな上に制限時間が長いことから、初心者や女性にも優しく、なんと完走率は99%以上。 しかも、富士山が世界遺産に登録されたこともあって、参加者は日本国内に留まらず、富士山の荘厳な美しさに魅了された外国の方のエントリーも多いとか。
そのため、「富士ヒルはエントリーが一番の難関」と揶揄されるほど人気の高いイベントになっています。
もちろん、レースなので、順位やタイムを目標にして己の限界に挑戦する人は多いのですが、反対に制限時間をいっぱいまで使って富士山を満喫する人もいますし、好きなアニメのコスプレをする人、中にはママチャリに乗って走る猛者もいて、楽しみ方は多種多様です。レース中はコースの富士スバルラインが完全封鎖されるので、歩行者天国ならぬ、サイクリスト天国! まるでお祭りのような雰囲気が味わえるイベントです。


私に自由を与えてくれる自転車
ここまで読んでも、延々と坂を上り続けるヒルクライムの魅力をご理解いただけない方がいるかもしれません。そんな気持ち、よーく分かります!

私は、今でこそヒルクライムレースにゲストとして招待され、時には「坂バカ」(サイクリストにとっては褒め言葉)と呼ばれるほどヒルクライムが好きなのですが、元々は「自転車の醍醐味は風を切って走る爽快感! ヒルクライムなんて苦しいことはしたくない」と公言し、坂を避けていたサイクリストのひとりでした。
でも、やってもいないうちから否定するのはどうだろう? そんな考えから4年前、当時の私には「とても上れそうにない」と思える険しい山道にチャレンジ。すると、体力の限界に近づくほどに、私の中に“負けず嫌いな私”が現れてきたのです…。
「苦しい、苦しい、苦しい!」
「でも、ここで足をついたら…」
「絶対、自分には負けたくない!」
すっかり忘れていた“本当の私”が解き放たれた瞬間でした。
もともと私はとても不器用で、他人と比べてうまく出来ない自分に悔し涙を流すことが多い子供でした。

ところが、思春期になると人前で泣くことが恥ずかしくなり、意識的に、また時には無自覚に、自分自身と折り合いをつけるようになっていました。社会人として振る舞う自分を、本当の自分だと信じ込ませ、感情をセーブする癖がついていたようです。
そんな私が、「とても上れそうにない」と思っていた山のてっぺんに到達した時の喜びや達成感は、今でもハッキリと覚えています。感情を全身で表現するかのように、子供のように飛び跳ねていました。私にとって自転車は、自由を与えてくれる乗り物なのです。
感動を、より多くの人に感じてほしい
ヒルクライムの魅力って何だろう? 今回のレポートを書くにあたって、改めて考えてみました。

・自転車レースは団体戦や駆け引きの要素が強いが、ヒルクライムは自分の努力が結果に現れやすい
・戦術面や集団内でのテクニックが身についていない初心者でも参加しやすい
・練習やレースではその日の調子がつかめ、長期的に見れば自分の成長がわかりやすい
・上り坂ではスピードが出ないため、もし転倒しても大きなケガにつながりにくい(→仕事を休めない社会人にはありがたい)
…そんな風に、メリットはいくつも思いつきます。でも、私が一番に伝えたいのは、「あの感動を、より多くの人に感じてほしい!」ということです。
もちろん、思い通りにいかないこともあります
3年越しの目標は「1時間30分を切る!」

私が富士ヒルに参戦するのは今年で3回目。目標タイムは「1時間30分以内」と設定してきましたが、初めてチャレンジした一昨年は1時間35分10秒、昨年は1時間33分25秒と、及びませんでした。
実は、ヒルクライムレースのデビュー戦で入賞した経験があり、多少なりとも自信があったのですが…(今となっては穴があったら入りたいくらいの自信過剰!) 私が自転車で初めて味わった挫折、それが富士ヒルであり、レース後、気がつけばポロポロと悔し涙を流していました。普段の私なら、気にしない素振りでごまかしたかもしれませんが、こと自転車に関しては、感情むき出しの子供っぽい私がよく顔を出すのです。
ただ、ゴール地点では挫折に打ちひしがれても、下山した頃には「来年こそ1時間30分を切る!」と宣言していました。
3度目の正直を狙った今年は、バイクもトレーニング方法も変え、満を持してのチャレンジとなるはずでした。


応援の力をいただき、最後の力を振り絞って…
ところが、レースの1ヶ月ほど前から体調を崩し、前日は緊張で一睡もできないという最悪のコンディションになってしまいました。レース開始直後こそ軽快に走れたものの、1時間を経過した頃には急激にペースダウン。
「今年もダメか…」と諦めかけた、その時です。
後続の集団から、「頑張って!」「今年こそ!」「ファイトです!」続々と声援が…。

応援の力って、本当にすごい! さっきまで絶望と限界を感じていたはずなのに、ゴール前では最後の力を振り絞って立ち漕ぎをしている自分がいました。
結果は1時間29分11秒。1年前から4分14秒の短縮です。
リザルトが確定したその瞬間、「挫折を克服した時は、順調に運んでいた時とは違う喜びがある」ということを、嬉し涙とともに知りました。
特別な場所「富士山」で、来年も心新たに
レース前は、「もし目標を達成したら、童心に返ったように喜ぶのだろうな」と考えていたのですが、実際には飛び跳ねたいような感動ではなく、ふつふつと湧き出るような喜びに包まれました。心の中がとても静かで穏やかだったことは、自分でも意外でした。
ただ、こんな想いや感動が得られたのは、目標を達成したからだけではなく、『富士山』という、日本人にとって信仰の対象であり芸術の源泉、心のふるさとという特別な場所だからかもしれません。
そう。Mt.富士ヒルクライムは、「世界遺産を自転車で走ることが出来る」数少ないイベントのひとつであり、なによりも、日本一の山を6000人以上の参加者と共に駆け上がるという特別感は、他のイベントにはないものです。
その代えがたい魅力に、きっと、来年も多くのリピーターや新たな参加者が富士山五合目を目指し、おそらく私もその中の一人として、心新たにチャレンジをしていることと思います。(日向涼子)



企業広告を中心に活動するモデル。食への関心が高く、アスリートフードマイスター・食生活アドバイザー・フードアナリストの資格を持つ。2010年よりロードバイクに親しみ、ヒルクライム大会やロードレース、サイクリングイベントへ多数出場。自転車雑誌「ファンライド」で『銀輪レディの素』を連載中。ブログ『自転車でシャンパンファイトへの道』( http://ameblo.jp/champagne-hinata/ )